拳と謝罪
体がほぼ無意識の内に動き、達樹は舞桜の前に出て古閑へ向かう。
菜々子たちが援護しているが、それでも大量に生み出された騎士はまだ残っている。とはいえ舞桜の業火によって数を大きく減らしている以上、古閑も最早手立てはない――そんな風に思える。
(いや……まだだ)
頭の中で達樹は呟く。根拠は自身の勘しかなかったが、まだ古閑の中には手があるかもしれない。できるのであれば、直接古閑に仕掛けて倒した方がいい。
いよいよ古閑が動いた。舞桜の放つ炎を縫うようにして、横へと逃れようとする。菜々子や三枝が魔法を放てれば一番いいのだが、左右に散らばろうとする騎士を押し留めるので精一杯のようだった。
そして舞桜の眼前にいた騎士が数を減らし――けれど、そのタイミングを見計らい古閑は包囲を脱しようとした。
さらにその先には現場にいた研究員の男性。攻防についていけず呆然となっている彼に、古閑は照準を合わせたようだった。
「――させるか!」
吠え、達樹は古閑の動きに合わせるように動く。同時に増幅器を最大限に使用した。先ほど結界を破壊した反動で魔力は残り少なくなっている。だが、それを絞り切るように魔力を噴出させる。
なおかつそれをまず足先に込めた。身体強化――それも足だけであったが、それでも古閑が逃げようとする動きに対しては十分すぎるものだった。
一気に間合いを詰め、とうとう間合いに捉える。古閑はその動きに目を見張り慌てて手をかざすが、指先から魔力が溢れ出ることもなかった。舞桜との攻防で、彼も限界を迎えた様子。
追いすがる達樹に対し、古閑は最早抵抗できず――その顔に絶望が生じたのと同時、
達樹の拳が、古閑の顔面を捉えた。
――その後は、騎士を殲滅し警察が駆けつけた。
学園の外でも騒動があったらしく、それを収束させ警察が事後処理を行う。さすがに結界を構築した状況とはいえ人目の多い所での騒動。ニュースにだってなるだろうし、色々と問題が噴出しそうだった。
「……お疲れ」
大通りの一角で座り込む達樹に対し、優矢が近づく。顔には疲労の色が濃く、今回の騒動が終わったことに心から安堵しているようだった。
「ああ、優矢たちは大丈夫か?」
「幸い最後の攻防でも怪我はなかったよ……しっかし、お前には驚かされるな」
「何が?」
「結界をかち割ったことだよ。ま、その増幅器のおかげなんだろうけど」
「……だな。ちなみに応援団の面々は?」
「土岐と羽間は近くの建物の中で警察に色々と事情を聞かれている。笹原さん三枝さん、そして祖々江の方は先に終わったらしく、話を――」
そこで達樹は見つけた。菜々子と祖々江、そして三枝の三人が話をしている光景。
「しっかし、笹原さんが立栄さんの友人ねぇ」
改めて優矢が呟く。それと共に達樹は内心不安になり、彼女たちの様子を見に行こうと歩き出した。
優矢は無言でついてくる。そして彼らに近寄った直後、三枝の声が聞こえた。
「つまり、親衛隊としての活動は友人という観点から難しいと判断したわけですね?」
「……ええ、まあ」
濁した返事をする菜々子。どうやら三枝が菜々子に事情聴取をしているらしい。祖々江は無言に徹しており、おそらく野次馬のような立場で聞き入っているのだろう。
(複雑な立場とか言って、フォローしておくか?)
そう思い達樹は口を開こうとした。だが、
「――みんな」
背後より舞桜の声。振り返ると彼女の姿。
「ひとまず事情を聞いた人は、帰ってもいいって……どうしたの?」
「笹原さんに、色々と話を」
三枝の言葉。それに舞桜はどういう意味なのか察したらしく、彼女に窺うようにして尋ねる。
「……三枝さん、何を?」
その質問は純然たる問い掛けのようだったが――途端、三枝は舞桜に向き直り、
「――申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げた。所作に、達樹は大いに驚く。
「決して……私たち親衛隊は、立栄様を不自由な思いをさせたくはありませんでした。しかしどうやら、私達は知らずの内にそうしていたようです」
「……菜々子のこと?」
名を告げた舞桜に対し、三枝は顔を上げた後首肯した。
「その、私たちは立栄様のご友人に対し何かをしようとは考えていませんでした……いえ、それすら言い訳ですね。実際、笹原さんに迷惑をかけてしまっている」
それは――達樹が予測した直後、彼女は発言する。
「塚町さんのことです。彼女が親衛隊を離れた後、彼女が立栄様の友人について調べていたという話を耳にしました。そして親衛隊をやめた事実……ここまでくれば、想像するのは難しくない」
もう一度、頭を下げる。それに舞桜は慌てて言及。
「その、謝らないで。三枝さんたちが色々活動していたことは、私自身感謝している面もあったから」
「ありがとうございます。けれど迷惑をかけてしまったのは事実。これは、大いに猛省すべき点だと思います」
次いで、三枝は菜々子を見据える。
「……あなたにも、様々な事情がおありなのでしょう」
事情を完全に理解している様子はないが、それでも菜々子が舞桜の友人という立場や、それを隠していた事実――それなりに苦労があったと推測したらしい。
「詳しいことを訊くつもりはありません……しかし、どうやら立栄様はあなたの存在を必要としている様子。あなたが要望すれば、私達親衛隊の行動を考え直すことも可能ですが――」
「きちんと組織としてできているところに、私が介入してはまずいと思います」
菜々子は言う――同時に、ほのかな笑みを浮かべた。
「私は、これまで通りで構いません」
「それで、よろしいのですか?」
問い掛けに、菜々子は周囲を見回す。研究者などを始め、気付けば野次馬らしき面々もいる。
「どちらにせよ、私のことが噂などで露見するのは確定でしょうね……ともかく、下手に私が親衛隊と接触すればさらなるイザコザがあるかもしれません。三枝さんは、それを少しでも抑えてくれれば、それでいいです」
「……すみません」
再度頭を下げる。これを機に、おそらく親衛隊も変わるかもしれない。
(最後は、落ち着くべき所で落ち着いたといった感じなのかもしれないな)
達樹はそんな風に思う。菜々子の出現によって一時混乱が生じるかもしれない。けれど、親衛隊を率いる三枝が理解を示した以上、どうにか対処はできるだろう。
「それと……」
菜々子は舞桜に向き直る。きっと今回のことで迷惑をかけたので、謝ろうというのだろう。
けれど、舞桜は彼女が何かを言い出す前に首を左右に振った。
「今回は……私の事件に皆を巻き込んでしまった形だから」
語ると舞桜は応援団の面々に向き直る。
「ごめんなさい……その――」
「いえ、俺達は気にしていませんので」
優矢が言う。
「羽間や土岐さんも同じことを言うはずです。まあ、俺達の手におえるような事件でないことは確かだったわけですけど……ともかく、俺達は平気だったわけですし」
さすがにそれで納得できるものではなかったはずだが――ここで警察が舞桜を呼び止めた。話し合いを行いたいのだろう。
「そろそろ、時間みたい」
舞桜は言い足りない様子ではあったが、話を打ち切る。
「もし何かあったら、相談して」
舞桜はその場を立ち去る。その姿がずいぶんと様になっていたためか――祖々江は思わず苦笑した。
「なんというか、本当にすごい人だな、あの人は」
「今更気付いたんですか?」
三枝が尋ねる。祖々江は「改めて思った」と口にした後、
「さあて、俺はどうするかな……疲れているしこのまま帰ってもいいが……せめて警察が引き上げるまでは残ってもいいかな」
「まだ何かあると?」
三枝が問うと、祖々江は頷いた。
「ま、可能性はゼロに近いけど……念の為さ。それに――」
そこまで言うと、祖々江は息をつき、何やら意味深な視線を達樹へと投げかけた。




