全ての首謀者
舞桜の問い掛けにいち早く反応したのは、菜々子だった。
「――動かないでください」
右手を手嶋へとつき出し、警告する。
「こうやって研究所へ誘ったということは、中にいる人物と結託して行動を起こそうとしたということでしょう?」
手嶋は無反応。視線を逐一変え、どう動くか判断している様子。
(警察もいる……けど、騙していたとはいえそれで警察側が動くのか……?)
舞桜やその友人に危害を加えようとした可能性はあるが、現状ではあくまで未遂に留まっている。定岡はどう反応するのか――
その時だった。突如、足元から僅かに魔力が。
「え?」
達樹が声を発した直後、身震いするような魔力が一瞬全身を取り巻いた。
ほんの僅か。一秒足らずの出来事。田上研究所から発せられたと思しきそれは、形容しがたい感覚を達樹に与えた。
(今のは……?)
果たして自分の状況は良いのか悪いのか。それすらわからない状況下で、達樹はどう動くか考える。さっきの魔力は一体何なのか。そして、手嶋という存在は――
「――ああ、そうか」
次に声を発したのは、定岡だった。
「呼んでいるのか、彼女が」
訳の分からぬ発言。ただ一つ言えるのは、この異常事態の中で彼もまた何かを知っているということ。
舞桜が視線を向ける。何か事情を知っていそうな定岡へ言及しようとした時、彼から発言が。
「なぜこうやって研究所に誘い出そうとしたのか、それについては入ればわかる」
「……あんたも、敵だったってことか?」
警戒の声音で祖々江が問う。すると定岡は素直に頷いた。
「ああ、そういうことだ」
「こうまで簡単に話すとは、意外だな」
「私が味方のフリをしても、手嶋君が話すだろうしね。ならば、さっさと目的を果たした方がいいと思ったまでだ」
「目的?」
舞桜が訊く。すると定岡は、
「私達の目的は、君達が自分達の足でとある真実に触れて欲しかった……本当ならその上で立栄君、君をここに招くつもりだったのだが」
「この研究所に何があるの?」
「入ればわかるさ。どうやら彼女もそれを望んでいるらしい」
彼女――とは誰なのか。舞桜が訊こうとしたのだが、定岡は笑顔でそれを封殺した。直接語るつもりはないらしい。
どうやら、目の前にある田上研究所の中に全てが詰まっているらしい。そこに入り込むのは果たして――少なくとも相手の策略を気付かないまま入り込むよりはマシだろう。だが、そうだとしても罠がある場所へ踏み込むことに変わりはない。
「無論、このまま私達を警察に引き渡すということも可能だ。しかし、現状では何の罪にも該当していない」
決然と定岡は言う。
「君達を騙していたのは事実だが、私達をどうこうするにはまだ足りないものがある。少し話をしてみないか?」
――その主張は相手にとって都合のいいものであるのは間違いない。達樹も苛立つような感情が胸の底から湧き上がったが、だからといって反発して解決するような状況ではない。
「……納得がいかないな」
そう発言したのは、日町。視線は手嶋に向けられている。
「お前は……私のことを利用したということか?」
「そういうことね」
あっさりと返答した。日町は眼光鋭く彼女を見返した後――舞桜に言葉を向けた。
「敵の狙いは舞桜、君なのは間違いない。現段階では私達も手が出せないが……どうする?」
静寂が一時この空間を支配する。普通に考えれば彼らの計略など一蹴すべきことなのかもしれないが――
「……わかりました」
舞桜は定岡へ向け言う。
「ただし、移動の際は私達の指示に従ってもらいます」
「そちらが警戒するのも無理ないことだ。ああ、それと関石君についてはこちらから連絡しておこう。心配するな、彼は事情を理解している。従ってくれるさ」
舞桜が決定したことにより、達樹たちは定岡や手嶋と共に研究所の内部へ。関石についてはどうやら連絡を受けたためか姿を現さない。
達樹たちにとってみれば彼の存在も放置しておくわけにはいかないのだが、これは定岡の方もカードとして残しておくという肚なのだろう。
そして首謀者である定岡と手嶋は達樹たちの前を歩く。
「……私達は、別に君達を陥れようとしていたわけではない」
ふいに、定岡が語り始める。
「最終目標は立栄君だが……別に彼女を連れ去ろうとしたわけではない」
「何が言いたい?」
険悪な口調で祖々江が問う。
「私たちの目的は、彼女の力……それを利用しようとした、ということだ」
「利用だと?」
「その辺りの詳しい話は、この研究所に何があるのかを説明してからにしようか」
そう告げた後、達樹たちは無言で歩む。思えば、非常に奇妙な状況となった。
首謀者と共に研究所内を歩くという現状。達樹としてはようやくゴールが見えたという気がしたのだが、不安もまた存在していた。
一体、この研究所に何があるのか。それは下手をすると、舞桜に何かしら被害をもたらすものになるのではないか。
達樹が盗み聞きした話。あれもまたわざと聞かせたものだろう。それが仮に真実だったとしたら、この先にあるのは――
「着いたぞ」
研究所の地下。明かりに照らされまぶしいくらいの廊下を抜けた先にある、一枚の扉。
「ここで、一つ真実を語ろう」
定岡は宣言すると扉を開けた。手嶋と共に中に入る。
「……少なくとも、罠の類はないな」
祖々江が言う。三枝や菜々子がそれに同意らしく、小さく頷いた。
「何が目的なのかわからないが……とりあえず、俺達を部屋の中に閉じ込めるとか馬鹿らしい話ではないだろ」
「進みましょう」
舞桜は言う。それに同意するように全員歩き始めた。
部屋の中は、よくわからない機械が大量に存在していた。天井は高く地下であるせいか空気が冷たい。その中を定岡たちは迷いなく進んでいく。
達樹は真正面を見据え――そして、奇妙な物を視界に捉えた。
「なんだか、SFの世界だな」
日町が述べる。正面に見えたのは、人など容易に入れそうな大きいガラス容器。そう、SF世界に存在する、動物やらクローン人間なんかを培養とかするようなカプセル状の容器。
定岡たちはその前で立ち止まる。やや距離を空けて達樹たちが止まると、彼は話し始めた。
「この容器は中が見えないよう調整されているだけで、実際中身が存在している」
「人間でも入っているってわけか?」
祖々江が嘆息混じりに告げる。
「人体実験というのは、ご法度だろ? こんな研究、普通ならやっているわけ――」
「常識的、倫理的に考えればやるはずがない。だが、この研究所では行っている」
サラリと述べた事実に、祖々江の口も止まる。
「立栄君としては、九秋研究所の一件を憶えているだろう? あそこもまた、人を死なせる実験をしていた」
「……光陣市の闇、とでも言いたいのですか?」
「これは一部分の研究者が行った暴走なのは間違いないだろう。こんなものが公になれば、当然研究所は破滅だ。警察である私達としても暴走は止めなければならない。しかし」
定岡は、舞桜を見据えながら語る。
「その中で成果が出たこともまた事実だ」
「成果……ですって?」
その言葉に、定岡は笑みを浮かべる――まるで、これから語る内容に対し、反応を期待するような雰囲気だった。




