驚愕の情報
菜々子たちが動き出したのと同時刻、舞桜は野乃の家を訪れていた。
「また私の力が必要?」
「いえ、今回はいくらかご質問したいことが」
「珍しいわね」
やんわりと語る野乃。そんな態度を見ながら、舞桜は話を切り出そうとする。しかし、
「ああ、ちょっと待って。少し話をさせて」
「何でしょうか?」
「達樹君とは――」
ため息を吐く。質問されるのは当然だと思っていたが、それでも面と向かって質問されるとなんだかな、と思ってしまう。
「そんな顔しないでよ」
頬を膨らませる野乃。
「ま、いいわ。それで、どんな話?」
「達樹のお姉さんの話です」
「ああ……えっと、彼女がどうかした?」
「彼女が勤めていた田上研究所というのはご存知ですか?」
野乃がどの程度事情を把握しているのか尋ねる。とはいえ、さすがに研究所に関する情報を持っているとは――
「色々と黒い噂が絶えない場所ね」
「……なんというか、旦那さんは喋り過ぎじゃないですか?」
「今回の情報源は違うわよ。井戸端会議で得た情報」
主婦のネットワーク、恐るべしか。
「確かに彼女は田上研究所に勤めていたわね。それがどうかした?」
舞桜は意を決するように言葉を吐き出す。
「……野乃さんと同じように、達樹のお姉さんのことを知っている人がいまして」
「名前は?」
「手嶋頼子という方です。同期でよく一緒にいたそうですが」
名前を切り出して、そこから話を――と思ったのだが、
「……え?」
首を傾げる野乃。それに舞桜もまた首を傾げ――
恐ろしい事実が判明した。
* * *
車に乗り、達樹と祖々江は定岡と向かう。さすがにパトカーではなく、定岡が所持する車だ。
「段取りについて説明しよう」
車中で定岡が話し始める。
「私が上手く取り成して研究所へと入り込む。その後、二人は共に行動して奴を探してくれ」
「俺達二人で、ですか?」
達樹の問いに、定岡は頷く。
「君たち二人の力があれば、十分に勝てる相手だ。しかし研究所内の構造を把握しているわけではないため、注意は必要だ」
達樹は表情を硬くする。分の悪い勝負であるのは間違いない。
「正直、私も不確定要素は満載であるため、研究所に入った時点でどう動けばいいか判断がつかない。それでも――」
「わかっていますよ」
祖々江が言う。その瞳には自信が垣間見られる。
「俺も、決して良い状況だとは思えませんが……それでも、十分勝てる相手だと思います」
――以前の戦いが頭の中によぎっているのかもしれない。あの激戦と比べれば、さしたる戦いではないということだろう。
「定岡さんは時間稼ぎに終始してください。俺達で、決着をつけます」
「頼もしい発言だな……頼む」
定岡の言葉に達樹もまた頷き――いよいよ研究所に到着した。
外観は、この光陣市から見ればさしたる特徴はない。達樹と祖々江は定岡に続いて車を降り、踏み込もうとする。
しかし、
「……達樹!?」
菜々子の声だった。見れば、三枝や日町を連れて研究所に近づく姿。
「どうした? 今日は試験じゃなかったのか?」
日町が問う。達樹はどう説明しようか迷った直後、定岡が前に出た。
「警察の者です。試験は中止となり、この研究所に不審者がいるとの報告があり、彼らに協力を仰ぎました」
「……面倒な事情がありそうだな」
日町が言うと、定岡が簡潔に事情を説明する。それにより菜々子がいち早く反応。
「ならば、すぐにでも対処しなければ」
「この研究所がクロというのは確定、というわけか」
嘆息するように日町は言い、定岡へ視線を送る。
「もし私達でよければ協力しよう」
「ありがたい。それでは――」
言いかけた時だった。ふいに達樹の視線に、さらなる人物が。
「え……?」
その人物を見て驚いた。風の魔法を駆使したのか、まるで空から降りたつような所作を見せるその人物は――
「――舞桜!?」
菜々子が声を上げた。そう、制服姿の舞桜がそこに。
まさかの登場に達樹も驚く。もしや、研究所に入ることを咎めに来たのか。
とはいえ、今回は事情がある。さすがに行くなとは――
「……あなたは」
舞桜が告げる。その視線の先には――
「あなたは、何者なの?」
問い掛ける相手は、手嶋だった。
「舞桜?」
日町が訊く。だがそれにも構わず、舞桜は問う。
「あなたは、達樹のお姉さんの知り合いだと言った。けど、私の知り合い……それこそ達樹のお姉さんの知り合いに尋ねたところ、あなたの名前を聞いた事がないと言った」
ピクリ、と僅かに手嶋が反応する。
「写真を見せてもらったけれど、あなたの存在はどこにもなかった。日町さんの友人だとしても、そうやって話をするのは冗談にしてもおかしい。あなたは……何が目的で、そんな嘘をついたの?」
問い掛けと共に、菜々子が厳しい目で手嶋を見る。田上研究所の目の前――これから戦いが控える中で、混沌とした情勢を表すかのように舞桜が問う。
達樹は動けなくなる。この話がどこに向かおうとしているのか。それがまったくわからないまま、ただ絶句するしかなかった。




