3 期待の新人
「いやぁ、まさかこんな別嬪さんが来てくださるとは思ってもみませんでしたよ」
職員室は、いい意味で騒然としていた。そこにいた誰しもが、新しく来た教員に目を奪われている。
この学校の教師の平均年齢は高めなので、若さという異彩を放ち、その上で、あまりにも際立つ美という魅力を周囲にばら撒いているため、誰が見ても明らかにその教員は目立っているのだ。
しかしその教員は、教頭の言葉に不快を抱いて、内心ではかなりご立腹だった。が、当人が巧みに隠しているので気づく者はいない。
「教頭先生、あの……」
声を潜めて、視線で例の約束を訴えられ、教頭は「あっ」と慌てて口を手で塞ぐ。それから苦笑いをして、いかにもわざとらしい咳払いをした。
「あ、すみません、甲斐谷先生。別嬪なんて男性に言うものじゃないですよね。それ以外に言葉が見つからなくて、つい……」
まったくだ。
代理教師――甲斐谷は舌打ちしかけるも、相手が教頭であるのを思い起こしてぎりぎりで堪える。
女性教師の熱い視線はわかるのだが、男性教師までもがなんとなく嫌らしい目を向けてくるのが、非常に気に入らない。甲斐谷には、自分がそれほどの美の結集である自覚がまるでなかった。なので、教師たちの視線に二割の不安と八割の苛立ちを積もらせる。作り笑顔もいつ限界が来ることやら。
「いいえ、別に構いませんよ。それより、私みたいな若輩者を雇ってくださり、本当にありがとうございます」
「いえいえ。逆に、甲斐谷先生みたいなお人を雇わない方がおかしいですよ。この学校には数学が嫌いな生徒が多いものですから、貴方なら、生徒たち……男女問わず出席率や成績を上げてくれそうだと、校長も期待しているんですよ」
「そうですか」
甲斐谷は目を細め、がらりとまとう空気を一変させる。口元は笑ったまま変わらないのだが、眼差しを氷のように冷たく鋭くし、意味深に呟く。
「ですがあいにく、私は見知らぬ他人に優しくできるほど、できた人間ではないんですけどね」
「……はい?」
うまく聞き取れずにボケた顔をする教頭だが、次の瞬間には、甲斐谷の表情は元に戻っていた。
「いえ、なんでもありません」
他人に向ける優しさなんてない。己の優しさは、一人の人物に向けるためにあるのだから。
逆に問おう。なんで自分が魂の繋がりもない赤の他人に優しくしなければならないのか。