困惑する彼女
達樹とは異なり、菜々子は結局舞桜の家で一泊。翌朝、残り物で朝食を作って舞桜を呼び、下りてくるのを待つことにしたのだが――来ない。
「声は聞こえたんだけど……何かあったのかな?」
記憶の限りでは、舞桜は酔いはするけど翌日まで持ち越すようなことはほとんどなかった。よって今回も体調的には大丈夫なはずだが――
考えていると、舞桜が下りてきた。既に着替えており――警察へ行くためか、休日にも関わらず制服姿だった。
「おはよう、舞桜」
まずは挨拶。だが舞桜は何も答えないまま着席する。
その様子に、ただならぬ雰囲気を感じ取る菜々子。思わず首を傾げ問おうとした、その時――
「……ど」
声がした。そして唐突に頭を抱える。
「どうしよう……」
泣き声に近いものだった。菜々子はその様子に訝しげな視線を向けつつ、問い掛ける。
「何かあったの?」
声に、舞桜はゆっくり頭を上げる。その顔は若干涙目だった。
「菜々子……どうしよう」
「どうしようって言われても、何が起こったのか説明してくれないと」
言葉に、舞桜は唐突に押し黙った。
あまり言いたくないという態度。そこで菜々子は頭の中で推測する。
(酔いによって何かを起こしたとするなら……舞桜に干渉したのは達樹。なら――)
「――達樹に告白でもした?」
ビクリ。舞桜は顔が硬直する。
(図星か)
――菜々子自身、きっと舞桜は何かしら達樹に対し思ってはいるんだろうなとは考えていた。
達樹にとっては舞桜におんぶにだっこという感じだろうが、実際の所舞桜にとって達樹の存在は精神的にもずいぶんと大きいだろうと予測はついていたし、そういうことがあったとしてもさして驚かない。
「……酔った勢いで言ったのなら、誤魔化しようもあるんじゃない?」
言葉に、舞桜は呆然となる。
「……あの、菜々子」
「なんとなくそうなんだろうなとは思っていたけど」
きっとあっさりと看破されたことに驚いているのだろう。事もなげに答えて見せると、舞桜はただただ沈黙した。
「念の為問題がないように、達樹には舞桜は酔っている間は記憶がないみたいなことを軽くだけど言っておいてあるから……駄目押しで、酔うと色んな人に好きだとか言いまくる……みたいな感じで説明しておけばいいと思うよ」
「それで、本当に大丈夫かな?」
「うん。記憶がないってフリをすれば、達樹だって信用すると思う」
――なおかつそれは、試験が近い達樹のフォローになるだろう。
内心動揺していることだろう。達樹にとっても舞桜の好意は嬉しいはずだが――それにしても、この状況だとさすがに頭も混乱する。
「……今日私は達樹に付き合うし、色々言っておく」
その言葉に、舞桜はすがるような目つきで菜々子へ告げる。
「お願い」
「うん……ほら、朝食」
「ありがとう」
肩を落としながらも食事を始める舞桜。そうした姿を見るのはずいぶんと久しく、菜々子としてはちょっと驚きもあった。
ただ、彼女自身内心穏やかではないはず――達樹に色々と言ったのもそうだが、あっさりと友人にまで知られてしまったので。
「……舞桜」
「な、何?」
「そういう相談くらいは受けるつもりでいたから、なんだかずっと抱えていたのはちょこっとだけ不満もあるけど……」
「ま、待って菜々子。正直私も、本当にそうなのか自分でも疑っているくらいで……」
自覚があまりないらしい――というか、酔った勢いで口走ってしまったという感じなのだろう。
(どうするかな……)
菜々子は思考する。このまま適当に誤魔化すのがいいのか、それとも舞桜へ達樹をどう思っているかきちんと自覚させるのがいいのか。
どっちにしろ、試験迫る状況で何か問題になりそうな気もするが――
「……舞桜」
「う、うん」
「舞桜が言っていることは本当だと思うし、実際のところどうなのかなんて私にもわからない」
「そ、そうだよね」
「けど、一つ言えることがある」
菜々子の言葉に舞桜は押し黙る。
「……舞桜にとって、達樹の存在は特別なものになりつつあるということ。それに恋愛感情があるかどうかは別として。それは否定しないでしょ?」
質問に、舞桜は少しばかり間をあけてから頷く。
「うん……それは間違いないと思う」
「今舞桜ができることは、パートナーとなるべく動く達樹を応援することじゃないかと思う」
「そう、だね」
さらに頷く舞桜。その点については異論はないらしい。
「今はひとまず、達樹に余計な心配をかけさせないようにすること。訓練は私がビシバシやるから」
「……うん」
舞桜を見て菜々子は小さく微笑み――やがて朝食を終える。
それから菜々子は舞桜の家を出て、一度寮に戻ることにする。
「さて……」
一つ呟き、菜々子は今後の予定を頭の中で整理。昨日集合場所などは確認しているので、時間までに到着すればそこから訓練を開始できる。
なおかつ、達樹には色々と説明しなければならない――舞桜に記憶がないということは話してあるので、そう心配はいらないが――余計な詮索はしない方がいいだろうか。いや、訓練中もしくは休憩中に会話を行い、自然に口を挟むような形にするなら問題はないだろう。
頭の中で算段を立てつつ歩いていると、ふいに携帯電話が着信。ポケットから取り出し相手を確認すると、
「……え?」
意外な人物からの電話だった。




