小さな宴会
達樹たちが舞桜の家に到着し、それからおよそ一時間後。すっかり暗くなった家に日町と手嶋が訪れる。
「さて、待っていてね」
それぞれが両手に荷物をぶら下げた状態で、手嶋が主導で料理を始める。それを日町が補助するという形であり――親友同士ということでずいぶんと息が合っている。
達樹はソファに座り何気なく着けたテレビのニュース番組を眺める。菜々子は舞桜から小説を借りて読み進め、舞桜は椅子に座っている状態。そんな折、達樹の背後から舞桜の声が聞こえた。
「日町さん」
「ん? どうした?」
「ちなみに、何を作るんですか?」
「無難に鍋だよ。寒いし丁度いいだろう?」
語る間にも手嶋が野菜か何かを切っていく音が聞こえる。
「ちなみにだが舞桜。あまり台所は使わないのか?」
「……使いませんけど、それが何か?」
「最近は外食なんかも栄養バランスがいいから何も言わないが、たまには自炊してみるのもいいんじゃないか?」
「それ、わかって言っていますよね?」
(……下手なのかな?)
達樹は胸中思う。一人暮らしの長い舞桜ではあるが、家事とかそういうものについては苦手なのかもしれない。
いや、例えば服が散らかり放題などという状況は今まで一度も見たことがないので、家事はおそらくやっているはずだが。
「炊事洗濯の内、洗濯の方はそれなりにできているじゃないか。料理の方に手を出したらどうだ?」
「……包丁とか使うの苦手なんですよ」
「何だ、誤って指を切って血を見るのが怖いとか?」
「それは平気です。単に包丁を使うといった作業が苦手なだけです」
「苦手と言い続けているだけでは、いつまでも上達しないぞ?」
そんな会話を聞いている間に、料理の行程は進んでいく。テレビを見ながら少しばかり楽しみにしていると――やがて、
「できたぞ」
ということで、合計五人が鍋を囲んで食事をすることになった。達樹はこの時点で男が一人という事実にはたと気づいたのだが――他全員がまったく気にしない様子だったので、まあいいかと思い直す。
「しかし、智美もずいぶんよね」
白菜を口に入れながら、手嶋が日町へ話し出す。
「私の研究内容を把握していたからだと思うけど、一度も立栄さんと会わせてくれなかったでしょ?」
「お前がどういう行動をとるのか目に見えていたからな。正直今日だって会わせたくなかった」
「ひどーい」
頬を膨らませる手嶋。その動作がひどく子供っぽく、達樹は思わず苦笑した。その時、今度は舞桜が口を開いた。
「あの、手嶋さんって潜在能力を研究すると仰っていましたよね?」
「待て、舞桜。変に言及すると調子に乗るからやめろ」
「なに? 興味がある?」
ずい、と手嶋は身を乗り出す。
「何か知りたいのなら、話を聞いてもいいよ?」
「あ、それなら例えば体に変化があったこととかを訊いても?」
「大丈夫よ」
「なら――」
「だから舞桜……」
「珍しいね。舞桜がそんなことを言うの」
菜々子が発言。すると舞桜は彼女に視線を合わせる。
「珍しい?」
「体が丈夫なのが取り柄だっていつも言っていたのに」
「体は問題ないけど、魔法の方が……」
と、言い掛けて言葉が止まった。余計な心配を掛けさせたくないという雰囲気だったが、一歩遅かった。
菜々子の表情が変化する。そして口を開こうとした時、
「はいはい、そういう話は後にする」
日町が制止した。
「楽しく鍋やろうという状況なのに」
「……わかりました」
菜々子は話を中断し鍋をつっつく。それ以降、終始和やかな雰囲気で食事は進んだのだが――問題は、全て食べ終えてからだった。
「それじゃあデザートを……」
「まだ食べるのか」
手嶋の言葉に日町は呆れ顔。すると手嶋は、
「なによ、いいじゃない。それにたまには暴飲暴食だって悪くないでしょ?」
「それについては異論もあるが、まあたまにはこういうのも悪くないな」
「はいはい、そういうことで」
と、有無も言わさず達樹たちの前に色とりどりのケーキが並べられた。
「どれでも好きなのをどうぞ。あ、飲み物も自由に」
オレンジジュースやらコーラやらをドカドカとテーブルの上に置いた。
達樹は適当にジュースを手に取ろうとして――舞桜の視線が、一点に固まっていることに気付いた。
「あ、頼子。ちょっと待ってくれ」
日町が呼び掛ける。すると手嶋は小首を傾げ――その間に、舞桜が視線の先にあるコーラに手を伸ばそうとする。
「あ、舞桜」
菜々子がその動きを制止しそうになる。だがその時舞桜が彼女に視線を送り、
「……ちょっとだけだから」
なぜか懇願するような声音。達樹は何か理由があるのかと注視していると、菜々子はその懇願に負けたか、
「なら、ちょっとだけだからね」
「うん」
子供のように頷く舞桜を見て、達樹は疑問符が頭の上に浮かぶ。日町も何やら心配している様子なのだが、これは一体どういうことなのか。
その間にも各々がケーキを手に取り食べ始める。達樹としては腹も膨れているので食べ進めるのは遅かったが、女性の方はやはり甘いものには目がないのかケーキがどんどんなくなっていく。
そんな中で舞桜はコーラを注ぐ。菜々子や日町がなぜか注視し、けれども手嶋の言葉によって日町は舞桜から視線を外した。
何があるのかと達樹も見守る。すると舞桜がコップを傾け、コーラを一口飲み――
いや、一気飲みを始めた。
「わあっ! 舞桜!」
慌てて止めに掛かる菜々子。日町も唐突に動き出し、その行動に達樹と手嶋は目が点になる。
だが遅かった。舞桜はコップの中にあったコーラを一気に飲み干すと、笑みを浮かべ、そして、
「……あれ?」
体が傾いた。そのまま床に倒れ込もうとする所を、駆け寄った日町がおさえた。
「あ、危ない……というか、一気に飲むとは思わなかったぞ」
「普段ジュース類を我慢しているので、その反動かもしれません」
どういうことなのかと達樹が疑問に思っていると、日町から説明がきた。
「えっとだな、結論を言うと……舞桜はコーラで酔うんだ」
「……酔う? お酒みたいに?」
「魔法使いは時折体質の変化が生じるケースがある。まあ人間というのは常に変化していて以前食べられたものでもアレルギー反応を起こして食べられなくなったりするわけだが……魔力を多大に保有していると、そこまでひどくはないが何かしら症状が出たりする」
「舞桜の場合は、コーラ?」
「ジュース系の類で色々症状が出ると言っていたな。ただまあ、コーラは彼女の好物だったようだから、飲めなくなってさびしかったんだろう」
「そういうコーナーに行かないようにしていたらしいので、甘いジュースをあまり飲まないらしかったんですよね」
菜々子が日町と共に舞桜を支えながら述べた。
「寝かしましょうか」
「そうだな」
というわけで二人して舞桜を連れて行く。残された達樹と手嶋は戸惑う他なかったが――やがて、
「なんだか、申し訳ないわね」
手嶋が発言。
「ただまあ、智美がきちんと事情を説明しなかったのも悪い」
達樹はその言及に苦笑する。やがて下りてきた日町たちと共に、話をする――舞桜がいなくなったということで、菜々子が先ほど気になっていたことを切り出した。




