奇妙な遭遇
舞桜が幾度となく陣を破壊した時――奇妙な魔力を発見した。
魔力がわだかまる場所を狙い移動を重ねていた舞桜だったが、その中でどうも騎士を発生させる陣に干渉する存在がいたのだ。
それは陣に干渉する間だけ感じられる気配。陣の強化を施しているのか、それとも他に何か目的があるのか――ともかく、この陣を生み出した犯人に違いないと舞桜は考えた。
(まさか、私が動いている間にそんなことをするとは……)
リスクは考えないのかと思ったが――そもそもこんなことをしでかしている以上、リスクを考慮するなど最早思慮の埒外だろうと思い、その存在を捕らえるべく走る。
途中何度も騎士に遭遇し、さらに魔法陣も対処する。この時点で警察の応援も到着。騎士の対応に戸惑っているような状況だが、それでも舞桜が単独で動くよりも遥かに陣破壊の速度が増していた。
これなら、直に学園へ向かえる――そう確信した時、近くの魔法陣に干渉するおかしな気配を見つけた。
「よし……!」
舞桜は一呼吸置いた後、逃がすまいとそちらへ急行。途中当然のように騎士が阻んだが――それも一瞬で倒し、駆ける。
程なくして魔法陣前に到着。周囲に人影はいなかったが――気配は感じられた。
(逃がさない……!)
舞桜は胸中で呟くと同時に、まずは目の前にある魔法陣の破壊を行う。騎士を炎で一蹴し、的確に魔法を撃ちこんで陣を綺麗に破壊。そのままの勢いで気配が感じられる方向へ走る。
そして、とうとう当該の人物が見えた。よって、
「待ちなさい!」
舞桜の叫び。それと共にその人物は驚いた様子で一瞬だけ舞桜に首を向ける。コートを着た初老の男性といったところだろうか。
だが男性はすぐさま角を曲がり姿を消した。舞桜は即座に身体強化の魔法を体に施し、これ以上にないくらいの速度で駆ける。あっという間に角に到達し、走って逃げようとする男性の姿を捕捉した。
勢いを殺さないまま舞桜は男性の背後まで到達すると、一瞬で回り込んだ。相手は小さく呻き、なおかつ舞桜を見て立ち止まる。
そこで相手を観察。初老だと最初思ったが、年齢は五十代前半といったところだろうか。コートを着込みなおかつ白髪が混じるその姿は企業の役員と主張しても信じてもらえそうな雰囲気だったが、その顔は憔悴しきっており、滲み出る気配は年老いた老人のようだった。
「あなたは……!」
「ま、待ってくれ!」
慌てて弁明しようとする男性。
「わ、私は陣の破壊を行おうとしていたんだ! しかし、どの魔法陣も強固で私の力ではどうにも……」
「破壊……?」
疑わしげに舞桜は思いつつ、右腕に魔力を集めいつでも対応できる準備をする。
「あなた、名前は?」
「せ、関石東吾だ」
関石――その名前により、目の前の人物がどういった存在なのかを理解する。
「あなたは、この騒動を――」
「だ、だから待ってくれ! 確かに私の研究所で実験していた魔法が使われているのは事実だ! だが、それは盗まれたもので私達は今回の事件に関与していない!」
必死に主張する関石。とはいえ舞桜としては疑う他なく、
「ひとまず、警察に連絡します。よろしいですね?」
「あ、ああ……わかった」
戸惑った表情の関石。ただ抵抗する気はないらしく舞桜に従い、肩を落とした。
そこから舞桜は早河に連絡をとる。さすがに容疑者から目を離すわけにはいかず、他の陣を破壊できないため焦燥感が募る時間が生まれ――少しして、早河が現場に到着した。
「……関石さん」
早河は見覚えがあるのか彼の名を呼んだ。すると関石は、
「待ってくれ……! 今回の件、私達は研究資料を盗まれ悪用されただけであり、何もしていない!」
「立栄君の家のポストに手紙を投函した事実は?」
「て、手紙?」
戸惑った様子を示す関石。態度がおかしかったので舞桜が訝しげな視線を送ると、
「わ、私は何も知らないぞ!」
「あなたの息子が手紙を送ったという可能性は?」
「最近はずっと私と共に研究していた……何なら筆跡鑑定をしてくれ!」
必死に主張する関石。ここで早河は眉をひそめ、
「……もしや、あなた方は今回の件について関係ないと?」
「警察側にパートナーの件を断られ、慌てていたのは事実だ。それをどうにか是正できないか考え……その中とある人物達が接触してきた。それに協力したのは間違いないが、こんな魔法陣を形成したわけではない」
「とある人物達? それは誰ですか?」
「奴らは自分達のことを『救世主』と名乗っていた。私は彼らと協力し、色々情報提供を約束した。だが、こんなことになるとは思わなかったんだ! 信じてくれ!」
必死に弁明する関石。それを見た早河は、口元に手を当てる。
「……あなたの主張が正解だとして、あなた方は何もしていないということなのか?」
「情報を提供しただけだ。だがその間に研究資料を盗まれ……」
「なぜあなたはここにいる?」
「寮の爆破事件があったと聞き、私や息子は私達の魔法が使われたと判断した。このままでは罪をなすりつけられる。だから独自に犯人を追おうと……」
「……容疑となるのがわかった時点で、できれば警察に来てもらいたかったですね」
苦言を呈する早河。それに関石はひどく落ち込んだ様子を見せた。
「まあいいでしょう。あなた方も盗まれた資料により事件を起こしてしまったということで、一定の責任を感じている様子……ですが、現時点であなた方は容疑者であり、一方的に主張しているだけに過ぎません。警察にご同行願いますが、よろしいですね?」
「……ああ」
一回り背が低くなったと錯覚するくらいに気落ちした関石を見ながら、舞桜は考える。彼の言う通りだとしたら――
(この人の言う『救世主』という存在が、パートナーの話を断られた彼らと接触を図った。そして、彼らの研究資料を利用し策を用いた……なおかつ、彼らに罪を被せて……)
そうなると、事件の首謀者は古閑という人物に集約されるのだろうか。
「その『救世主』とやらは、どういった人物ですか?」
早河が問う。すると関石は苦悶に満ちた表情で、
「私が出会ったのは一人だ……名は、古閑七星」
「なるほど、な」
早河が呟く。これでようやく事件の全貌が見えた。とはいえ――
(古閑という人物ですら、おそらく『救世主』と名乗っている面々の構成員に過ぎないはず。根本的に解決するには、その大元を叩かなければいけない……)
今回の件が解決できたとしたら、次はそこか――名前もわかり敵の存在が認知できたのは大きな成果。ただ、疑問もある。
(敵の目的は一体何……?)
関石の言う『救世主』とやらが今回の事件に関与しているとなると、その狙いは舞桜自身なのか。ただ舞桜は首を傾げる。私に干渉して何をしたいのか。
敵の存在が認知できたのは大きいが、またしても疑問が生じてしまった。とはいえこれは今回の事件を解決した後で考えるべきこと。ひとまず――
「早河さん。私は陣の破壊に」
「ああ、わかった……ある程度目途が立ったら学園に向かってもらって構わない……いや」
そこで早河は言い直す。
「騒動になっているが、まだ怪我人などもない……ここは私達に任せてもらって学園に急行してくれ」
「いいんですか?」
「少しは私達を信用してくれ」
その時、どこかの魔法陣の気配が複数同時に消えた。警察の人間が対応したらしい。
「……わかりました。お願いします」
舞桜は呟き、走り出す。先ほど関石を追った時のような身体強化を施し――学園へと疾駆した。




