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作者: KU-ZETSU


なぁ、天使って知ってるか。

そうだ、あの背中に美しい翼を携え、頭上に聖なる輪を浮かべたアレだ。

その名の通り天からの御使い、絶対の正義を以って人々を導くおとぎ話の定番だ。

天使に認められる、それが英雄の証だったり、時には自身が悪魔を打ち倒したりと大活躍する―――

そんな奴がさ、いるんだぜ?この街には。

信じられない?そうだろうな。

なら、証拠を見せてやるよ。

そう。疑いようのない証拠を、な。






『私は、人々の良心を信じています。皆さんが、真に他人を思って行動すれば、この世界は乱されることのない平和に包まれることでしょう。だから―――』


今日も今日とて平和な時間が過ぎ去っていく。顔を上げれば、この平穏の何によりの立役者である、麗しき天使様の御高説の一場面が室内用立体ホログラムを通して眼に入って来た。


「毎日、毎日。ホント御苦労なこって」


有り余る神々しさが、彼女?彼?が本物であることを示している。誰も彼もが疑うことなく信じ込んで、その言葉に耳を傾けている。

そうだ。“天使が人々に活力を与える街”一部で楽園と噂される場所が、此処って訳だ。まるで悪ふざけみたいだけど、本当のなんだよな。これが。

もう17年も前になる。彼女?彼?―――ああ、面倒くせっ、彼女で良いや!!その彼女が、この街に生まれたのは。そりゃあもう、激震が走った。なんせ、当時世界最高の先進技術を持ったハイテクシティとして知られていたこの街に、美しい翼と光輝く輪を持った非科学の象徴とも言える天使が生まれたんだからな。両親は紛れもない普通の人間、何ら特別なことなんて無かったのに……。

空前絶後の驚きを以って迎えられた彼女は、見る人を心酔させ、声を聞く人を陶酔させ、自身を調べる気さえ周りの人に起こさせなかった。しかも直ぐに言葉を覚えて、いきなり世界平和を語り出すなんて荒業もやってのけたりと、見た眼に相応しいカリスマも見せつけて、あっという間に自分を本物の天使として人々に認めさせた。

あれよこれよと時間が経って。人々に持ち上げられた彼女は、この街の象徴として据えられて、彼女の言葉は法をも凌ぐ絶対の正義として伝えられることになった、と。

ホント、すっげぇ奴だよ、あいつは。

ホログラムの中で懸命に平和を訴え続ける天使を見ながら、俺は机の上に投げ出していた足を組みかえた。咥えていた煙草を口から離して、天使の輪を模した煙の輪っかを吐き出す。


「そして気付けば、天使に感銘を受けた人々は野心を捨て去り、争いの無い平和な街で日々を過ごしている。周辺の国や街も天使の後光に下手に手出しできず、かつてのハイテクシティは一大平和都市に生まれ変わりましたとさ。めでたし、めでたし」


正しくおとぎ話を語るように締めくくる。はい、説明もとい回想終わり。

まぁなんだ。簡単にまとめると、つまりは、此処は変わった街だってことだ、よ―――っと。

長らくソファに沈めていたせいで凝り固まっていた体を、弓のようにしならせて飛び起きた。右手に持っていた煙草の灰が舞い上がり、窓から差し込む光を受けてキラキラと似合わない輝きを放っている。


「止めろアイン。埃がたつ。しかもさっきからブツブツと、五月蠅いぞ」


「悪いなツヴァイ。しかし、何と言うか。俺に説明役は向いてないわ。面倒になって直ぐにどうでもよくなっちまうもん」


「はぁ?説明だと?誰に、何を?お前、23にもなってまだ妖精でも見えているのか?」


「いやいや、何でも無いよ。ただ何となく、この変わった状況を口にしてみただけだ。意味なんて無いよ……ってその言い方酷くね?」


後ろから投げかけられた冷たい言葉に、爛々と舞っていた煙草の灰が己の本分を思い出したかのように汚らしく地面に落ちた。その末路を見届けながら俺は振り返り、腕を組んでこちらを見下ろしている同世代の青年―――ツヴァイに苦い笑いを返す。


「暇なんだよ~。せっかく15年ぶりにこの街に戻って来たっていうのに、仕事も何にも見つからないしさ。俺のこと、危ない人扱いするぐらいだったらツヴァイも一緒に暇つぶししてくれよ」


「全く口だけは良く回る。少しは黙っていられないのか?仕事の方も、お前のこだわりがなければなんなと有る筈だ」


人によってビビって腰を抜かす様な冷たい瞳がギロリと俺を睨んでいる。まぁ、いつも通り。鋭い眼や口調に反して、別段怒ってるって訳じゃ無く、これがこいつの素だ。あえて言うならば、出来の悪い子供に手を焼いてるってところなんだろうけど。ん?それも結構問題か?

……とにかく、俺達は二人組で運び屋をやっている相棒同士。新たな仕事を求めて最近この街にやって来た。

けれど、扱う荷物がちょっと特別なせいかこの街じゃあちっとも仕事が無くて。

結果現在、かつて社会問題にもなりかけたニートってのに近い生活を絶賛送り中って訳だ。


「仕方無いだろ。俺達は唯の運び屋じゃないんだからさ。俺は売り出し文句を違える気は無いぜ?“貴方に元気の源を届けます”俺達―――ってまだ、名前も決めてないけど。……ってそうだツヴァイ。暇つぶしに俺達運び屋の名前を考えね?」


―――貴方に元気の源を届けます。つまりは依頼人の願いや悩み事を聞いて、それに見合ったものをこっちでみつくろって届けるってのが俺達の仕事。大変だけどさ、実は結構面白くて、病みつきになるんだぜ?これが。


「黙れ、アイン。名前なんてどうでも良いだろう。運び屋、1&2とか適当なもので充分だ。それより、暇を潰したいならさっさと営業に行って来い」


「い、いや~ツヴァイ。そのネーミングはちょっと……。けどさ、少し営業にでた位で仕事が見つかるなら。こんな風にぐうたらしてたりしないっつーの」


そう。楽園と言われるこの街だ。外での仕事に飽きてきていた俺達は、此処の人々は一体どんな面白い願いや悩みをもってるんだろう、って眼を輝かせて来たってのに。それが、なぁ。

幼少の頃に出て行ったきりの此処に戻ってきて、俺達は驚いた。楽園楽園とは聞いていたけど、その楽園具合が、俺達の想像を遥かに超えていたからだ。どんなに人に聞いて回っても、み~んな願いの一つも持っちゃいない。現状に満足して、「悩み?何それおいしいの?」状態。街の作り自体は同じなのに、雰囲気が昔とすっかり変わっていた。

おかげで、俺達はこんな情けない言い合いを繰り広げてるって訳だ。


「ああ゛~、暇だ、暇だ、暇だぁあああ」


「五月蠅い。あまり喚くと殺すぞ」


っとっとっと。これ以上はやばい。実は優しくて面倒見が良いツヴァイは怒らすと本当に怖いんだ。

しかし……、どうなってるんだよ、この街は。昔はあんなに競争心溢れた騒がしい街だったってのにな。天使の影響ってのはそんなに凄いものなのか。未だ続く天使の御高説を横目に見ながら、俺はそっと溜息をついた。


「喋る人みんな幸せそうだけどさ。だからこそ向上心が足りないっつーか。なんかつまんねぇんだよなぁ」


「だが、あの頃よりマシだろう?不満がないんだ。昔から、お前は無い物ねだりが過ぎる。この仕事を決めた時もお前は―――」


「ああ~、もうっ。煩せぇ、煩せぇ!!説教は御免だ!!!」


頑固親父モードに移行したツヴァイに、耳を塞ぎながらソファに突っ伏す。勢いが強すぎてボフッっと音を立てて埃が広がり、ツヴァイの更なる怒りをかってしまってないか内心ビクビクしながら頭を働かせた。普段大した知恵も絞り出さない俺の脳みそが、うんうん唸りながら、思考を回し始める。

う~ん、この街に、問題が全くない訳じゃないんだ。

過ぎた平和活動の所為で、皆の意識が現状維持に向き過ぎてる。かつて世界最高峰と言われた技術はこの15年間露ほどの進歩もしていなければ。不満が無いせいか、最近出生率とかも逆に下がってるらしい。

ゆるやかに衰退へと向かっている、そんな漫画の設定で出てくるような言葉が良く似合う。それが、この街の現状だ。普通に考えて、悩みを抱えている人が居てもおかしくない筈なんだけど。さて、何処にいるのやら。


「上手くいかないな、ホント」


本日何回目になるのか、大きい溜息を生温い空気に溶かしていく。らしくない陰鬱な雰囲気を部屋に撒き散らしだした―――丁度その時、俺が黙って静かになっていた部屋が急にざわめきに包まれた。


「ん、どうやら終わった様だぞ」


ツヴァイの指さす方向へと視線を流す。ざわめきの正体はホログラム、天使様の平和への御高説が終わって、凄まじい歓声が備え付けのスピーカーから溢れ出していた。最後にふわっと誰をも魅了する柔らかな笑みを残して天使様が画面外へと消えて行き、それを天使様に負けず劣らずの満面の笑みで人々が見送っている。

おお~、俺にも後光がみえるようだ。凄ぇ、凄ぇ。

それにしても、天使かぁ。天使…天使……ん?天使ぃ?


「……そうだっ!!それだ!!!」


脳を稲妻の如くそれが走り抜け、ビリビリ痺れている。一瞬遅れて熱が体中から湧きあがり、居てもたってもいられなくなって、弾かれるようにソファの上で跳ね上がった。


「一体何だ、アイン。急に飛び上がって、何をするつもりだ」


「天使だよ、て・ん・し!!ツヴァイ!!!」


声に出してみれば、益々それが名案だと感じて胸の内が踊る。いや~、俺って天才かも。頭脳労働はツヴァイの仕事だったけど、今日は俺の方が冴えてるな。

急にテンションゲージを振り切らせた俺をいぶかしむような視線を送るツヴァイに、俺は抑え切れない笑みを浮かべて大きく一歩詰め寄った。


「天使だと?何をふざけたことを言って―――」


「天使の所に行くんだよ!!天使なら、俺らの想像にもしない悩みを抱えているかもしれないじゃないか。うん、そうだ、そうだ!!」


「……正気、か?」


「ああ、正気だ!!悪いけど譲る気はないぜ」


ツヴァイの肩に両手を置いて、しっかりと眼を合わせる。きっと今俺、すっげぇ笑顔してるんだろうな。けど、これはふざけてるんじゃなくて、大真面目なんだぜ?ツヴァイ。


「…………」


暫時の沈黙、覗きこんだツヴァイの瞳が鋭く光を放ち、スゥっと眼が細められる。そして、俺が知る誰より冷静で頼りになるツヴァイは、溜息と共に組んでいた腕を解き、肩に掛る俺の腕を払い除けながらゆっくりと口を開いた。


「……なら、良い。好きにしろ」


よっし!!流石はツヴァイさん。話が分かる。そういう、何だかんだ言って結局最後は俺を優先してくれる所は大好きだぜ!後は、普段からもう少し態度を柔らかくしてくれると尚のこと良いんだけどな!


「決まったのなら、さっさと準備をするぞ。アイン、情報収集に行ってこい」


って、アレ?俺の発案なのに、早速主導権を握られてる?いや、あの…ちょっと……待って下さい。あっ、ツヴァイさん、お願い!!

既に踵を返し、部屋を出ていたツヴァイを追うように、俺も慌てて飛び出したのだった。


―――そういうことで、俺とツヴァイがその気になったんなら直ぐだぜ。待ってろよ、天使様!!


・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・




しっかりとした情報収集に二日、それを基にした準備に丸一日。合計3日間を費やし、俺達は拠点にしている小さな借り部屋に集合していた。


「行こうか、ツヴァイ」


「ああ」


緊張が高まり、冷たく沈黙が支配していた世界を俺達の声が打ち砕いていく。穏やかさの中に重たさを感じさせる音の波が小部屋に反響し、僅かに昂った俺達の心を煽っていた。令嬢がいるという深窓よりもさらに深い、この街の中枢で固く守られた天使様に、自分都合で会いに行くという大それた計画をぶら下げて、俺達は頷きあい最後に意思を確認する。窓から差し込む陽光に当てられて、心に呼応するように温まった体にぐっと力を入れ立ち上がった。


そして、今この時。ついに行動を開始する―――


―――と格好つけたところで、シリアスな雰囲気を解いた。気負う必要なんてないし、そんな細やかな神経も持ち合わせていない。飽くまで、自分達が楽しむ為。気楽に自分らしくいかないとな。


「さぁ、しゅっぱ~つ!!」


締りがないと、いつもツヴァイに言われる俺の掛け声。でも、これくらいが丁度良い。

勢いよく扉を開け放った俺は遥か上を見上げた。この視線の先に、天使様の居る管理区画がある。う~ん、ちょっと深呼吸。・・・・・・よし。久々の仕事、いっちょやってやるか!!じんわり体を廻るやる気を足の爪先に集めて、俺は先人を切って居住区画の洒落たタイルの上に一歩踏み出した。


「ふ~ん、ふんふ~ん♪凄く整理されてるってのに、まるで玩具箱みたいな街だな。この作りは何回見ても面白い」


「変わった構造をしていることは認めるが……余り逸るなよ。時間はまだ十二分にある」


別段急ぐことの無い俺達は、散歩調子で眼に映りゆく巨大都市に注意を向けていた。

この街は昔の度重なる人口増加問題に対応する為に、極端な立体階層構造をとっている。簡単に言えば、人が生きていく為の様々な設備を効率的な配置で階層を組んだ、巨大なビルみたいなもんだ。

俺達が今歩いている一般の居住区画は丁度その中腹くらいの区画で、巨大な外壁に絶妙な間隔で取り付けられた採光パネルによって程良い明るさが保たれていたりと、かつてのハイテクシティの名残がそこらに溢れている。そして、俺らが目指す天使様が保護されている場所が、この街の全てを取り仕切る管理区画。大仰な名前そのまんま最上階層に当る特別区画って訳だ。


「やぁ、おばさん。元気、なにか悩みとかあったら聞くけど?」


「いやいや。天使様が居られるこの街に住んでて、悩みなんて有る訳ないじゃないのさ。アインちゃんは相変わらず面白いねぇ」


でもまぁ、特別区画と銘打ってはいるものの、此処にいる人達はみんなこんな感じで不審な行動をとる奴なんていないから、管理区画へは誰でも簡単に昇れるんだけどね。昔はもっと厳しいチェックがあって、管理区画ともなれば、それなりの立場ある人間じゃないと入れなかったんだけど。まぁ、楽で良いけどな。

ということで、先ず向かうのは管理区画直通エレベータ。途中、誰もが不満なく働く産業区画と、笑い顔が絶えない商業区画を闊歩し、形式的な検査だけを受けてエレベータへと乗り込んだ。振動も駆動音もない高速エレベータの中、俺達は、やっぱり外じゃあ信じられない街の様子とセキュリティをネタに笑い話に花を咲かせた。

正直楽しい。俺達は経験したことは無いけど、遠足に向かう子供の気分っていうのはこういうのを言うのかもしれない。


「とか思ってる間に、到着っと」


「ふむ、やはり此処か。相変わらず飾りっ気のない建物だ、変わらないな」


「当然だろ。此処が一番安全なんだからさ」


ツヴァイと二人して立つのは管理区画の中心。全階層の中でも最も高さの有るこの区画で、最も高い建造物。この街の行政と、かつては軍事との両組織の最高機関として機能していた―――バベルの前だ。

笑えるほどに直接的なその名前は、建造当時の自信の表れ。それから二十数年は経とうというのに、自己修繕機能のお陰で老朽箇所一つ見せずに堂々と聳えるその姿は、神々に喧嘩を売ったとも解釈された過去の伝承をそっくりそのまま真似しているようでもあった。


「調べによれば、毎日14時に行われる講演以外の時間は、天使は此処の天井ブロック101にいるそうだ。時の最高権力者御用達、最堅牢ルームだな」


「一応この街の最高権力者は別にいるんだけどなぁ。よっぽど大切にされてるんだな、天使様。流石だぜ」


「面倒だが、仕方が無い。個人的に御拝顔お願いするには、正式な手順を踏めば3年待ち。手っ取り早く仕事の話をするには忍び込むしかないからな」


「でも、俺達二人なら楽勝だろ?」


「当然だ。10年以上平和ボケした警備兵と、時代遅れの防衛システム。何処に失敗する要素がある?」


明るく不穏な言葉をのたまいながら、バベルを仰いだ。建造物としての機能をただ追い求めたその形状はどこまでも禅的で、だからこそ美しさと不気味さを両立している。

あぁ確かに、天使の居城にはかない得るレベルかも知れないけどな。残念だが今日は観念して攻略されて貰おうか。


「で、どうやって天使様のとこまで行くんだ?ツヴァイ」


「俺が正面から侵入し、セキュリティをダウンさせる。その間にお前は先んじて天井ブロックへと向かい脱出路を形成しろ。その後合流し、101へと向かうぞ」


「ん、りょー解」


念入りな下調べによると、バベルの防衛システムは15年前と変わっていないらしい。ならば天井ブロックには、バベル地下2階にある専用エレベータからしか行くことが出来ない筈で。しかも、予め登録しておいた人間以外のDNAを持つ者はセキュリティによって専用エレベータを使うことは出来ない。

だから一人はセキュリティ破りをしないといけなかったんだけど……そうか、ツヴァイがやってくれるのか。なら安心だ。


「ほんじゃあ、まぁ……行きます、かっ!!!」


物事は初めが肝心だ。慎重かつ大胆、おまけに俺の趣味でちょっと派手に。

俺は突撃ラッパの代わりに甲高い口笛を吹きながら、バベル入口へと走り込んだ。


「えっ……?なっ!?」


脇に立っていたガードマンの喜色に覆われていた顔が驚きにのまれていく様を後ろ眼に観察しつつ、腰に下げていた閃光弾の一つをロビーに投げ放つ。全てを強引に塗り潰す光の奔流が、駆けつけてきたガードマンや待機していた警備兵に襲い掛かり、時が狂ったかのように、沈黙と咆哮を一瞬の間に詰め込んだ。その最中に、続いてツヴァイが防衛装置の作動を妨害するジャマー弾を起爆させ、機械による自動警備をも狂わせる。

人々の焦りの絶叫と、不快な電子音の重唱。今、バベル入口は完全な混沌に造りかえられていた。


「俺はセキュリティを止めてくるからな。アイン、しくじるなよ」


「任せとけって!!」


混沌は分からないものの集まりだ。分からないは怖い。怖いは人の判断力を鈍らせる。

見事初動を成功させた俺達は、自分たちで作りだした猶予を使って、己の役割遂行に向け、一気に行動を開始した。


「さて、ツヴァイに怒られないよう、さっさと地下に向かいますか」


鳴り響くアラームに背中を押され、怖いけど頼りになる相棒と別れて走り出す。頭に詰まっているバベルの詳細地図を精確に引き摺りだし、最短ルートを模索。突然飛び出してきた、慣れない機銃を構えた警備兵の顎を撥ね上げて昏倒させつつ、全力で足を動かした。


「隔壁が閉じるのは……後35秒、か。間に合うな」


壁中のモーターの駆動音から防衛システムの起動を確認し、その作動状況を推測。自身の進行状況と絶えず照らし合わせながら階段を滑り下りる。軽やかに床を鳴らして刻んだリズムは、今の俺の気分を表しているようだ。


「ふっ、地下1階・・・2階っと!もうちょっとだな」


バベル中を駆け抜ける騒乱の熱が血液に溶け込み、程良い高揚感が湧いて来ていた。そうそう、お仕事はこれくらい刺激的じゃなくっちゃな。調子が上がって来たぜ。

前方には、段々と閉じゆく隔壁。俺は釣り上がる口元を隠そうともせず、超硬セラミックスの門歯が生え並ぶ残り41mの距離を駆け抜け、最後はスライディングで自分の体を滑り込ませた。


「ゴールッ!!制限時間まで3.9秒ってとこか!」


まぁまぁ、だな、と一人頷く。一度深く息を吸い込み呼吸を整え、立ち上がると同時に閉じ切った隔壁を右拳で小突いた。コンコンと硬く音を響かせるその隣には、現在開かずの扉と化している天井ブロック直通エレベータが、己の存在を主張している。


「これにて前菜は終了。後はツヴァイの連絡待ち―――っと?」


突如、左耳に着けていた小型通信機器が音声を受信した。やや物騒な爆音をBGMに、慣れ親しんだ相棒の声が鼓膜を震わせてくる。


『アイン、セキュリティを落とした。今からそっちに向かう。あと閉じた隔壁がまた開くからな、不意打ちに気をつけろよ。下らんやられ方をされては尻拭いが面倒だ』


途端、あれだけ響いていたアラームがパタッと鳴り止んだ。正に完璧なタイミング。相変わらず仕事が速いなぁ、ツヴァイは。うし、そんじゃあ言われた通り周囲に気を配りながら、エレベータの認証ロックが外れるのを待つとしますか―――よっと。

早速、再び口を開き始めた隔壁からこちらに攻め入ろうとした警備兵を蹴り倒す。おお、おお。平和ボケしてるとは言え、仕事には熱心だな。これも天使様の教えの賜物かな。

時間にして数十秒。3人の警備兵を同じように蹴り倒す間に、エレベータ横コンソール画面がDNA認証からマニュアル操作へと移り変わった。

よしよし、順調順調。ならば、コイツの出番だな。俺は、懐から予め入手しておいた行政部高官のIDカードを取り出し、そこに記入されていた緊急時用パスコードを打ちこんでいく。


「必要な物は何でも手に入れるのが、俺達だからね、っと。はい、ピッ、ポッ、パッ」


そして、長々としたパスコードを全て打ち終えると、ピピッっと如何にもな音を立てて、開かずのエレベータの扉が開いた。ふふん、チョロイぜ。じゃ、お先に。

最後に、後ろから飛びかかって来た警備兵の鳩尾に肘鉄を叩きこみ、最重要人物の為の特別昇降機へと悠々と乗り込んだ。


「もう少し~、もう少し~♪」


高級感溢れる良質な乗り心地が、天使様を目前とした今を演出する。少し失礼だけど、ラスボス前の赤絨毯って感じかな。


「まっ、その前にまだ一仕事残ってるんだけどね。ツヴァイも待たなきゃいけないしな」


ツヴァイのことだ、直ぐに昇ってくる。それまでに準備を終えておかないと、折角の天使様との会合だってのに俺の綺麗な頭にデッカイコブが出来ちまう……うん、ちゃんと気を引き締めて行こう。

そんな心配をしてるうちに流石は天井ブロック専用エレベータ、ストレスなくあっという間に最上階まで辿りついた。今度は音も無く開いた扉を抜け、一際明るい天井ブロックに足を踏み入れる。

さぁて、ちゃちゃっと、済まそうか。俺は服の内に仕込んだ数々の小道具を取り出し、バベルの構造に艦がみて適切な位置に仕掛けを施し始めた。


………1コ、……2コ、…3コ、


4コ、5コ、6コ―――21コ。


ふぅ、これで全部かな。……チェック完了。我ながら随分としっかり出来だ。地味に疲れはしたけど、まぁ、「行きはよいよい、帰りは怖い」って言うし、これだけ念入りに組めば大丈夫だろ、ツヴァイに怒られる心配も無い筈―――


「遅い、アイン。何時まで時間を掛ける気だ」


「ぎゃあ!!?」


「俺が辿り着いてから2分12秒。集中していたのは分かるが、もっと周囲に気を配れ」


「ツ、ツヴァイ、もう着いてたのか。ハハッ……ハハハッ。す、すまん。俺ってさ、一個のこと集中すると周りが見えなくなるんだよね。……ええ~と、それで、お咎めの方は?」


「……見るに、真面目に工作は終えたらしいな。それに、今は急ぎだ。天使のところにさっさと行くぞ」


「お、おう!!了解!!!」


セ~フ、ちゃんと仕事してて良かった。しかし、作業の途中で妙に安心感が増したと思ったら、ツヴァイが来ていたとは。あ~、吃驚した。ホントにもう、実はこの仕事、こいつ一人で充分なんじゃないだろうか。

またもや既に歩き始めている、頼りになり過ぎる相棒を追い掛けて俺は走り出す。

しかしまぁ、さっき工作してる間は気にする暇もなかったけど、やっぱり天井ブロックは凄いな。

今歩いてる通路これ一つとっても、特殊な採光パネルによって人間にとって負担となる波長を全て取り除いた光が、人間の眼にとって最も都合の良い照度になるように調節されていたりと、気取られない本質的な贅沢の極みで惜しげもなく彩ってある。はっきり言って、粗野な俺達には似合わない。だけど、天使様には恐ろしいほどに似合っていたりするんだろうなぁ、きっと。早く会ってみたいよ。



―――ということで、満を持して俺達は天使様の部屋へと繋がる扉を、派手に音を響かせながら押し開いたのだった。



「天使様、こんちわ―――」


けれどその瞬間。

思い掛けず、二人して息を吞んだ。あのツヴァイまでもが、眼を見開いて時間を止めている。当然、俺はもっとマヌケな顔で呆けてるんだろう。


「す、すっげぇ、美人……」


「これは……驚いたな」


ふんわりと柔らかさが伝わってくる肩口で揃えられた銀色の髪。

純白より透明に近い透き通った肌。

純粋無垢さと強さとを併せ持った瞳。

光を受けてより一層に華やかさを増した翼。

そして、爛々と輝く頭上の聖輪。

全てが人ならざる美しさを醸し出し、見る者を屈服させる神々しさを放っていた。受ける印象が、ホログラムを通して毎日見ていた姿とは段違いだ。


『誰、ですか?』


耳を打つのは、凛とした、「鈴を転がすような」では表現し切れない清廉さを持った響き。天使様。その声までが、美しい。

俺、今完全に見惚れてる。こんな阿呆顔晒すって分かってたら、さっきツヴァイから鉄拳制裁を貰うか貰わないかの心配なんてしなかったってのに。


「……あっ、スゥ……ハァ……貴方に元気の源をお届け!俺達運び屋!アインと!!」


「…………ツヴァイだ」


それでも、当初の目的を忘れず決め台詞を口にした俺を誰か褒めてくれ。


『運び屋?元気の源?今日はそのような方とお会いする予定は無かったのですけど?』


俺達の言葉を受けて、首をゆっくりと傾けながらクリクリと瞳を動かす天使。……可愛いじゃん。って、落着け、俺。此処からが仕事の本番だ、何時までも呆けている場合じゃない。


「予定は無くて良いよ。不法侵入だし。バリバリ怪しい者だから信じてくれって言っても無理かもしれないけど、俺達はあんたの願いを叶えたり、悩みを解決する為に来たんだぜ」


「先程アラームがならなかったか?あれは俺達のせいだ。だがそうだな、恐怖してくれても構わないが、出来れば普通に話してくれると有難い。その方が円滑に事が進む」


「ちょっと手荒な手順を踏んだのは、一刻も早く貴方に会いたかったから。取って食べたりはしないから、ちょっとお話だけでもしてくれないかな?」


早口で話すうちに調子が戻って来た。しかし、つい頭に浮かんだ言葉を口走っちまったけど、凄まじい良い分だよな。信用させる気ゼロだぞ、これ。ツヴァイなんかいつも通り過ぎて、脅迫まがいの言動になってるし。


『えっ……侵、入、ですか?それと……願い……悩み……私の?』


けれど、肝心の天使様は驚いてこそいるものの敵意とか恐怖とかは全然感じさせなくて、ただ噛み砕く様に俺達の言葉に耳を傾けてくれていた。ふぅ~、こんな俺達の口上でもないがしろにしない天使様の寛容さに感謝だな。ありがたや、ありがたや。


「ああ、俺達は世界各地でこんな風にいろんな人達に元気の源を運ぶ仕事をしてるんだけど。今日はどうしても、かの有名な天使様のお悩みや御希望を伺えたら、と思ってね」


「面白そうだから」という言葉は寸前で飲み込んで、笑顔を向ける。

天使様は、そんな俺とツヴァイを交互に何度も見比べ、最後には視線を下げてモゴモゴと小さな口を動かした。


『……そんなこと……私に対しておっしゃった方々は……貴方達が……初めてです』


ふむ、瞳の揺れ方、声の震え方から考えるに。嫌悪感も好感もなし、でも興味はある、って感じかな。OK.OK。興味があるなら問題ない。この街の他の人間は興味すら皆無だったからな。天使の所へ行く、俺の判断はあながち間違ってなかったみたいだ。


『……悩、み……でも……』


「でも?」


『…………』


言い淀む。俺の言葉が心の琴線に触れでもしたのか、あれだけの美しさを持つ天使様が、それを感じさせないくらいに小さくなって考え込んでいた。

天使様の変化に、華やいでいた空気の花弁が寂しく床に散る。周囲の空間が急激に温度を失い、突然春から冬へと放り出されたような感覚に襲われた。

この重々しさが。彼女が敢えて選んだ“悩み”という言葉が、伝えている。瞳を閉じて祈る様に両手を組んでいる彼女は、どうやらトンデモナイものを抱えていらっしゃるようだ。


「う~ん、そんなに言い難いことなのか?悩んでること、有るんだろう?言ってみな。俺達、結構凄いんだぜ?大概のことなら叶えられると思うんだけどなぁ?」


だから、もう一押し。

こういう、とっておきの事態を期待して此処に来たんだ。願ったり叶ったりって奴だよ。同じ考えなのか、後ろで構えるツヴァイも、説得は俺に任せて黙って彼女に次の言葉を促している。


『…………』


もうしばらくの沈黙。そして、張りつめた緊張が飽和を迎えたその時、さっきの美しい彼女の声が、他の全ての音を置き去りにして俺たちの耳の中で響いていた。



『貴方達は……神様の存在を……信じますか?』



「…………はぁ?」


けれど、意を決した彼女が発した言葉は、俺たちの想像の遥か上をいっていた。

神……神……。一体どんなことを言うのかと思ったが、これまた、凄い単語が飛び出たもんだ。正直、天使だけでもお腹一杯なのに、お次は神と来ましたか。展開が全く読めないぞ。


「神、だと?……随分と楽しいことを言うな。お前は」


刃物も真っ青なツヴァイの鋭い返し。ヤバイ、少し怒り気味だ。だけど頼むツヴァイ、もう少し聞いてあげて。天使様も、俺達の吃驚発言をちゃんと聞いてくれたんだからさ。

しかし焦る俺を余所に、彼女は刺す様な視線を向けるツヴァイに臆することなく、いや違う、そんなことを気にする余裕も無く、絞り出すように言葉を紡いでいく。


『本当に、居るんですよ?……神様は。私は……神様からこの世界に遣わされたんです』


その姿はひどく痛々しくて、見てるこっちが苦しくなるほどに必死だった。有り余る美しさが、僅かでも疑ってしまったことが申し訳なくなる程の悲壮感を生み出している。

……胸に来た。此処からは、しっかりと聞かせて頂きます。


「……ふむ」


ただでさえ重くなっていた空気を、更に張り詰めさせていたツヴァイの視線が弛んだ。彼女の懸命な態度に、ツヴァイの方も聴きに徹することにしたらしい。

しかし、神に遣わされた、か。どうしてかな、神様も人間のことを救ってくれる気にでもなったんだろうか―――




『―――人間を、これ以上進歩させない為に』




「―――っ!!」


今度こそ、本当に世界が凍りついた。

そして、時の止まった世界を、彼女自身が再び揺り動かしてく。


『神様は、異常な速度で進歩する人間を、ある意味恐れておられでした』


顔を上げ、俺達を見つめてそう話す彼女の表情に浮かんでいるのは、愛しさと、悲しさと、一抹の諦観。彼女が抱える何かを表すそれらは、不思議と綺麗に混ざりあい、息も詰まる寂寥感を周囲に溶かし出していた。


『自然に囚われず、自身で自身を進歩させて他を淘汰してきた人間。その行動を見て、神様は心を痛めておられたのです』


神様の真偽などどうでもよかった。ただ籠められた感情の強さに圧倒されて、俺もツヴァイも、口を開くことが出来ない。


『しかし、神様は決して人間を滅ぼそうとはなさいませんでした。人間も、紛れもなく神様自身が生み出された愛しい子の一人だからです。……ですから神様は、どうにか人々に進歩を捨てさせる道を模索されました……』


今まで、色んな人の悩みを聞いてその感情を受け止めてきたって言うのに、この体たらく。だがそれを、情けないと思うことも覚束ない。

それほどまでに、苦しげな彼女の独白は極まっていたんだ。


『人間の進歩を支えるのは、飽くなき野心、競争心、そして現状への不満です』


美しい天使は、言う。今を悲観する負の感情こそが、人間を前に進めるのだと。

繰り返される、自身が仕える神様が否定した“進歩”という単語。なのにそれが耳に入る度に垣間見えるのは、僅かばかりの憧憬の念だ。


『現状に満足すれば、進歩は止まる。だからこそ、私は天下ったんです。平和を謳い、自身の求心力を以って人々の野心と競争心を殺ぐ……私は……人間の進歩を邪魔する楔なんですよ。副作用の無い麻薬、そう言い代えても良いのかもしれません』


人々の進歩を邪魔する楔。副作用の無い麻薬。

そして、自身を語る言葉は驚くほどに卑屈になっている。その言い分に、彼女の真意の終着点が何処にあるのか見え始めてきた。



『初めは、神様がおっしゃるのならと、盲目的に人々を導いてきました。人間に対して、興味も有りませんでした』


“―――初めは”

俺の予想を肯定するかのごとく。冷たく語られる自らの使命に、否定的なニュアンスが混じる。恐らく此処からが、天使の悩みの、根幹……。


『…………けれど、何年も、何年も、何年も……人々の心からの笑顔を見せ続けられて。私は少しずつ変わってしまいました。何も感じなかった人々の笑顔が、徐々に嬉しくなってきたんです。好きになってしまたんですよ、人間が』


そう言った彼女の顔に、ほんの微かな喜色がさした。与えるべき慈悲と憐憫が、愛情へと変化したその瞬間を思い出しているのかも知れない。

だが、俺には分かる。その儚げな笑みは、次に続くのだろう心の慟哭を演出する、装飾物以外の何物でもないのだと。


『けれど、嬉しいは長くは続かなくて……しばらくするうちに……また感じ方が変わってきて…………うっ…………』


「…………変わって、来て?」


再び言い淀んだ彼女に俺は必死に次の言葉を促した。

別に他の人間同様に魅入られた訳じゃない。だけど気づけば、俺は彼女の言葉のみを求めていたんだ。


『…………今は、人々の笑顔が、ただ痛い』


“痛い”その心の悲鳴を発した時の、彼女の斯くも歪んだ顔さえ、俺を掴んで離さない。


『誰もが私を信じてくれる……なのに私は!!……人間が進歩することを邪魔していて……大好きなのに……だましていてっ!!……』


説明に徹しようとしていた口調が崩れて、彼女の心を包むオブラートが完全に剥がれ落ちていた。止め処なく零れていく彼女の感情が、俺の乾いた胸の砂地に染み込んでいく。


『……私どうすればいいのか、分からないんです……神様も、人間も大切で……だから』


迷って、迷って、どう頑張っても抜け出せなくて。


『……何も決められなくて……結局どっちつかず……今まで通り……ただ笑顔を振り撒くだけ…………真に現状維持しか出来ないのは……私自身』


そして、諦めてしまった。でも、そんな自分を許せない。


『私も……人間みたいに進歩できれば良かったのに……』


言外に告げ知らされる終わらない葛藤の嵐が、肉体をも傷つけるようだ。体が泣いている。


『……ごめんなさい。いきなりこんなこと言って……可笑しいな、貴方達相手だと、するすると言葉が出てきてしまう』


「「…………」」


……。

…………。

…………すげぇよ、天使様。それしか言えねぇ。

長い長い天使の独白が終わって、沈黙が支配し始めた部屋の中。呆けたようにたたずむ俺の中で湧きあがっていたのは、感動にも似た衝動だった。

まさか、ここまで思い詰める程の悩みを抱え込んでいたとは。人の上に立つ存在としての宿命か、これまで決して弱みを見せることなんて出来なかったんだろう。

人々から悩みを消し去った天使様が、実は一番悩んでいた。皮肉にも程がある。打ちのめされたよ。こんなにも、胸を打たれたのは初めてだ。

俺は見開いていた眼を細め、固まっていた口元を緩め、精一杯の強がりで、はにかんでいる天使に微笑みかける。

正直に話してくれて有難う。満足だ。

凄い内容だったし、全てを信じられるかは分からない。だが、どれだけ苦しんでいるかは理解できた。

これ程の悩み、此処まで来た甲斐がある。最高だよ。

だから今度は、俺達の番だな。


「とびっきりの悩み、聞かせて貰ったよ。なら、それを解決する何かを用意するのが俺達の役目。悩みの大きさに釣り合うよう、精々張り切らせて貰おうかな」


『変なことを言いました。私の悩みが解決しないことは―――えっ?』


僅かに視線を後方へと流し、腕を組み直していたツヴァイに目配せする。再び彼女の方へと向き直る最中、ふっ、と息を吐き出す音が耳を掠め、世にも珍しいツヴァイの笑みが発動したことが伝わってきた。


「ということで、天使様。貴方に必要なものを発表します。じゃじゃ~ん、それは、ズバリっ!!外の空気と、ゆっくり考える時間だ!!!」


「そうだな。それが良い。広く世界を見るべきだ。考える材料が多いに超したことは無いからな。……特別だ、今回はロハで請け負ってやろう」


『えっ?それはどう言う……?えっ?』


俺達が口を噤んだままだと思ったのだろうか、驚き慌てている彼女の姿は随分と愛らしい。

そうだ、この純粋で自然のままの顔だ。この方が、さっきの儚くも悲しげな笑みよりずっと良い。もっと、こんな顔ができるようにしてあげられたら良いな―――


「てっ!!天使様っ!!大丈夫ですかっ!?」


「きっ、貴様ら!!よくも天使様をっ!!」


「直ちに投降しろ!!さもなくば撃つ!!」


っと、その時。扉を蹴破って、警備兵の一団が押し入って来た。

……丁度良いな。こいつらにも、新たな天使の門出を祝って貰うとするか。


「おおっと……警備兵諸君、御苦労さま。でも、突然で悪いけど、天使様はこれから新たなる土地へと旅立たれる。この街では充分に教えが広まったからな、更なる平和の為に次の街へと赴きたいそうだ。ね?天使様?」


『???』


俺に意見を求められても、理解が追い付かずキョロキョロと瞳を彷徨わせる彼女。いきなりの超展開なんだ。まぁ、当然かな。ハッハッ。これからやることに彼女がどう反応するか、それも楽しみだ。

俺は眼を白黒させている彼女を差し置いて、勝手に行動を押し進める。


「俺達は、その水先案内人だ。…………ちょ~っと天使様、お手を拝借―――」


おもむろに天使様の右手を握り―――そのまま自分へと抱き寄せ持ち上げた。俗に言う、お姫様抱っこという奴だ。おおっ、思った以上に柔らかい。う~ん、役得。


『―――っ!!!待って!!ちょっと、待って。アインさん、一体何を―――』


「さっき言ったろ?アンタには、外の空気と時間が要るって、な!!!」


彼女に焚きたてられたやる気が全身に溢れている。そのやる気をバネに、俺を思いっきり跳躍。囲い並ぶ警備兵を飛び越し、部屋から躍り出た。


「天使様ぁっ―――うぉわ!!?」


俺の動きに皆が気を取られている隙に、ツヴァイが銃器を叩き落とした。ナイスコンビネーション。これで、後ろを気にせず逃げられる。さぁ、ささっと、脱出だ。


『ひぅっ!!』


笑みを深くした俺に対し、ツヴァイから受けた衝撃で顔を歪ませた警備兵を見て、腕の中の彼女が息を吞んだ。ちらりと見れば、顔に僅かながら怯えの色が浮かんでいる。ああぁー、必要なことだったんだけどなぁ。……そうか、手荒な真似なんて、見たことも無いのか。

う~ん。これは、あんまり派手に暴れるのは止めておいた方が良さそうだぞ。


「ツヴァイ!!」


「聞こえた、分かっている」


果敢に飛び掛かって来た警備兵の喉元を狙っていた手を引き、足払いのみで対応するツヴァイ。天使様の良好な精神状態維持のため、危険度が跳ねあがった殿しんがりの任を、しっかり完遂してくれるつもりみたいだ。傷み入るぜ、ホント。


「揺れるけど、ごめんな」


『きゃっ』


もう悠長に構えてはいられないな。俺は大事な宝物を抱え直し、駆ける足を尚いっそうに速める。


「追えっ!!早く!!!」


「それは、困るな。できれば大人しくしてくれると有難い」


「ぐぁっ!?」


「そっちのお前も、それ以上前に行くなよ。出来る限り暴力に訴えたくは無いんでな」


「くそっ!!何なんだコイツら……」


ひゅう~、ツヴァイさん、カッコイイ。やってることは滅茶苦茶だけど。

お姫様を攫って逃げる。何と言うか、ジュブナイル小説みたいだ。偶には、こういう展開も、悪くない。


「……ハハッ」


天使に会いに来て、驚きの悩みを聞いて、外に連れ出すことにして。

どんどんと移り変わる状況に、俺は思わず嬉々とした声を零した。後ろで引き起こされる剣呑なやりとりも、顔を撫で流れる何処か爽やかな空気も、全てがこのまさかまさかの逃避行を盛り上げている。


『こんな状況なのに。なんで、アインさんは笑っているんです、か……』


そこに囁くように小さいのに、はっきり澄み渡るように天使の声が頭に響いてきた。ギュッと俺の服を掴んでいた彼女が、不安そうな瞳で俺を見上げている。


「うん?……楽しいからな、純粋に。後、それにな……」


『それに?』


特にごまかす必要もない。俺は、今この場で一番混乱している筈の彼女に、勿体つけたもの言いをしながらも正直に答えることにした。スゥーっと視点を後方にずらす。


「だって見てみなよ。後ろをさ」


『後、ろ?』


「あいつら、必死な顔してるだろ。それこそ、本当に死にそうなくらい」


今もなお、ツヴァイと激戦を繰り広げている警備兵を視界に捉えて、俺は深く笑った。


「あの顔ができるのは人間だけだ。あの顔ができるから人は先に進める。……神が恐れて、アンタが憧れたって言う、あの進歩だ」


必死に、今自分に降りかかっている問題を打破しようともがく。やっぱり人間はこうでなくちゃいけないと思う、神様には悪いけどな。


「俺は……この街の人の、必死な顔が見れて良かったよ」


俺も……俺とツヴァイも。できることなら、いつかこんな顔をして、譲れない何かの為に身を張ってみたいもんだ。


『…………』


俺の答えを聞いているのか、いないのか。ツヴァイに千切っては投げられ、千切っては投げられている人達を、天使はどこまでも清く澄み切ったその瞳でグッと見つめていた。


「まぁ、悩み相談の最中のアンタの顔も、相当必死だったけどな」


『えっ……?』


「さっ、そろそろ出ようか」


天使様との会話もそこそこに。昇ってくる時に使ったエレベータがある中央部とは違う、管理区画一帯を見下ろすことのできる広い展望スペースに走り込んだ所で、俺は勢いよく振り返った。


「ツヴァイ!!もう行けるぜ」


「ああ。これ以上は面倒だ。早く脱出するぞ」


「うーしっ、それじゃあ天使様。耳を塞いで、眼を瞑ってくれよ!!最後だし、派手にぃーーーー、……ドンッ」


喜色満面。天使様を抱えたまま、俺は器用に袖口に仕込んだ小型送信機にスイッチを押し込んだ―――



―――その瞬間


太陽すらも飲み込む様な、眼を眩ませる光の洪水――10発の閃光特化のフラッシュバンが

全てを消し飛ばす咆哮の様な、耳を叩いた轟音――10発の轟音特化のスタングレネードが


そして1発の、爆風に指向性を持たせた唯一の爆弾が。


総勢21発。


俺の仕掛けた特殊弾たちの豪華乱舞が、天井ブロックを盛大に襲った。


「……がっ!!??」


「ぐっ!!……なっ???」


「……外気が」


緊急作動した消火装置に濡れた体を、吹き抜けるのは風。

視覚と聴覚を潰されても、それは感じることができただろう。


「優秀だなぁ、バベルは。おかげでこうして外の方から俺らを迎えにきた」


天使様の為、背を向け我が身を盾にやり過ごした爆心地の方へと再び向き直れば、展望スペースの外壁が開放されていた。この全ては、バベルの防御機構のなせる技だ。


「爆発を感知してから起動までが0.0075秒。相変わらずの、反応速度だな」


内部での戦闘行為をも含んだ、有りとあらゆる事態を想定して建設されたバベルの機能の一つ。

“爆発を感知した瞬間外壁を開け放ち、熱と衝撃、爆風を外へと逃がす”

単純だが、非常に効果的な対策機能だ。

単純とは言っても、実際にこれだけ迅速かつ精確に動作させるには、かなり大変な筈なんだけど。そこは、かつての世界最高峰技術、完璧だな。

そこに加えて完璧な俺の爆弾配置が重なって、バベルに傷つけることなく外壁を開かせることにも成功。感覚器官を麻痺させて警備兵の足止めもしたおかげで、けが人も出てないようだし、上々だ。

108 m。この街で最も高い、権力者の視点を象徴する場所へと結果に満足した俺は揚々と近づいて行く。力が入り過ぎて、ただでさえ色素の無い手を雪よりも白くさせながら俺にしがみ付いている天使様も、近づく外の気配に小さく身じろぎをする。


「燦然と輝く、って奴か……眩しいな」


『……太陽、温かいです』


近づくほど、網膜を強く刺激する日の光に俺は眼を細めた。

街の最外郭部の採光パネルのみを通して取り入れられた太陽の光は、天井ブロックの中で感じていたそれよりも、じんわりと温かい。遮断されていた遠赤外線か何かが原因なんだろうけど、こっちの方が俺は好みだね。

光を求めるように歩を進め、限界ギリギリ、後一歩で真っ逆さまと言う所で、俺は漸く脚を止めた。遥か先の採光パネルの向こう側に思いを馳せ、ゾワゾワと落ち着きのない体中の細胞に跳躍の心構えを強いる。

行きは面倒、帰りは簡単。じゃあ、帰りますか―――

―――っとその前に、大切なことを忘れてた。危ない、危ない。

勇み立ち、今にも飛び出そうとしていた体を慌てて抑えつける。少しの揺れ、ぎこちない動きを見せたせいか、心配そうに見上げてくる彼女に、俺は息を整え直し、努めて真摯に視線を返した。


「天使様、此処までは無理やり連れてきてなんだけどさ。本当は出て行きたくないって言うならなら、今開放してやるよ。……どうするかは、自分で決めな」


そうだ、こう言うことは疎かにしてはいけない。今回彼女にお届けするモノは彼女の生き方に影響を与え過ぎるからな。さっき口にした進歩じゃないけど、これからの選択は、自分で行ってこそ初めて前を向くことが出来る。自分自身がその気にならないとな。俺達が勝手に事を進め過ぎても意味はないんだ。


『どうするかを、自分で……』


いつになく真面目な態度をとる俺の言葉を、彼女は一度小さく繰り返す。俺、太陽、警備兵と目線を彷徨わせるその顔は、今日俺達が驚きの決め台詞を言い放った時と同じく、僅かばかりの不安と、疑うことを知らない純粋な色で彩られていた。


『…………強引で、無理やりで。でも何処か優しく導いてくれるようで、……そして、こんな所では厳しい。……ズルイです、アインさん』


5秒か、10秒か。濡れた肌に張り付いた服の冷たい感触を思い出している中で時間が過ぎ去り。

純粋な彼女に良く似合う、子供が、ちょっとした不満を口にする様な仕草で紡がれたのは、そんな言葉だった。

そして直ぐに、決意に染まった凛々しい顔を見せて。


『私、外に行きます!!外の人の暮らしも、自然も、もっと見てみたいんです!!!』


清々しさの中に一本の芯の通った強さを宿した、今日一番の思いをぶつけてくる。

……良い表情だ、申し分ない。ああ、その答え受け取ったよ。ハハハッ、本当にこの子は、何度俺の心に訴えかければ気が済むんだ。

俺は受け止めた決意を零してしまわないように、彼女を抱きかかえる腕に力を籠める。俺達と行く道を選んでくれた彼女を後悔させない為に、絶対の元気の源をお届けしようと心に誓った。


「それは、良かった。もし嫌だって言われてたら、日を改めて攫いに来ちゃうとこだったぜ。……よし、決まりだ!!なら、行こう!!!」


『はい!!』


「やっとか……、随分と待たせる」


俺達は、床を蹴りだし、後一歩を埋める。

それが、この先必ずや自身を成長させる切っ掛けになるという確信を胸に、温かな日差し踊る空中に身を投げ出した。


「あばよ、バベル。久しぶりにお前の中で遊べて楽しかったぜ!!」


「……これを機に防衛システムの全面的な見直しをお勧めする」


『みなさん!!私、行ってきます。今までありがとう……そして、さようなら!!!』


誰も、降りかかる重力の戒めに微塵も恐怖を抱くことは無い。俺とツヴァイは当然でも、彼女までがそうであることが堪らなく嬉しかった。

最後の言葉。きっとこの世に存在する何よりも美しいのだろう天使の、これまでで最も元気な声で紡がれたそれを耳の中で繰り返し反響させながら、

俺は、腰に備え付けていた減速用の圧縮空気噴射装置を作動させたのだった。


・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・



あれから、追い掛けてくる街の人達を見事にまいて、俺達3人は今“外”を歩いていた。半分以上は強制的に連れ出した責任も有る、天使様の安全のことも考えて、俺達は暫くの間、彼女に行動を共にして貰うことにしたのだ。


『ツヴァイさん、あそこを飛んでいる鳥は何ですか?』


「あれは、ツバメだな。この季節に此処で見られるのは中々に珍しい」


『本当ですか!?じゃあ、見ることができて良かったです!!』


街からさほど遠くは無い自然保護区画、そこで彼女―――ナルは初めての自然を前にして興奮を抑え切れない、と言った感じにはしゃぎ回っている。

ナル―――ゼロ―――0。全ての始まりにして、無限大の可能性を示すそれが、何を隠そう彼女の名前だ。街を出て直ぐに交わされた、


「なぁ、天使様―――」


『アインさん、もう天使様は止めて下さい。私にも、名前が有るんです。“ナル”これからは、そう呼んでください』


という会話を挟み、俺達は彼女をナルと呼ぶようになっていた。

しかし……名前で呼び合う、か。この短い間になんとも信用されたもんだ、悪い気はしないけど。これまで、ツヴァイ以外とそこまで親しくなったことが無かったからなぁ、嬉しいやら、気恥ずかしいやら。


「ナル、なんならツバメと一緒に遊んできたらどうだ。風が気持ちよさそうだぞ?」


『はい!!そうですね、そうします!!!』


俺の軽い提案に元気よく頷くナル、相変わらず素直な子だ。

いや~。こんな笑顔見せられたら、無理やりにでも連れ出した甲斐があったってもんだ。今回、かなり上手くことが運べたんじゃないか?自画自賛だけどな。

ナルは返事をするや否や、背中に持つこの世の美の頂点を体現した翼をはためかせて空を舞う。幼さの残る感情豊かな顔で彩られたその姿は、周りの自然を自身の美しさで押し殺すどころか反対に高め合い、至高の芸術へと昇華されていた。


「また、楽しそうに飛ぶ。アイン、思ったより前向きらしいな?あの子は。俺達は誘拐犯も同然だ。お前があの子を同行させると言った時はどうなる事かと心配したが、杞憂だったようだな」


「だな。打ち解けてくれて良かったよ。彼女を安心して預けられる奴なんかいないからな。俺達が面倒見てあげないと」


「えらくあの子のことを気にかける。人の感情には興味が有っても、“個人そのもの”には興味の薄いお前には珍しい」


「……まぁ、あの子のお陰だからな」


「俺達がこうして、自由に地を歩くことができることは、か……」


「ああ。だから彼女にも、自分の足で自然を見て回って欲しかったのかもしれない」



天使と小鳥が遊ぶ空の彼方、気持ち良さそうな雲の流れに思い出すのは、遠い過去の記憶。




………………


―「No.1 !!No.2 !!お前達はこの街の為に死力を尽くせ。それが、お前達が生み出された意義だ」―


―「「了解」」―


………………


―「天使様の教えに従い、軍事部門を解体することとなった。No.1 、No.2 。今日でお前達の任を解き放逐する。後は、好きにすれば良い」―


―「了解……しましたが教官。我々二人には“好きにする”という命令が理解できません。我々には、従うべき己の感情など存在していませんから」―


―「……だろうな。そう造り、そう育てたのは私自身だ。では、これから先、お前たち二人は人としての感情を学べ。これが、私からの最後の命令だ」―


―「「了解」」―


………………




……教官の最後の命令を貰って、もう15年になる。

あの時は大変だったなぁ。命令されたは良いものの、感情を学ぶ方法なんて全く分からなかったし。何よりあの時は俺もツヴァイまだ8歳、子供だった。二人っきりでほっぽり出されて、生きて行くにも一苦労だったからな。

結局、ツヴァイと一緒に悩みに悩んで出した結論が、取りあえず他人の感情に触れてみるということ。そして、実益と命令遂行を兼ねた仕事が、「貴方に元気の源を届けます」だった訳で。

願い、悩み。人の感情の詰まったその場所へ土足で乗りこんで、大立ち回りを繰り広げる。

思えば、随分と長い間やってきたもんだ。


「とは言え、未だ感情なんてもんは分からないんだけどね。辛うじて、“楽しい”“嬉しい”位は何となく理解出来てきたけど。“悲しい”“憎い”とかになると全然なんだよな」


きっと、俺達がナルに魅了されきらなかったのも、自我を忘れて何かに入れ込む程の感情を持ち合わせていないからなんだろうな。


「まぁ、“怒り”はツヴァイが早くに習得してくれたけど、ね?」


「言ってくれる。毎回毎回、誰が面倒を掛けさせるのか」


「そこは感謝してますって、副官タイプのツヴァイさん」


「指揮官タイプのお前がもっとしっかりしてくれれば、俺は楽になるんだがな」


もう、生まれてこの方ずっと一緒で、これから先もずっと一緒にいるのだろう相棒と交わす軽口は、この上ない安心感を俺にくれる。この安心感こそが、俺が初めて知った感情だ。

……もし本当に神様がいるというのなら、俺をツヴァイと一緒に生まれさせてくれたことには感謝してやっても良い。けどまぁ、ナル一人に変な使命を押し付けたことは肯定できないけどな。

くしゃくしゃと俺とツヴァイ二人分の草を踏み締める音が響く中、俺は胸ポケットから煙草を取り出し、火を付けた。ツヴァイとの会話を切り上げ、煙草を燻らしながら太陽の光を更に輝かしているナルに眼を向ける。

ふぅ、俺らと違って、素直に己の感情を表にあらわしている彼女を見てると、気分が安らぐね。

でも、ああ~、ホント俺達の方は何時になったら教官の命令を遂行できるんだろうか。15年かけてこれだから、必死の感覚を掴むにはまだまだ遠そうだ。


『どうしたんですか?アインさん、そんなに私を見つめて?』


俺の視線に気づいたナルが降りてくる。光の粒子がパッと散って、途端周囲に明りがさした。


「ナルが俺らに加わって、何だか楽しくなりそうだなって考えてたんだよ」


くしゃくしゃくしゃと3人分に増えた草を踏む音に、俺は言葉を溶かし込むように言い放つ。微かに火照った頬を撫でる風が気持ち良い。まるで、二人組に加わる新しい風を、そのまんま具現化したみたいだった。


『そうですね。私も、お二人と楽しく旅ができたらと思います。ですから、これからもどうかよろしくお願いしますね!!』


元気よく頷き、飛びっきりの笑顔を見せてくれるナルの頭を優しく撫でた。


よしっ!!これからは、俺、ツヴァイ、ナル、3人での旅だな。どうせなら、もっと面白くやって行きたいもんだ。

それにしても、俺達3人、アイン、ツヴァイ、ナル。今気付いたけど、みんな綺麗に数字が名前なんだな、しかも続きだし。まぁ、俺ら二人はちゃんとした意味が籠められたナルと違って、形式的に与えられていた単なる数字の1、2を勝手に言い代えただけだけどな。

でも、そうか。ふふ~ん。アイン、ツヴァイ、ナル……。ツヴァイ、アイン、ナル……。……うん?

1、2、0……。2、1、0……?

……おっとぉお?ひらめいたぞ。

俺はピピッと頭を走ったひらめきに、右拳側面を左掌にポンっと叩きつけながら足を止めた。


「どうしたアイン」


『どうしたんですか?アインさん』


急に立ち止まった俺を不思議そうに見つめる二人。

なんだよ、ツヴァイ。何だかんだで、ナルと息が合って来たじゃんか。まぁ、これから一緒なんだ。そっちの方が、都合が良いけどな。


「いや、なに。今までずっと決めて無かった俺達運び屋の名前を思いついたんだよ」


そうそう。新しく名前を付ける。心機一転には丁度いい。


「はぁ……?何だと?」


『えっ?今まで決まって無かったんですか。……そう言えばあの口上の時も、お二人の名前を聞きこそすれ、運び屋としての名前は聞かなかったような……。……うん。是非聞いてみたいです、アインさん!!』


嫌そうなツヴァイに、興味津津といったナル。今度は対照的な二人に、俺は悪そうな笑みを向ける。ちょっとした昂揚、いたずらをする時の子供の気分というのは、こういう感じなのかもしれないな。


「俺達三人で、2、1、0。だからな―――」


そこで一旦息を深く深く吸い込んで、次に発するその名前の為にありったけの力を蓄える。にやける俺の眼にそれぞれがしっかりと耳を傾けてくれている二人が映り込んだ。対照的なその顔が次の言葉でどう変化してくれるのかを想像すると楽しくて楽しくて堪らない。


「貴方に元気の源を届けます。俺達!!幸福への“カウントダウン”―――ってのはどうだ!!!」


渾身の力作、此処に爆誕!!!


『「カウントダウン……」』


そして驚き顔のまま、二人はゆっくり吟味する様に名前を繰り返し、


「まぁ、良いだろう。お前にしてはマシな名だ」

『良いですよ、その名前!!私も入ってて感激です!!!』


どうやら快く賛同してくれたようだ。

よし、決まりだな。今日から俺らはカウントダウンだ。

待ってろよぉおお。まだ見ぬ悩みや願い事を抱えている奴ら。

カウントダウンが、直ぐに馳せ参じてやるからな。

神様も、俺らの活躍を活目してみてろよな!!


―――決意を口に出した時に漏れ出た煙草の煙が天に昇っていく

それは、いつかと同じように、灰と呼ぶには似つかわしくないくらいに爛々とした輝きを放っていた



FIN


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