とある秘密
「――あなた自身が西白達樹と接触する?」
とある狭い研究室。向かい合って話をする男女がいる。白衣を着た女性は椅子に座ってデスクの上で腕を組み、立って話をする男性に対し頷いて見せた。
「ええ、今回の作戦については、私も直接参加するというわけね」
「それは……大丈夫なのか?」
男性の問い掛けに、女性は小さく微笑した。
「心配してくれるの? 関石君」
目の前の男性――地味な印象の人物である、以前の事件首謀者の一人である関石猛は、肩をすくめた。
「あんたが今回の作戦の陣頭指揮を執っている……もしあんたが捕まったら、そもそも作戦が行えないんじゃなくなるだろ? 俺はその辺りを危惧しているわけだ」
「その辺りはまったく心配いらないわ」
彼女は答えた後、背もたれに大きく体を預けて天井を見上げた。
「悲しいけれど、私の代わりはいくらでもいるのよ……それに、こればかりは私がやらないとまずいからね。他に適任者もいないというわけ」
「まずい? どういうことだ?」
問い掛けた関石に対し、彼女は自身のこめかみ付近を右人差し指でトントンと叩いた。
「今からやる作戦は、光陣市……というより光陣市にある研究機関の中で、トップシークレットに位置するとある情報を使うのよ」
「つまり、下手に漏らしてはいけないということか?」
「そういうこと。何の因果か私は知っているのだけれど……それをうっかり漏らしたら、私はきっと存在そのものが消されちゃう。それに情報を聞いた人間も、ね」
よっぽど危険な内容なのだと認識したのだろう。関石は興味を示す表情を消し「わかった」と応じた。
「なら、任せることにする……俺は何をすればいい?」
「次に指示が来るまで、待機していてもらうわ。隠れ家の場所だけは知られないようにしてね」
「わかった」
了承した関石を見て、彼女はクスリと笑う。
「心配しないでも、いずれあなたには働いてもらうわ……今は私があなたが活躍する舞台が整えられるのを、祈っていてもらえればいいの」
* * *
「手嶋頼子といいます。よろしくね」
達樹がその女性に見覚えがあると感じたのは、彼女が自己紹介をした後だった。
「……あの」
「なあに?」
「光陣学園内に、出入りしたことってありますか?」
その言葉に、手嶋は「当然」と応じて見せた。
「そもそも私、光陣学園に近い研究所の人間だから」
「あ、そうなんですか?」
「実質、光陣学園にいる魔法使いに関して色々と調べているといった感じかしら……あ、こういう言い方をするとなんだか怪しまれそうな気がするけど、違うからね?」
手を振る手嶋。口上からすると、どうやら日町から話はされているようだ。そこで達樹も「わかっています」と応じ、疑いを消した。
それから達樹と菜々子は自己紹介を行い、手嶋と共に建物の中へと入る。訓練場に向かう道中、彼女から話を聞く。
「えっと、私の専門は人の潜在能力解析なの。西白君は増幅器持ちだけれど、事情があってそれなしでも使えるようになったのよね? 魔力をそれなりに保有しているのは事実だから、何かしら協力できないかと智美……日町から言われたのよ」
「潜在能力、ですか」
そんなものが自分にあるのかと疑問に思う所だが、手嶋は捕捉するようにさらに続けた。
「魔力をあまり保有していない一般の人だって、やりようによっては魔法が使える……そういう研究結果だって存在しているのよ? 人の潜在能力というのは無限であり、西白君にだって同じことが言えるわ」
心強い発言。達樹は「わかりました」と応じ――やがて、訓練場に辿り着いた。
大きさなどは学園内にあるそれとほとんど変わらない。ただ準備が成されているのか、訓練場の端にPCを始めとした機材が設置されている。
「さて、智美がいないわね……待ちましょうか」
彼女は機材のある場所へ歩いていく。それを見た後達樹は一度菜々子に視線を移した。
「……なあ、菜々子」
「どうしましたか?」
「俺自身、舞桜のパートナー云々という話は信じられないこともあるんだけど……菜々子自身多少なりとも組んでいたことがあるんだよな? 何か注意した方がいいこととかはあるか?」
「私は基本、舞桜にずっと付き添っていただけなので……それに、無理をした結果大怪我をしてしまった経緯もありますから……ただ」
と、菜々子は達樹を見返す。
「私のように無理をしなければ、以前達樹が遭遇した最初の事件を解決することは難しかったでしょう。正直、どう動けば正解か、なんてわからないですね」
「まあ、そうだよなぁ……というか、今更ながら思うのは、俺自身結構な綱渡りをしてきたんだよな」
「今更気付いたんですか?」
むしろなぜ今までそう思わなかったのか、という態度。それに達樹は苦笑し、
「いや、元々自覚はあったけど、改めて思ったってことさ」
「……一連の事件は、相当大変な事件だったということですね。舞桜が単独で解決できるような話でもなく……というより、舞桜を狙っている節もあったので……」
そこで達樹は、菜々子に疑問をぶつけてみた。
「なぜ相手は、舞桜を狙うと思う?」
「わかりませんが、少なくとも光陣市の中でトップにいる舞桜の能力を欲しがっている、ということが理由にはなりませんか?」
「欲しがっている、ねえ」
達樹は二つ目の事件を思い出す。あれは確か舞桜を狙って動いていた部分も大きい。後援会の人物にしたって自身の欲望に従い動いていたわけだが、それを通して首謀者も何かしら舞桜を捕らえようとしていた――という推測が立つ。
ただ最大の疑問は、そうして舞桜を手中に収め、何をするのかということだ。
(舞桜が突然いなくなったら、光陣学園自体混乱するだろうし、騒動となるだろう。警察とも密接なかかわりがあるから、下手をするとすぐに捕まってしまうだろう)
あるいは、絶対に露見しないような処置ができるのか。
「疑問が多々あるのは事実です」
菜々子が言う。視線は訓練場の中央。
「ですが、私たちがやるべきことは非常にシンプルです……即ち舞桜を護る事」
「そうだな……まあ、実力的に俺達が出張るのは逆効果という気もするけど」
「ですが達樹の援護がなければまずいことになっていたのは明白です」
「……そうかも、な」
達樹が返事をした時、後方から靴音が。振り返るとそこには日町の姿が。
「お、待っていたのか……頼子!」
「こっちは準備できているわ。まず、達樹君の能力について数値を見させてもらいたいわ」
「わかった……達樹、構わないか?」
「いいですよ」
「ならば菜々子。達樹と向かい合ってくれ」
「はい」
全員動き出す。訓練とは少し違う状況であるため、達樹は少しばかり緊張しつつ戦闘準備に入った。




