賭けと拳
騎士が三枝の風と激突し、その効果範囲外だった面々は祖々江の結界により阻まれる。菜々子は動揺によって動きが鈍ったが、祖々江の援護により事なきを得た――はずだった。
刹那、騎士の攻撃は祖々江の結界を易々と叩き割る。
「なっ!?」
祖々江が呻く。達樹はその瞬間悟る。菜々子の魔力に対応し、結界の強度を向上させている――だが同時に、もしや相手は祖々江や三枝の魔力も事前に解析していたのではないか。
それをここまで隠しておき――この勝負の時に、利用した。
実際、三枝の風の魔法もこれまでと比べ騎士を吹き飛ばす能力が落ちている。いや、これは騎士が彼女の魔力に応じ風の威力を殺しているためなのは間違いない。
「くっ!」
即座に祖々江が結界を再構築。強度を補強したのか騎士の動きをある程度制限したが、それでもヒビが入り始める。
このままでは――そう誰もが思った時、動いたのは達樹だった。
足を前に出し、結界が破壊されたと同時に騎士へと迫る。達樹たちを間合いに入れていた騎士だったが、攻撃を仕掛ける前に達樹が動き出したため、対応が一歩遅れた。
その僅かな時間の間に達樹は拳を振りかぶる。そして相手が達樹に襲い掛かる前に、胸部へと拳が入った。
一撃で吹き飛ぶ騎士。それに古閑は驚いた目を示す。
「へえ……さっきのことといい、伏兵がいたようだね」
(やはりこいつは、俺の事を知らないのか……)
その事実に疑問を感じた達樹だったが、体は構わず動き続ける。次に迫る騎士の攻撃を自動防御で弾くと、カウンターを見舞う。その騎士も吹き飛び、やがて消滅した。
それと同時に、触発された羽間が動いた。拳に魔力を集めると同時に、騎士へと踏み込んで攻撃を行う。一度は騎士に阻まれたが、彼は即座に追撃の蹴りを放ち、倒すことに成功する。
「……ふむ、戦える人物がさらに一人追加か」
なおも呟く古閑に対し、達樹と羽間は前線に立ち構える。騎士たちは古閑の前に立ちいつでも突撃できる態勢を整えており、警戒を緩めることはできない。
三枝が押し留めていた騎士たちも一度後退し様子を窺うような状況。菜々子もある程度落ち着いたか構え直し応じる姿勢を見せているが、魔力を解析されている以上、魔法がどれだけ通用するかわからない。ここに来て不安材料ができてしまった。
「……どうする?」
羽間が後方に問う。彼自身、この後の戦況が予測できるのだろう――それは達樹も同じだった。
菜々子たちの攻撃が思うようにいかないのであれば、達樹や狭間が前線に立ち菜々子や三枝はそのサポートに回ればいい――とはいえ、彼女たちの火力は相当なものであり、とてもではないが達樹たち二人でカバーしきれるようなものではない。よって、騎士たちが断続的に押し寄せてくれば、確実に押し潰されるだろう。
なおかつ、魔力量の観点から考えれば長期戦――いや、達樹たちが堪えるのだってそう長い時間ではないかもしれない。劣勢に立たされているのは間違いない。
ただ、古閑としても達樹たちの攻勢は警戒に値するものだったらしく、様子を窺っているような状況。もし作戦を決めるなら今しかないが――
「二択、だな」
祖々江が小声で呟く。
「目の前にいるアイツをブッ飛ばすか、それともこのまま逃げるか」
倒すにしても非常に不利な要素が揃っているが、逃げるにしても結界を壊せるかという不確定要素が存在する。
「……ま、いいか」
やがて、古閑が呟いた。彼としてもそう長い時間ここで戦っているのはまずいだろう。いずれ警察や舞桜が来るのは間違いない。だからこそ、長期戦には持ち込まないように動くはず。
「思わぬ戦力が出たからといって、やることは変えなくていい」
騎士たちが動く。今にも飛び掛かってきそうな気配であり、いよいよどちらか決断しなければ――
「……破壊しましょう」
菜々子が小さく呟く。それは結界を壊すということか。
「倒しにいくにしても、それに全戦力を傾ければ他に選択肢がなくなります。しかし、結界の破壊に失敗してもどうにか立て直すことができる」
「問題は、誰がやるかだが」
祖々江が言う。すると菜々子は答えを明示した。
「……西白君」
苗字で達樹の名を呼ぶ。それに、三枝が少々驚いた声を上げた。
「彼に?」
「彼と騒動に関わったことで、可能性があると判断した……そう思ってください」
三枝はそれで納得したわけではなかっただろうが、沈黙。そこで達樹は小さく頷き、
「……五分だけ、堪えてくれ。それで駄目だったらあいつを倒すべく動こう」
「了解」
代表して祖々江が答え――同時、騎士たちが走り出した。
即座に祖々江は結界を構成。先ほどと魔力の質を変えたのか、一撃でヒビなども入らなかった。さらに菜々子や三枝も魔力を多少なりとも変えつつ反撃。敵をなぎ倒す。
達樹は古閑に背を向け、結界の前へと移動。右腕に魔力を収束させ、破壊するべく準備を始める。
「なるほど、脱出するのを優先するわけか」
古閑の呟き。同時に襲い掛かる騎士たちの数が増したか、菜々子たちが放つ魔法の音がさらに大きくなった。
時間的な余裕はほとんどないだろうと達樹は思う。先ほど五分と言ったが、物量で迫ろうとする古閑はそれよりも早く片をつけようとするだろう。
(魔力を収束させて……精々二回か三回か)
そもそも、達樹の能力では全力でそのくらいが限界だ。だからこそ、達樹は一撃目破壊するべく――魔力を右腕に集め始める。
最初はひどく静かに。だが、体の奥底から魔力を引き上げ、それを徐々に右腕へと集めていく。
「……ほう?」
古閑が声を発した。達樹の魔力収束に興味を抱いたのか――だが、菜々子たちの魔法が生じたかその呟きも爆音によってかき消された。
達樹は一度深き息を吸い、ゆっくりと吐いた。そして右の拳を握り締め、
(――これで)
一気に魔力を開放。拳を振りかぶり、結界へ向け放つ。
「いけ――!」
達樹が叫ぶと同時に拳が結界に衝突する。ズウン、という鈍い音が周囲に響くと同時に結界が僅かに軋むような音を立てた。
拳から感じられる感触としては、衝撃が結界を超えて抜けた――ような気がした。確実に結界にダメージは入っているようだが、それでも結界は壊れない。
「駄目か……」
「いや、反応はあった。達樹、もう一度だ」
優矢が発破をかける。それに達樹は一度頷き、再度魔力収束を始める。
とはいえ――先ほどのようにただ魔力を集めただけでは無理かもしれない。もっと威力が必要。けれど、それにはどうすればいいのか。
(……舞桜)
その時思い出したのは、舞桜と関わった最初の事件。闇夜に出現した巨人を、倒そうとする場面。
あの時、間違いなく達樹は自身の潜在能力を最大限に振り絞り魔法を放った。あれほどの――あの威力があれば、結界を突き破ることは可能かもしれない。
(だけど……)
あの出力をどうやって出したか、達樹自身不明瞭だった。あの時は舞桜がいたからこそできたはずで――あの力の上昇も、舞桜が何か援護していたのかもしれないなんて思える。
その時、またも轟音。振り返って確認すると、騎士たちの進撃を押し留める菜々子たちの姿。高火力の魔法で押し留めてはいるが、それでも古閑の魔力解析が上をいくのか、物量で押す彼の騎士に四苦八苦している。
あの調子では、戦って倒すにしても勝てる見込みは――そう考えた直後、達樹は自分を鼓舞するように両拳を握りしめた。
(やるしかないか……)
一度呼吸をした後、再度魔力収束を開始。とはいえ、他にどうすればいいのか達樹にはわからず、先ほどと同じような一撃を叩き込むしか――
「……西白さん」
そこで声を上げたのは、土岐だった。




