知人の研究者
達樹が沈黙していると、さらに日町が語る。
「というわけで、君をパートナーにしてもらえるよう、私達は最大限のバックアップをする。まずは能力測定対策からだな」
「対策……」
達樹は彼女の言葉を反芻する。測定に対策というのも妙な話だ。
「まあ、君の場合は戦闘能力が高くとも魔法の総合的な能力は低いわけだから仕方がない……とはいえ、嘆いていても仕方がない。今回のことで君がきちんと選ばれるよう、色々とやろうじゃないか」
「……ちなみに、測定の日はいつですか?」
「一週間後の土曜日」
舞桜が言う。達樹としてはそう時間もないのでやれることは限られてくると思うのだが――
「私達は二つの方面から対策についてアプローチしようと思う」
さらに日町が言う。達樹が首を向けると、彼女は達樹自身を指差した。
「一つは増幅器の調整だ。通常の魔法使いと違い君の場合は増幅器の調整をすれば多少なりとも他の魔法が使える」
「えっと、測定のために増幅器を少し変えると?」
「さっき青井さんに連絡はした。どうやら君は彼の所に行っていたようだが……話によると現在の魔法は増幅器を使用しなくても使えるようになったんだろう? なら、他の魔法に手を出してもいいだろう」
なんだか話がずいぶんと面倒な方向に――達樹は思いつつも日町の言葉を聞き続ける。
「言っておくが、増幅器があるとハンデがつくというわけじゃない。測定は増幅器ありでもなしでも変わらない絶対評価だからな。というわけで、そういう対策が有効だ」
「わかりました……もう一つは?」
「もう少しばかり実戦で訓練を重ねるのがいいと思ったわけだ」
嫌な予感がした。達樹はすぐさま舞桜に視線を移す。すると、
「実は菜々子とかにお願いしたんだけど……」
やっぱりか、と達樹は思いつつもどう考えても無理じゃないかと思ったりもする。
「いやいや、実際に戦ってみると結構いいところまでいくかもしれないぞ?」
日町が言う。それに達樹は内心信じられない思いとなったのだが――
「ふむ、だがまあ笹原さんの火力に何一つ太刀打ちできないという可能性は十分あるな」
いきなり落とす。達樹は即座にがっくりと肩を落とした。だが、
「しかし、増幅器を上手く改良すれば立ち回れる可能性もあるだろう」
「……日町さん?」
「さあ、楽しくなってきたな」
含み笑いまでする始末。なんだか怖くなった達樹に対し、舞桜が一言。
「日町さんはお医者さんの片手間に色々研究している人だから……」
「そ、そっか」
答えつつ、内心では確かに他の魔法を使えるようになるべきとは思ったりもしており――気合を入れ直すことにした。
「明日は丁度土曜日だし、早速菜々子と訓練を始めることとしよう。それでいいか?」
日町が確認。達樹としては拒否してもそうするつもりなのだろうと内心思いつつ、
「はい」
「よし、明日今から住所を書くから、そこに来るように」
公共的な訓練場などではないらしい。学校の施設を使うわけにもいかないし、プライベートな空間でやるのは当然と言えば当然だろうか。
それから情報を交換して、日町は帰った。達樹もまた帰ろうとしたのだが、その寸前で舞桜に呼び止められる。
「達樹、なんだかごめん」
「……何で舞桜が謝るんだ?」
「なんというか、私としてはすぐに認められると思っていたから」
「警察の中には簡単に納得できない人間がいるってだけの話だろ? 俺は大丈夫だから」
と、肩をすくめてみる。
「それにほら、増幅器の特性についてもわかったところだから、今回のことをきっかけにして色々と調べることができる……肯定的に捉えようと思う」
「そっか……ありがとう、達樹」
達樹は内心ずいぶんと殊勝な態度だな、と思ったりもした。ただその直後こういう反応は当然かとも思った。友人である菜々子についてだってずいぶんと心配していた彼女だ。パートナーとなる達樹を多少ながら慮るのは当然だろう。
「……明日から早速訓練に入るわけだけど、舞桜は来るのか?」
「私はちょっとばかり用があるから」
「そうか。ともかく頑張るから」
「うん」
返事を聞いた後、達樹は舞桜の家を後にした。外は暗く、達樹は寒空の中寮へ向けゆっくりと歩き出した。
「大変そうだけど……頑張るしかないな」
達樹は思う。舞桜のパートナーになると決意表明をしてから一つの事件を終えたわけだが――確かに達樹の力が突破口になったのは事実だし、それを通して少なからず自信がついたのも事実。
だが、まだまだ足りない。舞桜と実力的に肩を並べるなんてことが荒唐無稽であるのはわかっているが、それでもその差を少しくらいは縮めたいと思っている。
「まあ、増幅器を着けている人間が言うのもなんだけど……」
達樹が呟いた直後、携帯から着信が。相手を確認すると、日町だった。
「もしもし」
『ああ、達樹君。言い忘れていたんだが、明日の訓練には私や笹原君とは別に客が来る』
「客?」
『私の知人の研究者だよ。君の能力を解析してもらえるようお願いした』
「なるほど、そうですか――」
と、そこで達樹は一つ不安を抱いた。日町の知り合いなら問題はないはず。だが――
『沈黙している理由はわかるぞ。敵である救世主とやらのスパイなんてのを想像しているんだろ?』
「……すいません、日町さんの知り合いなら大丈夫だと思いますけど」
『これまで事件に研究者が関わっていた以上、懸念するのは当然だろう。無論、当該の人物が問題ないということはこちらでも調べた上だよ』
「調べた、ですか」
『方法を聞くかい?』
「いえ、大丈夫です」
そこまでいうのなら大丈夫だろうと思いつつ、
「話の内容はわかりました。明日、よろしくお願いします」
『ああ。こちらはスパルタでいくつもりだから覚悟しておくことだ』
通話が切れる。達樹は足を止めて携帯電話を眺める。
「……スパルタ、か」
訓練が厳しいから文句を言うつもりは一切ないし、舞桜のパートナーとなる以上はそのくらいのことがあって当然だと思った。
やれるだけやるしかない――そう心の中で思いつつ、達樹は寮へ帰ることとなった。
翌日、達樹は朝早くから指定された住所へと向かう。格好は厚手のトレーニングウェア。
目的地は研究機関に程近い場所で、なおかつ警察署にも近い。何かあったとしても、すぐに対処が成されるよう配慮がされていると思った。
「あ、達樹」
歩いていると、達樹と似たようなトレーニングウェアを着た菜々子と遭遇した。達樹は挨拶を交わし、隣同士で目的地まで歩く。
「今日、よろしくお願いします」
「……お手柔らかに頼む、と言いたい所だけどそんなんじゃあ試験に通らないかもしれないな。まあ、頑張るよ」
「日町さんからビシバシいくよう言われているので、私も頑張りますよ」
「……正直、菜々子にそう言われるとビビる他ないんだけど」
笑い合う。これから訓練とはいえ、知り合い同士なのでリラックスすることはできた。
「あ、そういえば菜々子。今日日町さん以外の研究者が来るそうだけど」
「私はその人に会ったことがありますよ。といっても、日町さんの所を訪れた時挨拶した程度ですけど」
「ああ、そうなのか。古い知人って感じ?」
「日町さんが言うには、同窓らしいです」
なるほどと思う間に目的地へ到着。そこは確かに魔法に関する訓練施設なのだが、公共的な場所とは違い人もいなくて物々しい雰囲気。
入り口にいる守衛の人に話をする。するとあっさりと通してくれ、さらに入口に人影があった。
「――待っていたわ」
白衣の女性。腰まで届く波打つ髪を持った人物――達樹は菜々子と共に、彼女へと近づいていった。




