最後の無茶
「田上研究所が……ふむ、そういう話は色々な研究所であるが……あくまで噂だろう?」
菜々子と三枝が日町のところを訪れたのは手嶋と話をした当日。菜々子たちの話を聞いて日町の返答が、それだった。
「ですが、疑問点があるのも事実です」
「まあ確かに、疑問ではあるが……研究所には後ろめたいことがある可能性が高いのもまた事実だが……」
「人の生死にまで発展するような話なので、私としてもあまり放置は――」
「わかっている。だがこればかりは、私の方で直接尋ねても答えてはもらえないだろう」
「中に入れば、色々とできるんじゃないかと思うんだけど」
手嶋が述べる。すると日町は歎息した。
「そうやって入り込んで……具体的にどうするんだ?」
「これだけの魔法使いがいるのだから、いかようにもできるでしょ?」
「おいおい、力押しか……しかし、私としてはあまり掘り返すべきではないと思っているが」
「気にならないんですか?」
菜々子が問う。その口調がどこか攻撃的であったためか、日町は彼女を手で制する。
「待て待て。何も私は全否定しているわけではない。ただ達樹君のこともあるため、今は自重すべきだと思っている」
「試験のことがあるから、ですか」
「そうだ」
「……今日、達樹から連絡がありました。もし私が何かしら動くのであれば、連絡をくれと」
「当然だろうな」
「ですが、私は一人で行動するつもりです」
「……舞桜に諭されたんじゃなかったのか?」
日町の問いに菜々子は「多少は」と返す。
「ですが、非道なことをしている可能性がある……見過ごせはしない」
「やれやれ……手嶋、できれば私にも一報が欲しかったな」
「そうだとしたら、いつまで経っても動かないじゃない」
「はあ、お前が行動的だから話がややこしくなっているのかもしれないな」
日町は菜々子に視線を戻し、言う。
「達樹や舞桜としては、菜々子に行動して欲しくないと思っているだろう」
「そうですね」
「それを理解した上で行動するその理由はなんだ?」
「――私は、過去負傷したこともあり、舞桜のパートナーになるのは無理です」
決然と言う。日町はそれには同意するのか小さく頷いた。
「今回のことは、私なりのけじめでもあります。達樹を舞桜のパートナーとする……達樹は否定しましたが、この件について、気になっていないはずがない」
「だから、自分がということか……おせっかいが過ぎるな」
「重々承知しています」
菜々子の表情を見て、日町はどこかあきらめた様子。次いで、三枝へと顔を向ける。
「そっちも同じような考えか?」
「私自身は、笹原さんほど深くは考えていませんよ。ですが」
「ですが?」
「この事件……何か、予感があるのも事実」
それが何なのかは口にしない。とはいえ、何か違和感のようなものを感じ取っている様子。
「……確かに、なんというか、出来過ぎた話ではあるな」
「出来過ぎた?」
聞き返した菜々子に、日町は頷く。
「達樹君が舞桜と関わったのは本当の偶然だろう。その中で、今回彼女の姉の話が出た……これもまた偶然だろうが……」
「先に起きた事件の人間が、何か関わっていると?」
「ああ。パートナーとなる達樹について調べたら面白いことが見つかった。よって、色々と策を巡らせる……舞桜に干渉しようとしていた相手だ。そう考えてもおかしくないな」
「そうですね……となれば」
「敵に計略があるとなれば、私達の動きを利用する可能性はある。気を付けなければならないな」
「もしそうだとしたら、どうするの?」
手嶋が問う。その顔はどこか不安な表情。
「そう懸念を示さなくてもいいだろう。ただ、この件については警察に頼るのも難しい。となれば、自然どうすべきかという選択肢は絞られてくる」
日町は言うと、ため息をつきながら携帯電話を取り出す。
「まず、そうだな。探りを入れるところから始めよう。一応見学の許可はもらったから、訪ねることは十分可能だ」
「そこで事を起こすと?」
「……さすがにそこまで性急に動く必要はないだろう? まずは様子見といこうじゃないか」
――菜々子としては試験までに達樹の悩みを払拭したいという考えもあったが、さすがにそこまで日町に要求するのは酷だろうと思った。
まずは、田上研究所がどういった場所なのかを知る。それは確かに必要なことだとは思う。
「というわけでまずは、研究所がどういった場所なのかを調べることにしよう」
日町が決定し、電話を入れる。そうした話し声を聞きながら、菜々子は思う。
(無茶は、これで最後にしよう)
達樹に連絡を入れろと言われたが、今回はやめる。またも達樹に迷惑をかけてしまうかもしれないと思いながらも――これが最後の仕事だと感じ、突っ走ろうと菜々子は思った。
* * *
達樹と祖々江は警察を訪れ、事情を説明する。いつものように早河が出てくると思っていたのだが、今日外に出ているらしく、相手は早河ではなかった。
「――ああ、君が西白達樹君か」
声のした方へ向く。そこにいたのは、コートを着込んだキャリア官僚のような人物。
整えられた髪に、くっきりとした顔立ちに合う縁なしの眼鏡。年齢は三十代半ばくらいだろうか。その風貌から、警察署の人間でないようにも思えてくる。
「えっと、あなたは……」
「失礼。私は定岡竜二。階級的には警視に辺り、光陣市を含めた魔法使いの事件を主に担当している」
(警視ってことは、エリート系の人かな?)
早河が現場のたたき上げとするならば、彼は警察本部でデスクに向かっているようなタイプか。そうした人物がここに何の用で――
「丁度よかった。所要でここに来ていたのだが、君の話を聞きたい」
「えっと……名前を知っているということは――」
「無論、一連の話も聞いている。立栄舞桜さんのことは、警察上層部でも重要事項の一つと考えているからね」
笑みを浮かべ語る定岡。達樹は物腰は柔らかいと思ったが、発するオーラというか、雰囲気に圧されそうになる。
「ほら、落ち着け」
祖々江が横から小突く。そこで定岡は「こちらへ」と言い、達樹たちを誘導する。
そうした辿り着いたのは休憩スペース。自販機で定岡がお茶を購入し、達樹たちへと渡す。
「試験については、どうだ?」
ペットボトルを開けながら定岡が問うと、達樹は苦笑した。
「それなりに進捗はあります」
「なんだか引っ掛かる物言いだな」
そう述べると、定岡は小さく息をつく。
「君自身、前の事件もあったためまだ落ち着いていないといったところか」
「……あ、あの」
そこで達樹は声を出す。
「その件についてですけど」
「うん? どうした?」
達樹は先ほど遭遇した人物について言及する。結果、定岡の表情も変わり、
「……なるほど、それは由々しき事態だな。先ほどの事件で主犯者の大半を捕まえたはずだが、まだ終わっていないということか」
「警告はどういう意味でしょうか?」
「彼がまだあきらめていないということだろう。ちなみにだが、今立栄さんは?」
「どうやら早河さんと一緒に外に出ているらしいです」
「そうか……しかし事が事だ。さすがに彼女が行動するわけにもいかないだろうな。わかった。こちらで少し調べてみよう」
定岡はそう返答した後――小さく肩をすくめた。
「とはいえ、あまり期待はしないでくれ」
「ありがとうございます……あの、俺たちはどうすれば――」
「ひとまず待機ということで頼むよ。もし何かわかれば、連絡する」
にこやかに定岡は言及する。祖々江は素直に「わかりました」と応じ、達樹もそれに続いて頷いた。
そして彼が去り――残された達樹と祖々江は今後どうするか話し合う。
「訓練をやるって感じでもなくなったな。どうする?」
「俺はどっちでもいいけど……」
「にしても、あきらめていないってずいぶんな奴だな……何事もなければいいけど」
祖々江の言葉に、達樹も内心同意する。
けれど、こういう場合に限って騒動がさらに――と考えるのは、きっと僅か数ヶ月で色んな出来事が起こり続けているからだろう。
「……今日はやめとくか?」
「そうだな」
祖々江の言葉に達樹は頷き、帰ることにする。
少しでも訓練をしなければ、という気持ちもあったが、色々と頭の中も整理したかった。
祖々江と別れ、達樹は寮に帰るべく歩く。その途中で考える。先ほどの警告――舞桜のこと。
「以前の事件がまだ完全に解決したわけではないというのはわかっていた……その中で、奴はなぜ警告なんて?」
訓練場の出来事を思い出す。何者かの会話。そして警告――
「……舞桜のことを調べろって言っているみたいだな」
無論、全てを解決したいのならばそれをやるしかないのだが――達樹は、改めて思い返す。
自分が戦う理由は何なのか。
「ま、そういうことだな」
呟くと共に寮へと戻る。明日から訓練を再開する――そういう気概を持って。




