11 閉ざされる悩み
その後、甲斐谷との約束通り、ミズナとゴウを先に帰らせ、聖は教室に一人残って甲斐谷が来るのを待った。
数学のテストの答案を見て、間違えたところを赤ペンで直していく。よくよく考えればできそうな問題ばかりだったので、追試となったのが非常に残念でならない。
「……っ!」
聖はハッとする。また視線だ。反射的に窓の方を見遣るが、しかし木が映るだけで誰もいない。
それもそのはずだ。だって、ここは二階なのだから。
「また……」
もはや、気のせいでは済まされない。誰かが自分を見ている。もしかしたら、自分はそういう精神の病気なのかも、とか考えたりもするが、そうなってしまうほどのストレスや疲労を感じた覚えはない。
「甲斐谷先生……」
恐怖が動かした唇から、自然にその名が出る。甲斐谷なら、きっとなんとかしてくれそうな気がしたのだ。
しかし、さっき自分を庇って頬に切り傷を負った甲斐谷を思い出し、聖は目を伏せる。
……ダメだ。あの人に、これ以上怪我をしてほしくない。
視線の犯人が自分を狙っていることは明白だ。しかもそれに恐怖すると、落雷や窓ガラスが割れるといった奇怪な現象が起こる。
それを止めるには、やはり犯人を突き止めるしか方法がないのだろうが、自分一人でできるだろうか。おそらく、恐怖を感じれば、また……。
「俺は……」
どうしていいかわからず、頭が混乱する。狙われているのが本当なら、なぜ狙われているのか心当たりがない。そして、それを甲斐谷に話すべきか、悩む。自分は一体どうしたいのだろうか。
「ゆ……永野君」
「あ、甲斐谷先生」
引き戸のところに甲斐谷の姿を認め、聖は取りあえず安心する。頬の絆創膏に、心がずきんと痛んだが。
「お待たせいたしました。それでは帰りましょう」
「あ、はい……」
近づいてくる甲斐谷に対して、元気に振る舞おうとしたが、視線の恐怖が勝り、沈んだ声になってしまう。これ以上、心配をかけたくないのに。
「どうかしたんですか?」
甲斐谷は想定した通り、懸念に満ちた言葉を返す。
「甲斐谷先生、俺、あの……」
「……?」
言え、言ってしまえ。相談すれば、きっと楽になれる。何度もそう言い聞かせるが、甲斐谷の絆創膏が、聖の口を閉ざしてしまう。
「いいえ、なんでもありません」
「それは、本当ですか?」
甲斐谷の確認にびくりとしながら、聖は強引に笑みを浮かべた。
「……はい。本当に、大丈夫ですから。さ、帰りましょう」
自主勉に使っていた道具を鞄に仕舞い、聖は甲斐谷を催促する。
引きつった聖の笑顔に、甲斐谷の表情がかなり曇っていたけれども。