【前章】
一九四五年 八月十五日 多くの「命」を消し…去って逝った…
「悲劇」は終幕を迎え…六十八年という…歳月が流れていった…
「尊い命」の「炎」を…吹き消し…去って逝った…あの日から…
“「人」は…何を「得」…何を「失って」 きたのだろうか…”
「地獄絵巻」と化した「終戦の地」で…「失われた」「尊い命」…
それは「言葉」では語り尽くせないほどの「思い」となって…
「人」々の「心」 へと「宿り」新たな「国家」を築き上げる…
“「礎」となって往った…”
そんな…「人」々の「尊き思い」が…
幾重にも…重なり「逢い」…迎えた…
今日…
“「人」は…一〇〇年という「命」を「得て」往く…”
だが…「尊い命」によって「導かれ」…「得た」「富国の地」でさえも…
己の「エゴ」や…「絶望感」に苛まれ…永らえゆく「命」の「炎」を…
“吹き…消そうとする「人」々がいる…”
また…未だに「血」で「血」を洗い続けて往く…「貧困の地」では…
国家の「エゴ」が齎す「抗争の波」へと「誘われ」「命」の「炎」を…
“消し…去って逝く「人」々もいる…”
豊かな「富国の地」で「命」の「炎」を…吹き…消そうとする「人」々…
貧しい「開拓の地」で「命」の「炎」を…消し…去ろうとする「人」々…
“「人」が「人」であるがゆえ…”
貧しかった「開拓の地」から脱し…「富国の地」を…「得」ようとも…
「命」の「炎」を…吹き消し…去って逝く「人」々が絶える事はない…
そんな…「殺伐」とした日々の中で…
“なぜ…「人」は…「生きなければ」ならないのだろうか…”
“なぜ…「人」は…「生きたい」と…「願う」のだろうか…”
「人」が「人」として…「生き」「続け」なければならない…
“「本当の意味」…”とは…
その問いかけは…
「人」々の「尊き思い」が集い…築き上げられてきた「人間社会」へと繋がって往く…
流れ往く歳月の中で…幾度となく…「命」の在り方を問われ続けてきた「人間社会」…
それは…新たに「生」まれ往く「命」と共に小さな「家族社会」を築き上げ…形成し…
“「得た」 …”もの…
また…
「人間社会」を「形成」し往く…「家族社会」は…
「人」と「人」との「縁」によって「導かれた」…
「人」々が…互いを「慈しみ」「育み」続けてきた…
“「恩愛」の「心」…”によって支えられている…
そうして…
「慈しみ」…「育まれて」きた「恩愛」の「心」が…断つ事のできぬ「絆」となって…
「人」々の「心」を「導き」…「家族」という…小さな繋がりを「宿し」続けてきた…
それゆえに…
「尊き思い」によって齎され…築き上げ…「得て」きた「人間社会」こそが…
「命」の「炎」を灯し続ける…気高き「使」「命」を「担って」ゆくのだろう…
そんな…「人」々の…「尊き思い」によって…「得た」…
「人間社会」の中で…「家族」という…小さな繋がりを…
“「再生」し…”
「生きる」「意味」を…「模索し続けて」きた…「ある家族」の「人生」から…
「人」が「人」として…「生き」「続け」なければならない「本当の意味」を…
“「皆様」と共に「悼て」往きたい…”
そして…
「天」より「使」わされし「命」の「真果」は…
「人」々が…欲して…止まぬ…「泰平の地」へと…
「導いて」往くのかを…