首謀者の言葉
騎士の群れに対し、達樹は交戦は避けられないと考える――すると三枝と菜々子が前に出た。
「ここは私達が」
「……対策の一つでも持っていそうだな。気を付けろよ」
優矢が言う。それに菜々子は無言で頷いた後――低い声で、古閑へ言った。
「あなたは、ここで叩き潰します」
「おお怖い……さすが、といったところかな」
ニヤつく古閑。それに対し、達樹は嫌な予感がした。
(まさか……)
何か策があるとは思っていた。だがもしやその策とは――
「まあ当然、こんな所に隔離した点について怒っているのは仕方がないが、それだけじゃないよな?」
「決まっているでしょう」
三枝が、吐き捨てるように呟く。
「あなたが、立栄様に干渉しようとしている……それだけで、あなたを倒す理由に足ります」
「おお怖い。ただここまで実力行使に出ている以上、その反応は当然だろう。だが」
と、古閑は笑う。
「そっちの笹原菜々子さんは、少し事情が違うはずだ」
――達樹はここで、やはりかと思う。
間違いなく古閑は、菜々子のことを知っている。だからこそ、こうやって結界を用いた。
「どういう意味だ?」
訝しげに問う祖々江。すると古閑は肩をすくめ、
「そこにいる同好会をやっている面々や、君や親衛隊の彼女とは、笹原さんは立場が違うというわけだよ……何せ彼女は、立栄さんのご友人であらせられるわけで」
――まず、反応がなかった。というより、古閑の言葉がどういう意味合いなのか上手く理解できなかったと言うべきか。
「反応が薄いなあ……もうちょっと驚くところじゃないの?」
「……友人、ねえ」
祖々江は相手に右手をかざしながら、告げる。
「まあ、なんとなくだけどここまで立栄さんに関わろうとしているんだから、何かしらあるんじゃないかと推察してはいたんだが」
「あらら、そうなのか……けど、彼女の役目が君達の監視だとしたら、話は別じゃないのか?」
達樹はここで何か言って会話を制止しようと考えた。だが、下手に言及すれば達樹自身が菜々子との関係性を知られる可能性もあり、無闇に発言するのは逆効果かもしれないと思うと、口を開くことができない。
「何?」
さすがにそんなことを言われれば反応せざるを得なかったか、祖々江は訝しげに声を上げた。
「監視、だと?」
「君達三人……いや、最後尾にいる人もそうか。君達は私の寮に赴き、そして私が張った罠に巻き込まれた人間だろう? そこで後ろの人物を除いた面々は、立栄さんに協力することになった……が、その役割として、一人だけ例外がいた」
「友人である彼女は、私達の行動を監視するという目的があったと?」
三枝が問うと、古閑は深々と頷いた。
「そういうことだよ。ま、それが立栄さんの指示なのか、それとも警察の指示なのかはわからないけどね」
肩をすくめ、菜々子に視線を送る古閑。それに対し、達樹たちは沈黙する。
果たして、彼は何を言いたいのか――いや、おそらく菜々子と舞桜の関係性を利用しこちらの連携を崩すのが目的だろう。とはいえ、騎士たちに囲まれなおかつ首謀者と対峙するような状況では、さすがに敵を倒すことを優先とする他なく、こういう作戦は無駄だと思いそうだが――
(いや、後の事を考えているのか?)
ここで決着をつけず、菜々子たちの関係を崩した後再度仕掛けるのか――ただそうなるとこんな奇襲同然の策は二度と使えないはず。果たして、どういう意味合いを持たせているのか。
「あんたが何を言いたいのかは、なんとなく理解できる」
祖々江が言う。なおかつ菜々子を一瞥した後、
「ま、その辺りは参考にさせてもらう、としか言いようがないな……俺達を言葉でどうにかするつもりだったが、無駄だよ」
「そう?」
肩をすくめる古閑。態度を変えない所を見ると、一定の効果はあるように感じているのか。
「……ちなみにだが、応援団……だったかい? 君達の所に所属しているのも、一応理由がある」
「ほう、つまり悪さしないように見張っているという感じか?」
優矢が口を開く。怒りなどの感情はない。むしろ――
「後援会の馬鹿どもが騒動起こしている以上、彼女が友人であったとしたらそのくらいはするかもしれないなぁ」
「おや、驚かないのか?」
「前例がある以上、色々と動く可能性はあるんじゃないかと思っていただけだ。それに、俺と喋ったことのない彼女が突然入りたいと言ってきた時点で、何かあるんじゃないかとは思っていたさ」
(……結構、強引にやっていたんだな)
胸中で達樹は呟く。同時に内心安堵していた。祖々江や三枝は目の前の人物を優先する構えであり――もちろん後でどうなるかわからないが――なおかつ優矢は一定の理解を示している様子。
残る応援団の羽間や土岐も無言ではいたが決して不快な様子は見せていない――ここから考えて、優矢の言葉に同意するような考えであるのは予想がついた。
それと同時に――達樹は、ふと疑問に思うことが出てきた。
(俺のことについては、何も喋らないな?)
むしろ、達樹のことについて言及する方が色々と軋みが出てくると思うのだが――相手は騎士を率いている以上、最初の事件と関わりのある人物と接触している可能性は高い。二つ目の事件との関連性は不明だが、舞桜を狙うという事実がある以上、決して無関係とは言えないかもしれない。
となれば、調査していれば菜々子以外にも達樹についても知っていておかしくないはずであり――しかし言及はない。
「なるほどなるほど、平常時言えば少しは効果があったかもしれないけど、この場で告げてもあまり意味は無かったということかな。残念残念」
あくまで陽気に語る古閑。その顔には作戦が失敗したという気配は微塵もない。
むしろ、効果があった――そう確信しているようにも感じられる。
「ま、いいや……私としてはどうであろうとやることは変わらない」
告げると同時に周囲にいる騎士たちが動き出す。途端、達樹たちは全員構える。迎え撃つ態勢であり、一度交戦が始まれば勝負は一瞬――そんな風に、達樹は思う。
表面上相手の目論見は潰えている――こちらを精神的に瓦解させるという策は失敗しており、菜々子や三枝の魔法攻撃に対する策が無ければ、どれだけ騎士が仕掛けようともこちらの勝ちは揺るがないようにも思える。
(俺は、どう立ち回るべきだ……?)
援護に回るのか、それとも――考える間に古閑が仕掛けた。腕を振った瞬間、騎士の半分近くが一気に走り出す。
これだけの数を使う以上、彼もまた勝負は一瞬と考えているのかもしれない――刹那、三枝が構えた。風の魔法が手の中で収束し、迫る騎士たちを吹き飛ばすべく魔法を放とうとする。
遅れて、菜々子が動いた。手には炎を生み出し、爆炎で一気に騎士たちを粉砕しようとする。
「――ずいぶんと、笹原さんは派手にやっているようだね」
その時、古閑が告げる。三枝は構わず魔法を放つべく腕を振った。しかし、菜々子は言葉により対応が一瞬だが遅れた。
(――まさか)
達樹は直感する。先ほどの言葉は、祖々江たちや優矢たち応援団を怯ませるものではなかった。
あの言葉の目的は――菜々子自身を動揺させること。
その結果、僅かだが彼女の対応が鈍った。古閑としてはもう少し変化が起きると思っていたのかもしれないが――それでも、成果としては十分だった。
「くっ!」
それをいち早く察した祖々江が、結界により援護に回る。そして、
達樹は見た。古閑が満面の笑みを浮かべる光景を。
それはまさに、計画通りという表情だった。




