何よりも優先すべきこと
翌日、授業ということもありさすがに日中訓練するわけにもいかなかったため、達樹は学校に出席する。
「うーん」
昨日までの疲労もあってか、午前の授業は眠るケースが多かった。同席した優矢に茶化されつつ昼を迎える。いつもの場所で食事をするかどうか提案したが、優矢自身今日は昼に用があるらしい。
「それじゃあ」
「ああ」
彼と別れ、達樹は一人歩き出す。どうするか思考していると――
「達樹」
菜々子の声だった。達樹はそちらに視線を転じ、
「ああ、どうし――」
声が止まる。その表情がずいぶんと厳しいものであったためだ。
「……何かあったのか?」
「少し、お話が」
「……昼を食べながらでも?」
「構いません」
というわけで移動。菜々子の計らいで大通りにある一軒のカフェへ。店内に入るとどこか西洋風な装いであり、なんだか別世界に迷い込んだようにも思えた。
席について早速注文し、達樹は菜々子の言葉を待つことにする。
「……昨日、お姉さんについて話をしましたよね?」
「え? ああ、その話か。それがどうかしたのか?」
「確認ですが、お姉さんの事故についてはどのように連絡が?」
「実家に連絡が来て……それから私物が家に運ばれてきた」
「……こういう言い方はあまり良くないと思うのですが、お姉さんの生死自体、はっきりと確認したわけではありませんよね?」
「まあ、そうだけど……何が言いたいんだ?」
菜々子は一時沈黙する。対する達樹は何事かと見守る構え。やがて――
「達樹は、新聞を読みますか?」
「え、新聞?」
「全国紙ではなく、光陣市が発行している魔法研究に関するものです」
「いや、読んだことないけど」
「そうですか……光陣市内の研究成果などについては、大きな成果が出た場合は全国紙に載りますが、それよりも先に光陣市の『魔法学新聞』というものに掲載されます。いわゆる、魔法研究に関する業界紙みたいなものです」
「なるほど……存在自体は目にしたことはあるな」
「そうですか。新聞には、研究以外の様々な情報が載ります。光陣市内におけるトレンド情報という一般的なものから、研究員の特集記事など……その中で、事故やトラブルに関することだって掲載されます」
「ああ、それで?」
「……私が新聞を読み始めたのは中学生になった直後から。念の為、昨日新聞のデータベースなどを調べてみましたが――」
そこで菜々子は一拍置いて、改めて語る。
「達樹のお姉さんの死亡に関する記事は……見当たりませんでした」
その言葉に、達樹は沈黙する――というより、それがどういう意味を持っているのか判然としていないとでも言うべきか。
「その場合……何があるんだ?」
「事故によるけが人や、死亡に関することも記事になります。しかし、達樹のお姉さんに関する情報はまったく存在していなかった」
「それってつまり、死んだことに見せかけたということか?」
「その可能性もありますが、もう一つの可能性も」
「それは?」
達樹が問うと、菜々子はさらに険しい顔をする。
「……研究内容から、死亡したという事実を公にできなかった」
「公に、できなかった……?」
「時折、研究機関で不祥事が出るケースがあるわけですが、それが判明するケースとしてもっとも多いのが、研究員の行方不明事件です」
「行方不明って……!?」
「関わる内容が危険であるため、研究員の死亡が露見するとまずいことになる。だから、その死亡自体をなかったことにする」
菜々子の語る内容は、達樹を驚かせるのに十分なものだった。
「ってことは、俺の姉は……?」
「現段階では新聞に載っていないという情報しかないので、どうなったのか詳細はわかりません。ですが達樹のお姉さんについては……少し特殊な状況であるのは認識してください」
達樹は口元に手を当て考える。公にできない。しかし、言い換えれば――
「姉さんが、生きている可能性もあると?」
「その可能性は……残念ですが、低いと思います」
「となると、何か危険な研究に参加していて、亡くなってその研究が露見しないように、というわけか?」
「その可能性が一番高いと思います」
菜々子はそう語るが――顔の険しさが、別の可能性もあると語っているように達樹は思えた。
それがどういうことなのか、達樹にも理解できる。つまり研究に加担していなくとも、何かのきっかけでそれを知り、口封じに――
「先ほど言った通り、お姉さんが亡くなっていないという可能性は低いと思います。しかし新聞に記載されていないことを考えると、非常に奇妙です」
「……鍵は、田上研究所か」
「はい。それについても多少調べましたが、あまり評判のいい研究所とは呼べないようです」
「評判って?」
「色々、噂が絶えないということですよ」
その言葉が、達樹の心情を不安にさせる。
「本当なら……試験が差し迫るような状況なので、それが終わった後にでも話すべきかと考えたのですが」
「俺が今すぐにでも田上研究所に行ってしまいそうだったから、か?」
達樹の質問に、菜々子は小さく頷く。
「はい。警告しておくべきかと思いまして」
「……確かに、何かヤバそうな話だとは思ったよ」
達樹は肩をすくめた後、頭をかき始めた。
「どうすればいいのかだけど……田上研究所については関わらない方がいいかな?」
「お姉さんのことが気になるのは理解できますが……」
「いや、いいんだ。菜々子が言ったことが気になるのは事実だけど、今は試験のことを優先するべきだ」
達樹は意思を表明し、菜々子と視線を合わせる。
「それに、姉さんのことが気になるのは事実だけど……それよりも、舞桜の事についての方が大切だとは思っているし」
「……そうですか」
大丈夫そうだと思ったか、菜々子は安堵の表情を浮かべた。
「おそらく……パートナーとなった以後は、田上研究所といった場所は訪れることはできなくなると思いますが」
「それならそれで仕方がないな……それに、姉さんは亡くなっている可能性が高い……いや、間違いなく亡くなっているんだろうな。その事実が変わらない以上、これ以上調べるのは意味ないのかもしれないし」
再度肩をすくめる。そこで菜々子は申し訳なさそうに問う。
「無理してませんか?」
「大丈夫だ」
達樹が答えた直後、料理が来た。
「菜々子に言われて踏ん切りがついた。研究所の件については、手嶋さんにも断っておくよ」
――達樹自身、菜々子に言われさらに疑念が浮かんだのも事実。
もし田上研究所について姉の死が嫌な形で関わっているとしたら、舞桜はどういう形で関わっていたのか。
だが、それを詮索したところで何になるのか――そういう思いも抱く。心が揺れているのは事実だが、それでも一番やらなければならないことは試験であることに変わりはない。
(俺は舞桜と共に戦うことを決意したんだ……それ以外に理由はいらない)
改めて思うと共に、達樹は食事を始めた。




