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現代戦国  作者: 百合華
第二章
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7 イケメンモデルの助け

 辿り着いた撮影現場――学校近くにある自然公園にはすでに人だかりができていた。

 イケメンモデルが来ているだけあって、女性が圧倒的に多い。若い人もいるが、中年の数も負けておらず、主婦らしき人もちらほら目に入る。

「すごい人だなぁ」

 予想を超える人の数に、聖は気圧された。

 つまり、それほど人気があるという意味なので、そんな人が近くにいると思うと、感嘆すると共に心臓が駆け出し始める。知らなかったことを申し訳なく感じるほどに。

「もう、これじゃSASUKE君が見えないじゃない。もっと前に行かないと……」

 イライラしながら、ミズナは人ごみをかきわけて強引にずかずかと前へ進んでいく。ゴウはそれを追い、聖も後に続こうとするが、「きゃーSASUKE君!」と叫びながら群衆が動き始め、意思とは正反対の方向に流されてしまう。

「あ、あれ? ちょ、ま……」

 逆らおうともがくが、人だかりという名の川は思いのほか急流で、ミズナとゴウの姿はあっという間に見えなくなった。そのまま転びそうになりながらも足は流され続け、最終的には幸か不幸か、撮影現場がよく見える最前線へと押し出された。

 ようやく立ち止まれた聖は胸を撫で下ろすと同時に人だかりの恐ろしさを実感する。はぐれたミズナとゴウを探そうしたが、カメラのシャッターを切る音を耳にして、ハッと音源の方向を見遣った。

「はーい、いい表情だね、SASUKE君」

 瞳に映ったのは、カメラマンやたくさんのスタッフたち。それから、群を抜いて目立っている藤色の髪の美青年。この公園のシンボルでもある、かなりお金がかかった豪勢な噴水をバックに撮影を行っている。

 そう言えば、ここの噴水は時間によって水の出方が変わり、夜になればライトアップをしたりするので、ちょっとした人気スポットになっているのを聞いたことがあった。

「あの人が、SASUKEさん……」

 雑誌と実物では、やはり見え方に大きな差が出る。写真でしか見たことがない人が眼前で動いているという感動は計り知れない。聖は、道理で撮影現場に人が殺到するわけだ、と納得する。

 近くで見ると、SASUKEはかなり背が高く、それは甲斐谷をも上回る。同じ長身なのでSASUKEもスレンダーかと思いきや、適度に筋肉がついていて、甲斐谷が細身すぎなのだと悟った。

 一日で目がくらむほどの美形を二人も目にし、聖は精神的な疲労を感じる。刺激が強すぎるというかなんというか、少なくとも非日常に足を一歩踏み入れているのだ。

「世の中にはあんな人もいるんだなあ」

 聖がすっかりSASUKEの妖麗さにうっとりしていると、近くにいた違う学校の不良らしき男子学生二人が意地の悪い会話をしているのが耳に入った。

「ちっ、な~にがSASUKE君だよ。あんなきざ野郎のどこがいいんだって」

「そうだそうだ。どうせ裏金でも使って、雑誌の編集者に取り入ったんだろ」

 女性に人気であるSASUKEを妬んでか、陰口を叩きまくる男子学生二人。それに心の底からむっときた聖は、気がつけば、

「あの、そんな言い方はよくないと思います」

 と、男子学生二人に叱責していた。そして案の定、怒りを買い、睨まれる。

「ああ? んだてめぇ?」

「なんか文句あんのかよ」

 なぜか怖いという感情は生まれず、それよりもSASUKEを罵った相手に対する憤怒が心に満ち溢れ、聖は負けじと睨み返した。

「ありますよ。モデルの仕事なんてよくわからないけど、頑張っている人にそんな言葉を投げかけるのは失礼です。プロである以上、大変なのは間違いないんですから……」

 懸命に訴えるも、しかしながら、聖の思いは男子学生二人には届かない。

「はあ? なんだよ、真面目ぶっちゃって」

「先生気取りか? ええ?」

 男子学生二人の内、一人が聖の胸ぐらを掴む。「わっ!」と聖は慌てるも、相手の握力は結構強く、逃れられない。

「うざいんだよ!」

 男子学生はもう片方の手を後ろに大きく引いて構えた。殴られると思い、聖はぎゅっと目をつぶる。しかし、いつまで経っても衝撃が来ないのと、男子学生の「なっ!」という驚愕の声を聞いて、瞼をそうっと持ち上げた。

「あ……!」

 思わぬ光景に聖は目を見張る。見れば、SASUKEが聖の頬に直撃するはずだった男子学生の手の首を掴んで止めていたのだ。

 聖と男子学生二人の口論はいつの間にかちょっとした騒ぎになっていたらしく、周囲のSASUKEファンたちの視線を集めていた。なので、なんの騒ぎだとSASUKEも駆けつけたのだろう。

「な、何すんだ、てめぇ!」

 男子学生がかっとなって怒声を浴びせるも、SASUKEは沈着冷静に対応する。

「それはこっちの台詞だ。お前こそ、何をしている」

 掴んでいる男子学生の手首を、それこそ骨を折る勢いで握り締める。SASUKEは聖の胸ぐらを取っている手をさっさと離せと、無言で告げているらしい。

「いでぇ!」

 あまりの痛みに男子学生は聖を解放した。しかしそれでも、SASUKEが静まることはなく、その無表情には明らかに怒気が消えずに含まれていた。

「いでででで! いてぇ、いてぇって!」

 痛がる男子学生の悲鳴に、聖は即座にSASUKEを抑止する。

「あ、あの、もういいです。俺は大丈夫ですから、もうやめてください」

 その言葉で、SASUKEはあっさりと手を離す。男子学生は手首を掴まれた方も、そうでない方も、なんとか反撃に転じようとしたが、SASUKEの鋭い目つきが作り出した強面によって恐怖心を刺激され、本能的に勝てないと思わされた。

「な、なんなんだよ。この俺が、モデルなんかに……」

 そんな男子学生二人を見るSASUKEの目つきが更に鋭利になり、低い声と目線でもっと強烈な脅しにかかる。

「いますぐ失せろ」

「ひいっ!」

 さすがに我が身の危険を感じて、男子学生二人は何度もつまずきながら走り去っていく。

 SASUKEが不良を追い払ったのを、ファンたちが興奮して「さすがSASUKE君!」「素敵、カッコいい!」などと熱狂するが、SASUKEはそれを意にも介さず、まず、聖に目をやった。

「怪我は?」

「あ、えっと、ないです」

「そうか。ならよかった」

 本当にそう思っているらしく、SASUKEの顔は安堵に満ちている。

 聖はSASUKEと向き合い、ぺこりと頭を下げた。

「あの、危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

「……無茶はするな」

「はい?」

 SASUKEの呟きに、ふと頭を上げる。SASUKEは、今度は心配そうな顔をして聖に目を落としていた。

 ……あ、なんだろう。なんか、甲斐谷先生と同じ顔だ。

「相手は二人。二対一だろうが、卑怯とか卑劣といった理屈が通じない奴も存在する」

 ごもっともな意見に、聖は返す言葉がなかった。

 確かに、無茶をした。SASUKEが助けに入らなければ、今頃どうなっていたか。

「勝てない勝負には挑まない方がいい。運が悪ければ、それは死に繋がる」

 大袈裟な発言かもしれないが、聖は決して他人事ではない気がして、忠告を素直に受け入れる。何より、SASUKEが本気で聖の身を案じている点が大きかった。

「ご、ごめんなさい。あの男子学生たちが貴方のことをバカにしていたので、つい、体が動いてしまって……」

 SASUKEは目を見開く。それに気づいた上で、聖は言葉を続けた。

「なぜか、我慢できなかったんです。なんか、大切な人を傷つけられているような気がして、胸が痛くなって……」

「俺の、ために?」

「……はい」

 さっき、ミズナに雑誌を見せてもらうまではまったく知らなかったのに、実際に会ってみたら、ずっと昔から知り合いだったような感覚に襲われたのだ。

 これもまた、甲斐谷と同様に。

「す、すみません、不審者みたいなこと言って。でも、本当になんか……」

 うまく説明できずに口ごもる。これでは怪しいと思われても仕方がない。

 だが、そんな不安を打ち消すように、SASUKEは柔らかく微笑んで聖の頭を撫でた。

「ありがとう」

 雑誌ではクールな表情ばかりで、笑っている写真が一枚もなかったSASUKEの思いがけない一面に、心臓が大きく鼓動する。

「嬉しい。本当に、嬉しい。何度礼を言っても足りない。でも、あまり無理はするな」

「……はい」

 甲斐谷と似たようなことを言われ、面影が重なった。

 だけど、こんなにも心配してもらえる理由が見当たらない。自分は二人にそれだけの何かをしただろうか。

「お前が傷つけば、俺も苦しい。だから、もっと自分を大切にしろ、聖」

「え?」

 ……今、俺の名前を?

 思わずSASUKEを見上げる聖は、前髪の隙間からのぞく真摯な瞳に体の中の何かが揺れるのを感じた。

「忘れるな。俺はずっと、お前のそばにいる」

 そう言い残し、スタッフの呼ぶ声でSASUKEは踵を返す。どういう意味か訊くために聖は呼び止めようとしたのだが、のどに見えない何かがつかえて声が出ない。

 その直後、はぐれていたミズナとゴウが近づいてくるのを認めて。安心はしたが、SASUKEが去って、どこかもの寂しさを覚えた。

「聖君、よかったぁ~。探したのよ」

「心配した。なんか騒ぎがあったみたいだから」

 ミズナとゴウの心遣いに感謝しながら、「ごめん」と謝る。

 ……SASUKEさん、どうしてあんなことを言ったんだろう?

 優しそうな眼差しが頭から離れない。胸の奥底に眠っている何かが呼び起こされる、そんな感じだ。

 その後も、三人揃ってSASUKEの撮影を見学していたのだが、SASUKEが群衆を見るふりをしてさりげなく聖を気にかけていることに、聖本人が気づくことはなかった。

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