覚醒した場所
――視界が闇に覆われ、達樹はその身を宙に預けている。
(ここは……俺は……死んだのか……?)
最後に憶えているのは彼女の救命措置。それでも助からなかったのだろうか。
(なんだか、申し訳ないな……)
最初に思い至ったのは、彼女――立栄に謝罪しなければならない、という思い。
彼女から見れば自分は巻き込まれた人間だと思うかもしれないが、ペンダントを所持する以上、自分も当事者で間違いない。
だからこそ、重騎士に襲われても自己責任だったのではないか、そんな風に思えた。
(もし再び会えるとしたら、謝らないと……そしてできるなら、恩返しをしないと)
達樹が結論付けると、急に白い光に生じた。不思議に思うと、水面に上がるような感覚と共に、意識が覚醒する。
目をゆっくりと開ける。丸型の蛍光灯がつけられた、見慣れない天井があった。
「……ここ、は?」
掠れた声で、達樹は呟く。同時に胸の辺りから痛みが走った。小さく呻き声を上げると、スリッパの音が聞こえた。
「……大丈夫?」
達樹の顔を覗き込む姿が一人。立栄だった。
制服姿ではなく、トレーナーにスカート姿。見慣れない格好に新鮮さを覚えつつ、達樹は彼女の問いに小さく頷いた。
「良かった……少し待っていて」
言うと、立栄は部屋を出ていく。
達樹は彼女を見送ると部屋を確認する。寝かされているのは大きめのベッド。部屋には洋服ダンス一つとクローゼット。さらに丸椅子が一つに部屋の隅には掃除機が置かれている。
一体何の部屋なのかと首を傾げた所で、彼女が部屋に戻ってくる。
「目覚めたみたいだな。気分はどうだ?」
中性的な、女性の声が聞こえた。
見ると立栄に伴ってやって来たもう一人の人物。髪を後ろで無造作に縛った白衣姿、長身の女性。
達樹は医者か何かだろうと見当をつけつつ、尋ねる。
「あな、たは……」
「私は日町智美。舞桜の主治医だ」
答えると彼女は、立栄の頭にポンと手を置く。
「事件に関わる彼女は、生傷が絶えなくてね。だから私がほぼ専任で担当をしているのだが……今回は、違ったな」
日町は立栄から手を離し、近くに置いてあった丸椅子に座る。
「気分はどうだ?」
「……胸が、痛いです」
「当然だ。槍が貫通したのだからな。本来ならば即死してもおかしくない箇所だったが、複合的な要因により、命を取り留めた」
日町が告げると、達樹は立栄を見た。あの薬のおかげなのだろうか。
「彼女が措置を行ったのは貫かれた部位の緊急的な止血と、身体活性化による一時的な強壮。だが、それでも危なかった。結果として明暗を分けたのは、これだ」
日町は何かを見せる。それは、達樹が身に着けていた増幅器だった。
「この増幅器はどこで手に入れた?」
「……とある方から、サンプル品として……譲り受けたものです」
青井の名を告げるのは憚られたので、達樹はそう口にした。
「ふむ、そうか。サンプル品……しかし、性質は普通の能力者が扱える物でもないのだが。言うなれば、君のような魔法使いでありながら魔力の低い人物が使う……まあ、開発者から見れば失敗作のような代物だ」
「失敗作……ですか」
達樹は呆然としながら返答すると、彼女は少し慌てたように弁明した。
「ああ、気を悪くしないでくれ。あくまで開発コンセプトにそぐわないという意味合いで、失敗というわけだ……ともかく、この増幅器が君の魔力を収束させ、傷口を即癒したのだ。無論、放っておけば一分足らずで死んでいただろうが、舞桜の治療と相まって君は命を繋いだ」
「そう、ですか……」
夢でも見ているような心境で、日町に応じた。その様子を、立栄はひどく心配そうに見つめている。
「意識が戻ったのは運が良かったな。このまま治療を受ければ、あと数日で傷は塞がり、完治するだろう」
「完治……あんな怪我を、したのにですか?」
「私は魔法使いの中でも治癒系に特化した人間でね。頭が吹っ飛ぶなどしない限りは、どうにか治せる。ただ、結構魔力を使う上、儀式めいたやり方を必要とするから、君のようなケースでもない限り、あまりやらないが」
「儀式……?」
聞き返した時、日町は両手を達樹に向けた。
突如、床が光り出す。見える範囲で確認すると、フローリングの床面に何やら複雑な紋様が円形に広がっている。
「魔法陣を組んで、私と舞桜の魔力を使って君を癒すわけだ。発動中は他の魔法が使えなくなる他、周囲に影響を及ぼすため、この場所でしか使えないのが難点だが」
日町が説明する間にも光が部屋を包み、達樹の体にまとわりつく。不快ではなかった。何より光が触れる度に胸の痛みが引いていく。
光は数分間生じ――日町が小さく息をついた時、収まった。
「今日はこれで終わりだ。明日もまた来る」
日町は一方的に言うと、立ち上がった。
「舞桜。明日も同じ時間だ」
「わかりました」
日町は立栄に告げると部屋を出て行った。
残された達樹は立栄に視線を送る。彼女は怪我をした時と同じような、悲痛な顔を見せていた。
「……これが、巻き込んだせめてもの罪滅ぼし。ごめんなさい」
やがて、立栄は呟き頭を下げた。達樹は小さく首を振る。
「いや、待ってくれ……実を言うと、俺も当事者なんだ。立栄さんの言っていた――」
「ペンダントは、知ってる」
発言を制止するように、彼女は言う。
「血だらけだったからさすがに着替えさせて……そこでジーンズのポケットに目的の物を見つけた。けど、ペンダントの件とあの得体の知れない存在との因果関係は、はっきりしていない。何よりあれは明確に私を狙っていた。その戦いに巻き込んでしまった……申し訳ないと、思ってる」
説明する彼女を、達樹はじっと眺めた。そこで彼女が敬語じゃないことに気付いた。家にいるからなのかもしれない。
「……俺としては、さっさと引き下がらなかったことに、謝りたいくらいなんだけど」
達樹は痛みの引いた胸に意識を向けながら告げた。先ほどの魔法で声が自然と出るし、手足がゆっくりではあるが動くようになっている。
返答に、彼女は首を左右に振った。
「気にしないで。ひとまずここは安全だから、治るまではゆっくりして構わないから」
「……そういえば、ここはどこ?」
達樹は部屋を見回しながら尋ねた。フローリングの床なので病院の類でないのは確かだ。
「私の家。警察から借りている、一軒家」
彼女からは、予想外の答えが返ってきた。
「え、家?」
「うん。そしてここは怪我を治療するために、魔法陣を組んである部屋。基本的には寝込むような怪我をすることはないけど、用意しておいてよかった……」
心底安堵するような表情を見せた。一方の達樹は彼女に視線を送りつつ、ゆっくりと上体を起こす。胸がほんの僅かに痛んだが、体を起こすこともできた。この調子ならば、歩くこともできそうだ。
「しかし、すごいな。さっきまで起き上がれなかったのにあっという間に動けた」
「それは、ようやく治療の成果が表れたのだと思う」
「……成果?」
聞き返すと、彼女はゆっくりと頷く。
「丸四日間、あなたは眠っていたから」
言われて、達樹は小さく呻いた。どうやらこうした強力な術を用いても、目を覚まさなかった期間が結構あったらしい。
立栄はもう一度安堵した表情を見せる。その時、達樹はあることに気付いた。しかし言及はできないまま、彼女は小さく頭を下げる。
「時間的には昼だから。何か、食べれる物を持ってくるよ」
「あ、ああ……」
流されるまま返答すると、立栄は部屋を出ていく。
残された達樹は、彼女の出て行った扉をしばし見つめた後、静かに体をベッドに預けた。
「……よほど、危なかったんだろうか」
目が赤かったような気がした。
泣いて、いたのだろうか。だが、赤の他人である自分になぜ泣くのか、達樹は上手く想像できなかった。
達樹は目覚めたその日からどうにか体を起こし、ベッドを離れ歩くことができた。だが同時に、体力がずいぶん落ちていると悟る。
それに関しては、立栄から魔法によるものだと聞いた。自然治癒力を促進させるため、体力を奪っていくというわけだ――
そんな状態で翌日、同じように昼の時間に日町がやって来て、治療をする。体力は変わらなかったが、胸の痛みはほとんど無くなった。そして、痛みが消え分だけ色々と考えを巡らせるようになる。自分が、これからどうするべきか。
「よし、あと二回程魔法を使用すれば大丈夫だろう」
考えている間に、日町の治療が終わる。
「そうですか」
達樹は近日中に日常生活に戻れることに安堵した。ちなみに立栄は授業であるため、家にはいない。
「そういえば、西白君。授業の方は大丈夫なのか?」
ふいに日町が尋ねる。達樹は少しだけ思案した後、返答する。
「今週は授業に出るのは無理そうですが……まあ、一週間ならどうにか」
「そうか……では、私は帰るとしよう」
彼女が席を立つ。その時、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。耳をそばだてると、数が複数。
「お、舞桜以外にもいるな。おそらくナナコだろう」
「ナナコ?」
「ああ。ササハラナナコ……こういう字だ」
と、空中に感じを書き始める。達樹はなんてわかり辛いと思いつつも、文字として『笹原菜々子』と読み取れた。
理解すると同時に、ドアがノックされ扉が開いた。そこには立栄と、どこか見覚えのある女子生徒が一人。
「あれ……?」
達樹は目を見張った。
そこにいたのは、立栄と同じく制服姿ではあったが、茶髪を三つ編みにして、一本にまとめているのが特徴の女子生徒。間違いない、以前ペンダントを奪還しようとして遭遇した人物だ。
「ああ、舞桜。今日は早いな」
「はい。落ち着いたようなので、少し……」
「事情聴取か?」
「そういう言い方は……話を聞くだけです」
「その程度なら心配ない。こってりと絞ってやれ」
言い捨て、日町は部屋を出ていく。立栄は少し困った表情を示しながら見送る。
彼女がいなくなると、立栄は達樹に向き直り、小さくお辞儀をした。
「ごめんなさい。どうしても事情を聞いておきたくて」
「いや、いいよ」
彼女の言葉に、達樹は首を左右に振る。
そしてもう片方の女子――笹原を見た。彼女は、視線に気付いたか首を傾げる。
「あの、何か?」
どうやら憶えていないらしい。ただ出会ったのも一瞬だったので、無理もない。
「ほら、あなたが不良達と戦っている時に出会った男子生徒だ。あの時ペンダントをおとなしく渡しておけば良かったのかな」
達樹は隠すことなく、正直に話した。青井のことは気になるが、この数日で包み隠さず話した方がいいと、頭の中で結論付けたのだ。
その言葉で彼女が驚き――次の瞬間、「あ、これはまずい」というばつが悪い表情を示した。
達樹が疑問に思い声を掛けようとした時、横にいた立栄がいきなり彼女に首を向けた。
「菜々子!」
「ひゃう!?」
立栄の激昂。変な声を漏らし、笹原が立栄を見返す。対する達樹は呆然となる。
「現場には行かない約束だったでしょ!?」
「い、いや……ちょっと繁華街によって因縁つけられて……」
「そんな言い訳通用すると思ってるの!?」
かなりの剣幕で、なぜか立栄が怒っている。達樹は意味が分からずやり取りを眺めるしかない。
「で、でもさ……いくらなんでも毎日捜索していたら体が壊れるし、二人の方が……」
「私は平気だって何度も言ってるでしょ。危険なことをしないで」
立栄の強い口調に彼女はたじたじだった。しばしの間二人は見つめ合い――やがて、立栄の視線に負けた笹原が俯いた。
「……ごめん」
落ち込んだ彼女。立栄は強く言い過ぎたと思ったのか、俯きつつ言う。
「ごめん……でも私は大丈夫だから」
「うん」
「それじゃあ、少し席を外してもらえるかな」
笹原は黙って頷き、部屋を出て行った。そして立栄は、申し訳なさそうに向き直る。
「ごめんなさい、いきなり」
「いや、いいけど……彼女は……?」
「笹原菜々子。私の……友人」
友人、という言葉に少し違和感を覚えた。少なくとも親衛隊であの子の姿を見た憶えはない。とはいえ立栄の仕事を手伝っている様子なので、魔法使いかつ、親衛隊とは別枠の人間かもしれない。
「学園では、あまり会わないようにしているの。私は……ほら、有名人だし、菜々子に迷惑は掛けられないから」
「……大変だな」
達樹はそれだけ言った。
おそらく友人として学園で接していたら、笹原は親衛隊に目を付けられているはずだ。それが嫌なので、きっと友人という事実を隠しているのだろう。
「えっと、それで……色々と話を訊きたいの」
「わかった。何を話せば?」
「あのペンダントを入手した経緯を」
「笹原さんには話さなくていいのか?」
「菜々子にはあなたの顔を覚えてもらおうと思って連れてきたの。何か、嫌な予感がするから……少しの間、菜々子にあなたを見てもらおうと思って」
「あの騎士と遭遇したから?」
確認する達樹に、立栄は小さく頷いた。
「そう。あの……あなたの言う騎士が、あなたに目を掛けている可能性は低いけど、私と共にいる所だけは敵が情報として手に入れているはず。今は私の家にいるから安全だけど、学校に通うようになれば狙われる危険性がある」
「そんなに厄介な相手?」
「全貌がまるで把握できていないから、用心するに越したことはない」
彼女が言う。その眼は警戒の色を滲ませていた。
達樹は改めて立栄の姿を見る。制服姿の彼女は非常に綺麗で、見つめ合っていれば惚れてしまいそうなくらい、魅力を振りまいている。
だが現在の顔つきは事件に腐心し、肩を落としているようにも見えた。彼女のそうした様子を見ていたなら、友人が色々と行動を起こしたのは無理もない、と達樹は思う。
「わかった。けど、俺が話せることは少ないよ」
そう前置きして、説明を始めた。話すのはものの五分で済んだ。だがその五分の説明は、立栄が眉間に皺を寄せるには十分な時間だった。
「そう……青井神斗という九秋の研究員が……」
立栄がそう声に出した時、達樹は尋ねた。
「経緯はわからないけど、ペンダントを探していたということは敵なのか? それとも味方なのか?」
「わからない」
彼女は首を左右に振る。
「けど、ずいぶんとややこしい話だとは思う」
「ややこしい?」
聞き返す達樹。すると、立栄の目に一瞬迷いが生まれる。話すべきかどうか判断つきかねている表情――しかし、やがて彼女は意を決したかのように話し出す。
「……これは私の仕事の部分だから、あまり話したくない。けど、私が事件に関わった理由だけは話しておくよ。お詫びとして」
彼女は達樹の目を見ながら話す。どこか愁いを帯びた雰囲気。
「この依頼は、とある研究機関から告発を受けて、調査に当たったのが始まりだった」
「告発?」
「あのペンダントは増幅器なんだけど、それがかなり危険な物だったみたいで、他の研究機関が使用を危惧して警察の早河さんに連絡したらしいの。しかし九秋の方でも紛失していて、やむなく警察の報を聞きつけた九秋の重役、三石さんとも協力し捜索に当たり始めた。ただ肝心のペンダントは外観くらいしか情報が無くて、捜索は難航した」
以前学園で話をしていたのはそのためか――達樹は思いながら、青井のことを尋ねる。
「で、それから青井さんが俺にペンダントの捜索依頼を?」
「だと思う。けど、ここで一つ大きな疑問が」
彼女は少し深刻そうな顔をしながら、続ける。
「彼、ペンダントに関するGPSを持っていたんでしょ? これはかなり大きな情報だと思う」
「……それって?」
「ペンダントの位置情報を知る物を開発するということは、それだけペンダントを長く所持して解析していたという話に繋がるから」
なるほどと、達樹は思った。
青井がペンダントを所持していた――つまり、彼がペンダントを盗んだ張本人である可能性が高いというわけだ。
「これならあなたに捜索依頼をしたのも理由が付く。盗んだ物だから警察なんかに届け出も出せないし……彼はもしかしたら、こっちの動きを察知していたかもしれない」
「そういえば俺に依頼する時、品物を没収されるからとか理由をつけ、警察に行くことを拒否していた」
達樹は思い出しながら語ると、立栄は我が意を得たりと、納得の表情を浮かべた。
「なら、この推測で間違ってはいなさそう。後は青井という人がすんなり捕まってくれればいいのだけれど」
「そういえば、ペンダントは?」
「警察が預かっていて、直に九秋に返却される予定。もちろん、処分のために」
「警察では処理しないと?」
「魔法に関する器具は研究機関が責任を持って対処するの。もちろん警察立会いの上で」
それなら安心だろうと達樹は頷き、さらに別のことを訊く。
「そっか。それじゃあもう一つだけ……」
「何?」
聞き返され、達樹は笹原の姿を思い出した。彼女の行動に対する立栄の言葉から、きっと意味はないだろうと思っていたが、話さずにはいられなかった。
「何か、役に立てることは?」
――その問いに、立栄は目を細めた。理解できていないのか――達樹がさらに言葉を加えようとした時、彼女は窺うように問う。
「……役に、というのは?」
「そんな警戒しなくても……笹原さんに対する言動を見たから、そう返されるのは予測済みだったけどさ」
達樹は苦笑しながらも、立栄へ返す。だが、彼女の表情は変わらない。
「俺は立栄さんに命を救われた以上、何か応じないといけないと思ってさ。別に、事件の話じゃなくてもいいんだ。俺にできることがあれば、なんだって聞くよ」
「……気持ちだけは、受け取っておくよ」
立栄が、静かに答えた。予測できた言葉。
「あと数日で傷は癒えて日常生活に戻れるはず。治ったらもう私に関わるのはよした方がいい」
「……そっか」
僅かな沈黙を置いて、達樹は答えた。
拒否された以上、おとなしく従うべきだろう。なぜなら彼女は天才的で、なおかつ全てを解決できる程の力を持っている――きっと、彼女の言葉も正しいだろう。
「ごめんなさい」
彼女は、悲しそうな声で言った。達樹は首を横に振る。
「いや、こちらこそごめん。本来、怪我までした人間の言葉じゃなかった。迷惑だっただろうから」
「そんなことは……」
彼女は何かを言おうとして、口をつぐんだ。
達樹に秘密を隠しているような、そんな素振り――反応は気になったが、あえて口には出さなかった。断られた以上、困らせないように引き下がるべきだ。
「……そろそろ夕食の時間だから、何か用意をしてくる」
「ありがとう。でも、動けるし俺が……」
「ううん、ここにいて」
彼女は優しく告げると、椅子から立ち部屋を出て行った。やがて階段を下りる音が聞こえてくる。
足音が途絶えた時、達樹はゆっくりと息を吐いた。
「……関わるのはよした方がいい、か」
ふと思った。提案を拒否したのは役に立たないからではなくて、自分の近くにいると不幸になるから、と言っている気がしてならなかった。
「笹原さんのことといい、何かあるのかな……?」
訊きたかったが、彼女の心情に関する問題であるため、尋ねられない部分でもある。
達樹は彼女の悲しげな表情を思い出しながら、答えが出ぬままじっと天井を見上げ続けた。