8 不可解な視線
「あー、生で見るSASUKE君、すごくカッコよかったわよね」
帰り道。
満足そうに感想を並べるミズナに、ゴウは「そう?」と偏屈に返した。カッコよさではSASUKEとは天と地ほどの差があることは認めていても、同性として対抗心がどうしても生じてしまうのだろう。
「だけど、カッコいいって言うなら、甲斐谷先生はどうなの?」
ゴウはミズナに向かって問いかけたのだが、なぜだか聖はひくりと反応してしまう。
「甲斐谷先生はダメ。冷たすぎて、私はちょっと苦手かも」
「そう? 俺はあの厳格さがいいと思うんだけどな」
甲斐谷への好感度は、女子の間でも男子の間でも、どうやら賛否がはっきりとわかれているようだ。
外見はよしとしても、鬼のような厳しさに好意が持てないと言う者もいれば、逆にきつい態度がいいと述べる者もいる。その辺は、人によってだろう。
「甲斐谷先生って、そんなに怖いかな?」
聖の口からぽそりとこぼれる異見。甲斐谷の性格に不平を並べる生徒たちが甲斐谷につけたあだ名は「鬼」や「悪魔」や「冷血漢」など、とにかく人情の薄さを表した悪口ばかりだ。
聖には、どうもそれが受け入れられない。とてもその通りだとは思えないのである。
「怖いわよ。なんか、借りてきた猫みたいに、常に毛を逆立てているんだもの」
「常時、睨むような鋭い目つきをしてるしね。俺は、そんな見るだけで相手をびびらせられるとこが、カッコいいと思うんだけど」
ミズナとゴウも、他の生徒たちと同じく甲斐谷には恐れを抱いているらしい。
けれども、聖は違った。廊下で会話したときの甲斐谷は、聖を気遣い、心配し、微笑んでいたのだから。
……俺は、優しい人だと思うんだけどな。
口にしても共感は得られないと思案し、聖は心にとどめておくことにする。
脳裏をよぎる甲斐谷の姿。明日になればまた出会えるのに、意思は先走って、会いたい気持ちをより高ぶらせる。
会って、もっと話がしたい。そして、SASUKEとも。
そんなことを考えながら歩いていたら、聖はふと、何かの気配を感じた。
「……ん?」
振り向くが、映るのは今歩いてきた道だけだ。
急に立ち止まった聖に、ミズナが不審がって声をかける。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
……また、だ。
誰かがついてきている感じがしたのだが、誰もいない。
実は、物心がついたときから、聖は誰かに見られているという感覚に襲われることが頻繁にあった。
けれど毎回、気配がした方向を探っても誰もいない。だから、気のせいだと何度も己に言い聞かせてきたのだが、ここ最近では、その気配を感じることが更に増えて、聖に恐怖を与えていた。
怖い。怖いけど、誰かに相談したら、相手は自分を心配する。迷惑をかけてしまう。危険に巻き込んでしまう。
いつも最後にはそこへ行き着き、なんでもないふりをするのだが、今回は甲斐谷の言葉が頭に浮かんだ。
『私にできることなら、力になりますよ』
助けを求めてもいいのだろうか。頼ってもいいのだろうか。
そう考えるも、聖はすぐに頭を横に振って打ち消した。
……ダメだ。甘えちゃいけない。
これまでも、何かあったときには一人で頑張って乗り越えてきた。だから、これからもそうすべきなのだ。
「聖君、ホントに大丈夫? なんか浮かない顔してるけど」
「大丈夫、大丈夫だよ。本当になんでもないから」
疑うミズナを誤魔化すため、震える拳を握り締め、聖は作り笑顔で応対する。が、動揺は隠しきれず、ふらふらしながら歩いた聖は並木に衝突した。
「聖君、ホントに……」
「大丈夫大丈夫。あ、俺、ちょっと寄りたいところがあるんだ。だから、二人は先に寮へ帰ってていいよ」
本当は、全然大丈夫じゃなかったけれども。