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3,デトックスには金がかかる


 犬としての生活が始まり、1週間ちょっと。

 この生活にも大概慣れてきた節がある。

 こんなにも嬉しく無い適応は初めてだ。


 どの辺が慣れてきたか……と言うと……そうだな。

 まず、体が僅かな栄養でも回る様に最適化され、不必要な部分に栄養がいかなくなった。

 具体例を1つ挙げるなら、髭だ。これでも前までは2日程放置してればそれなりに顎髭が目立つ様になり、処理していたんだが……最近は産毛すら生えてこない。


 まぁ、そうもなるさ。

 この生活の中、俺がまともに経口摂取できるのは、姐御が「餓死されたら金を取りっぱぐれる」と支給してくれる水とパンくらいなモノだ。

 スッカンピンどころか負債持ちなんだ。この若気の至り的なダイエット臭漂う食生活も言わば自業自得。多少体に異常をきたしていても、受け入れるしかない。


 それにだ。聞いた話じゃ、世の中には父親の借金を肩代わりした上で極貧生活をしていた人もいるらしい。

 その人は、時には砂糖水だけで飢えを凌ぐ事もあったそうだ。


 丸々自己責任で借金を背負った俺が、一応毎食パンを食えているのはかなり恵まれている……のだろう。


 それはわかるけど、目の前で極厚ステーキとかかぶりつかれちゃうと納得がいかない。


 昼間っから豪勢な事で……姐御、自分の事には金を惜しまないよな。

 と言うより、自分が贅沢をするために他人に対して金関係で厳しいのかも知れない。


「あんたのユニットも直ったし、明日にはこの町をでるよ」

「どこを目指すんだ?」

「とりあえず北。何か雪が見たい気分だし、北の幸の味も恋しくなってきたし」


 雑っ。


 冒険家は自由気ままな風来坊が多いと聞いていたが、姐御は自由と言うより雑破とか粗野と表現した方がしっくり来る。

 本当、黙ってなきゃクールビューティの欠片も無い。


 それと多分……と言うか絶対、雪国付近に辿り着く頃には気分変わってるって。


「私はこれからゆっくり昼寝の予定だから、午後は自由にしていいよ」

「はぁ……」


 自由にしていい、と言われてもだ。

 金の無い俺では娯楽施設を利用する事はできない。

 姐御と一緒に昼寝するか、無意味に町をブラつくかくらいしか選択肢が無い。


「あ、そうそう、自由にしてもいいと言ったけど、人さらいには気をつけなよ。連中は貧乏人臭い奴を狙うからね」

「? 普通、人さらいってのは金持ちの子供とかを狙うんじゃ?」

「最近のトレンドってやつよ。聞いた話でしかないけどね。受け渡し時にリスクのある身代金誘拐より、極力大騒ぎにならなそうな孤児や世捨人を取っ捕まえて奴隷商売した方が安全で実入りもそこそこなんだとさ」

「そらまた胸糞悪いトレンドな事で」

「で、服装だけはまともでも、全身から負のオーラが出てるあんたは良いカモだ」

「……やっぱり、負のオーラが出てるのか、俺は……」

「情けないくらいにね」


 誰のせいだと思っているんだ。


「あんた今、『誰のせいだと思ってるんだ』とか思ったでしょう」

「……そこまで人の心を察する能力があるのなら、少しくらい借金をまけてくれ」

「断固としてお断り。1000万9100C、それがあんたの自由の値段。1C足りともまけない。金の重みを思い知りな、世間知らず」

「……世知辛い」

「辛いのが嫌いなら、次の食事から甘い風味のパンにしてあげるよ。私もそれくらいの優しさは持ち合わせてる」


 ああ、その程度の優しさでも泣けてくるくらい俺の感性はブッ壊れ始めている。その事実が更に涙を誘う。


 冒険に出たら、トレジャーハントに力を入れよう。

 お宝を密かに売り飛ばし、金を作って借金返済。

 それが俺の当面の目標だ。




 来世に記憶を持ち越せる様な、派手な人生を送りたい。

 そう言う気持ちを持って、冒険家としての第1歩を踏み出すべく実家を出たのが10日前。

 たった10日で所持金3万5000Cが-1000万9100Cになるのだから人生ってすごい。思わず白目剥いて声が震えてしまうくらいしゅごい。


 ……さっさとこの負債を払拭し、自由を買い戻さなければ、派手な人生もクソも無い。


「それにしても、空は青いなぁ……」


 清々しい、とはこの事か。

 今朝は雨だった様でそこら中に水溜まりができているが、現在は快晴である。


 止まない雨は無く、雨が止めば空は澄み渡る。そういうモンだ。

 返せない借金は無く、借金がなくなれば俺の人生もきっと澄み渡る。


 ……よし、少しだけ気分が良くなってきた。

 人生前向き上向き上昇志向が1番だ。


「ちょいちょい、お兄さん、シケた雰囲気だねぇ」


 何だいきなり。

 見ず知らずのおっさんにまで負のオーラ云々言われる筋合いは無いぞ。


「そんな時は気分を変えないか。美人の多い店があるんだ。30分で1万ポッキリ、1時間パックなら1万5000C。1発どうだい?」

「…………」


 ああ、空を見ながら歩いている内に、いつの間にか如何わしい区域に入ってしまっていた様だ。

 ……と言うか、こんな昼間っから客引いて捕まるモンなのか。お天道様が見ているぞ。


「悪いが、もっと金の匂いがする奴に声をかけてくれ」

「本当にシケてんのな」

「……………………」


 風俗なんて貴族の遊び場だ。羨ましい限りである。


 あーあー……姐御がそういう事してくれねぇかなぁ……まぁ、金の沙汰次第ではしてくれるだろうな。姐御なら。

 ただし俺の場合、借金が今の倍になるくらいボッタくられるだろう。

 借金と言う首輪をハメられた犬は辛いモンだ。


 さて、良い気分が行き場の無い性欲のせいで台無しになってしまったし、今日はもう帰るとしよう。

 無一文の虚しさを痛感させられるくらいなら、惰眠を貪っていた方がマシだ。


「本当、世知辛い……」


 昨日の少女はマジで天使か何かだったのかも知れない。

 ああいう子がボロを着て生活していると言うのに、ろくでもない輩ばかりが真っ昼間っから美味いモンを貪り、欲望を満たすために金を湯水の様に垂れ流す。

 世の中ってのは本当に理不尽なモンだ。

 ……ま、金無しがそんな事をボヤいても負け犬の遠吠えか。


 今までそこそこの家庭で暮らしていたせいで、金が無いってのがこんなにも不便な事だとは知らなかった。

 姐御の言う通り、俺は世間知らずのボンボンだったという事だろう。

 またしても大海を知った訳だ。俺はとことん蛙だな。


 ……やめよう。これ以上自分の立場を弁えても惨めになるだけだ。


 もうマジで帰ろう。上を向いて歩いて帰ろう。涙的なモノがこぼれない様に。


 踵を返し、空を見上げようとした時だった。


「ヒャッハァァアァァ! どけどけぇぇい!」


 うおっ、なんだなんだ。

 やたらドスの効いた雄叫びが、前方から重い駆動音と共にやって来る。


「ありゃあ……重機型ユニットか……?」


 全高5メートル程。キャタピラで進む無骨な巨人。

 わかりやすく言うと、戦車の砲台部分に人型ロボットの上半身が取っつけられた代物だ。


 あれはタクミータンク。

 両アームそれぞれに細かく動かせる指が10本ずつ付いており、巨大ロボットのくせに超緻密な作業が可能。主に土木作業に使われる重機型の魔法制御器具プラスユニットである。

 その自慢の指が今掴んでいるのは……


「!」


 ミサンガの少女だ。「獲ったど!」と言わんばかりに掲げられたその右腕には、あの天使が握られている。

 乱暴にされたのか、それとも普通にびっくりし過ぎたためか、少女は気を失っている様子だった。


「おいおい……まさか……」


 あれが、姐御の言っていた人さらいか……!?

 俺のイメージだと、誘拐ってもうちょい隠密的にやるモンなのだが。

 あんなド派手な誘拐犯でも捕まえられないのか、この町の保安局員や自警組織は。

 自警組織はともかく、保安局はパトカー的な重機型ユニットを保有してるだろうに。


 ……っと、そんな事を考えてる場合じゃねぇな。


 普段なら、あの手のに関わるつもりはサラサラ無い。

 保安局に任せときゃ良い、と言うか、任せるべきだと思うから。

 でも今回はちょっと事情が異なる。


「アバウト5メートル、か……!」


 タクミータンクのコックピットは頭頂部、キャノピー型のあれだ。

 横合いはがら空きなので、あそこまでたどり着ければ横からパイロットの人さらいをどつける。

 通常、背面のハシゴから登って搭乗するモンだが、大人しく登らせてくれるとは思えない。


 特に有効な戦術は思いつかない。

 上等。なら正面突破だ。


 俺の体躯の3倍近くあるブサイクな鋼の巨人に、突進する。


「あぁぁん? なんだ兄ちゃん! 死にたいのかぁ!?」


 いちいち威圧的で小物的、そんな人さらいの声が頭上から降ってきた。


 確かに俺は今、死にたくなるくらい鬱々としちゃいるが、ノーセンキューだ。

 だってまだ、何も成してはいないのだから。


「っしゃぁあ!」


 跳ぶ。

 まずはタクミータンクの下半身部分、戦車の様な形状のそのフロントに蹴りを入れる様な形で着地。

 そのまま勢いに任せ、間髪入れずに跳ぶ。


「な、なぁにぃぃぃ!?」


 人さらいが驚愕の声を上げる。

 まぁ普通の奴じゃあ到底できっこない芸当だからな。


 稼働中の重機型ユニット、そのユニットの各部パーツを足場に、身体能力に任せて無理矢理クライミング。

 俺くらい身体的才能に恵まれてなきゃ、普通はやろうとも思わないだろう。


 ガキの頃に兄貴とやった、両腕を封印しての木登りハンディキャップマッチを思い出すな。

 それだけのハンデを背負った上でも、俺はこの身軽さで圧勝を収めた訳だ。


 思い知ったか、俺はすごいのだ。

 ここの所、調子に乗った結果惨めに敗走したり、借金背負って犬扱いを受けたり、金無しの虚しさを痛感したりと、全く良い所無しだったが……これが本来の俺である。


「よう、この野郎」

「なっ…」

「とうっ」

「あっ」


 とりあえずキャノピー型のコックピットに辿り着いたので、横から蹴りを入れて人さらいのブ男を叩き落とす。

 この高さから落ちたら流石に死ぬかもな、とは一瞬思ったが、まぁ因果応報って事で。

 人を食い物にする様なクズの生命まで気遣う程、俺は博愛主義者でも慈愛の漢でも無い。


「さて……」


 重機型ユニットは始めて乗るが、まぁ特に問題は無い。

 畑仕事用の軽機型ユニットと操作方法は対して変わりゃしない。ワールドスタンダードって奴だ。

 実家住みの頃、親父殿が趣味で持ってた軽機型ユニットは何度か動かした経験がある。もちろん、無断で。


 タクミータンクを操作し、その手に捕らえていたミサンガ少女をゆっくりと地上に降ろす。


「困った時はお互い様……か。やれやれだ」


 先日、俺はあの少女に爪の垢をいただき、100Cの儲けを得た。

 困った時はお互いに助け合うべきだという彼女の母の教えに則るなら、その教えに助けられた俺が、彼女を見捨てる訳にはいかないだろう。


「こいつでチャラだ。また俺が困った時には頼むぜ、お嬢ちゃん」


 ちょっと格好付けすぎたかも知れないな、と自嘲気味に笑ってしまう。


「ぐぶうぅ……てんめぇこのクソッタレ! よくも邪魔してくれやがったなぁ!」


 んお、さっきの人さらい、生きてたのか。

 しかも元気そうだな。足元で地団駄踏みながらその激怒を全身で表している。


「丁度良い」


 俺ももうちょっと体を動かしたかった所だ。

 なにせ、ここ数日はストレス溜まり放しだったからな。


 ちょっと趣味は悪いかも知れないが、あの人さらいにはサンドバッグになってもらおう。

 八つ当たり、と言う奴だ。





「……………………」

「犬、確かに私は自由にしていいとは言ったけどねぇ……」


 夜、宿屋にて。

 ご機嫌ナナメな姐御の前で、俺は正座させられていた。


「人さらいを捕まえたのは良いよ。保安局から褒奨金も出て、借金返済の足しになった」


 ……はずだった。


「その人さらいをボッコボコにして、吹っ飛ばして建物の壁をブチ抜くって、あんたは阿呆か」

「返す言葉も無い……」


 結局、俺が派手にブチ抜いてしまった壁の修繕費は、保安局からの薄給を余裕で上回ってしまった訳だ。

 俺は文無し。修繕費は姐御に肩代わりしてもらうしかなかった。


 当然……


「借金に足しとくからね。文句ある?」

「滅相も無い……」


 こうして、俺の借金はまたしても増えてしまった。




 俺の現在の借金。

 1000万9200C

-3万5100C(日給・褒奨金)

+5万C(壁修繕費)

 総額1002万と4100C。



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