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始まる世界

 それから何事もなく過ごし、土曜日となった。


「さてと」


 呟いた達樹は、渡された資料に目を向けつつ、朝から活動を開始する。

 格好は栗色のパーカーにジーンズ姿。無論地肌には増幅器をはめている。


 夏が終わり、秋が始まろうとしている季節なのだが、昼間はまだ少し暑い。だが、無闇に腕の増幅器を晒さないために選んだ服装だ。

 達樹はひとまず手近の場所から回収を調べ始める。荷物を運ぶビニール袋をポケットに入れ、目的地に向かう。要望している品物は全て小物の類なので、袋に入るのは計算の内だ。


 特に障害無く――午前中に三ヶ所回り、目的の物を集めた。全部で六ヶ所あるのだが、予想していたよりは捗っていない。理由は目的の場所が全部倉庫で、例外なく散らかっており見つかり辛かったためだ。一つの倉庫で目的の物を見つけ出すのに、三、四十分はかかった。


「もう少し整理しておこうよ……青井さん」


 不在の青井に非難を向けつつ昼食を取り、午後に入っても仕事を続ける。


 続いての四ヶ所目は、以前不良と交戦した路地の近く。道の幅は車がどうにか交差できる程度。

 なんとなく嫌な感じを覚えつつも、目的地へと足を運ぶ。


「こういう時に限って、嫌なことに遭遇したりするんだよな」


 言いながらも、目的地に着いた。

 そこは二階建ての古いアパート。その一室をどうやら倉庫代わりに使っているらしい。


 まずアパートの管理人を訪ねると、初老の男性が出てきて部屋の扉を開けてくれた。中は六畳一間の和室で、置いてある物品は僅かに埃がある程度。午前回った場所よりは遥かに綺麗だった。

 そのまま捜索を始める。ここは十五分で目的の物を手に入れた。


「これで、ここは終わりかな」


 さっさと次に行こうと思い、達樹は部屋を出る。

 管理人に礼を言って扉を閉めてもらった後、移動しようとした――その時、


「あれ? あなたは……」


 後方から女性の声がした。聞き覚えのある声だなと思いつつ、振り返る。

 そこには、青薔薇こと立栄舞桜が立っていた。


 休みの日にも関わらず制服姿。彼女は事件調査などをする際は制服を着ている――という、優矢の話を思い出す。


「あ……」


 達樹は思わず硬直してしまう。

 突然の遭遇であるのも理由の一つだが、射抜くような視線に、ペンダントの件を思い出したためだ。


「このアパートに用事ですか?」


 視線にも関わらず、単純な疑問を彼女は尋ねる。達樹は素直に首肯した。


「はい。ちょっと人の手伝いを」

「そうですか」


 言いながら彼女の視線は、ペンダントの入ったポケットに注がれる。


(気付かれて、いるのか?)


 だがもし目的の物がペンダントだとして、それを達樹が所持していると判断したらこんな窺うような態度はとらないはず。きっと増幅器がそこにある、というレベルなのだろう。

 立栄はなんだか(いぶか)しい目。それは以前見せた奇妙な視線と同じだった。


(前の視線は、増幅器を探していた視線だったのか)


 理解し、同時に思う。微細な魔力に勘付いている。改めて目の前の彼女がすごい魔法使いなのだと理解する。

 達樹は思いながら沈黙し――それを破ったのは立栄の声。


「実は、とある物を探しています。中世の盾の形をしていて、青い石が埋め込まれたペンダントです」


 その情報は、ポケットにあるペンダントそのものだった。


「それで、もし良ければあなたのジーンズのポケットに入っている物を見せてもらいたいんです。入っているのは、増幅器ですよね?」


 立栄は穏やかな表情で話す。反面、達樹は頭を回転させながらどうしようか考える。

 このままペンダントを取りだせば、どこでそれを手に入れたかとか色々訊かれる。そして何より、彼女にペンダントを渡す未来がはっきり見える。だからといって逃げるのは絶対に無理だし、そんな真似をすれば警察に連れて行かれるかもしれない。


「どうしましたか?」


 彼女が問い掛ける。達樹は「何も」と応じつつ、


(とりあえず、やれるだけ誤魔化そうか)


 と考えた。なので立栄に調査をしている理由を尋ねようと口を開く――


 そこで彼女は、アパートとは反対方向にある建物の上部に視線をやった。

 達樹もつられて目を向ける。アパートと反対側には五階建てくらいのビルがある。その屋上部分に、黒い何かが存在していた。


「何だ……?」


 達樹が呟いた瞬間、黒い何かが突如屋上から飛び、こちらへ飛来してくる――

 その光景を視界に捉えたと同時、横にいた立栄が達樹を突き飛ばした。


「――っ!?」


 驚愕する達樹を尻目に、彼女は飛来してくる何かに腕をかざす。

 直後、彼女の手先から風が生じ、それが突風となって落ちてくる存在の軌道を曲げた。


 飛来した存在は、轟音を鳴り響かせ道路に着地する。そこに至り達樹にも全貌を把握し、


「な、何だ……こいつ……!?」


 絶叫に近い声を上げた。


 道半分の幅を取るそれは、黒々とした鎧を身に纏う騎士のような姿。しかしそれは上半身だけで、下半身は馬のように四本足で、なおかつ漆黒の鎧に身を包んでいる。

 さらに右手には槍、左手に盾を握る、人馬一体の重騎士。達樹の倍はある身長と相まって、圧倒的な迫力を示している。


 加えて達樹にも明確に感じ取れる程、強い魔力を感じた。


(魔力によって形作られた存在……か?)


 なんとなくそう推察する。そこへ、


「これは……どういうこと……?」


 立栄の呻くような声。


 彼女もまた、眼前にいる重騎士の出現に驚いている様子だった。しかし目の前の相手がゆっくりと槍を構えると、すかさず騎士の正面に立ち、腕を向ける。

 それに反応したか、重騎士が咆哮(ほうこう)を上げた。獣のようなその声は、ビリビリと空気を震わせる。


「や、やばくないか……これ……?」


 達樹は動揺しながら、なぜこんな奴が現れたのか考える。


 やはり自分の持つペンダントのせいなのか――これは、こんなわけのわからない存在が現れるほど、貴重な物なのだろうか。

 思案している間に、重騎士が突撃してくる。目標は立栄。


 彼女は即座に両腕に魔力を収束させた――それは達樹を強張らせるほどの量。それでいて以前不良が見せたようなぞんざいなものではない。一切無駄の無い、洗練された魔力。

 次の瞬間、魔力が解き放たれ彼女の目の前に緑色かつ、半透明の壁が出現した。


 障壁――達樹が悟った刹那、重騎士が槍を放つ。その一撃が障壁に直撃し、激突音が路地に響く。

 力負けした重騎士。巨体が、弾き飛ばされた。


「す、すごい……」


 巨体をものともしない障壁に、達樹は驚愕の声を上げる。そこへ、彼女が振り向く。


「どうやら私を狙っているみたいです! すぐに避難をお願いします!」

「わ、わかった……」


 素直に承諾すると、(きびす)を返す。安全な場所に逃げたら応援を呼ぼう――そんな風に考えた時、路地の角に人影が見えた。


「――っ!?」


 達樹は呻き、立ち止まる。そこには大人の身長くらいの、人間の形をした漆黒の騎士が二体いた。

 手には剣と盾が握られており、一目見て重騎士と同じような存在だと認識できた。


 達樹は一瞬だけ立栄に振り向く。気配に気付いたか、彼女もまた振り返っていた。だが重騎士がまたも叫ぶと、首を戻す。援護できない様子。


(やるしか、ないか)


 覚悟を決めた。震えそうになる体を必死に抑え、目の前の騎士に対し拳を構える。

 騎士はその動きに反応した。同時に駆け出し、剣を振りかぶる。


 達樹は即座に相手の動きを察知し、走る。騎士が剣を差し向けた時、それを避けるように身を捻った。


「くっ!」


 呻きながらも紙一重で避け――反撃を試み、右の拳を片方の騎士へ放つ。だがそれを、相手は盾を構え防ぎにかかった。

 拳は盾のど真ん中を直撃する。鉄を殴りつける衝撃が魔力越しに拳に伝わるが、痛みは無い。


 攻撃は一体の騎士を衝撃でたじろがせる。一方でもう一体の騎士が達樹に迫り、剣が振り上げられる。

 回避に移ろうとした時、腕が勝手に動いた。


(ちょっと待て――!)


 自動迎撃機能だと理解した瞬間、達樹は刃に触れ腕が切断される想像をした――が、拳が剣を弾いていた。増幅器により魔力を纏っているせいか、ひとまず外傷は無い。

 達樹は心の中で安堵すると共に、騎士に走る。


(攻撃が弾けるとわかった以上、一気に決める――)


 決断し、以前ごろつきと戦った時と同じように騎士の懐に飛び込んだ。

 それが功を奏し、盾を構える隙無く、拳が相手の胸部の入った。


 達樹にとって全力の一撃。これで効かなければ――一瞬恐怖したが、騎士の胸部が崩壊し、大きな穴をあけた。それが決定打となり、騎士は倒れ塵となり消滅する。

 息をつく暇も無く、もう一体の騎士が襲い掛かる。達樹は無理をせず後方に下がり、距離を取った。


 その時、一瞬だけ後方を確認する。立栄と重騎士が対峙し動かない姿があった。彼女は達樹が戦えると認識したのか、それとも様子を見ているのか、振り返らない。

 視線を正面に戻す。騎士が果敢にも近づいていた。


(来る――!)


 胸中の言葉と同時に、剣が放たれる。


 それを迎撃機能により弾くと、今度は回し蹴りを相手に見舞う。騎士が盾で防ぐ寸前に蹴りが頭に入り、吹っ飛ぶ。

 金属音を響かせ数度バウンドした後、騎士は動きを止め消滅し始めた。


「よし……!」


 ようやく息をつき、立栄へと振り返る。

 戦闘が終わったためか、彼女は動いた。右手には風が収束し、左手には旋風が吹き荒れている。風が相手に有効だと判断したのか――達樹が思った時、右手にある風が放り投げられた。


 それは球体上に収束した風の塊。重騎士は盾を構え双方が衝突し――破砕音が鳴り響き、盾が見事に破壊された。

 達樹は息を呑む。彼女が放つ魔法のレベルが、完全に把握できるわけではない。だがそれでも、彼女が重騎士に対し圧倒的な力で応じているのは、わかる。


(これなら楽勝、か……?)


 考えている間に、重騎士が次の行動に出る。

 巨体に合わないような俊敏な動作で槍を放つ。危ないと、声を上げそうになった瞬間、立栄が僅かに身を逸らした。槍は彼女のすぐ横を通り抜ける。


 そして彼女はがトン、と軽く槍を叩いた――すると、叩いた先から突風が舞い、槍が半ばから粉砕する。

 重騎士は盾を失った左腕を手刀にして振り下ろす。対する立栄は右手を手刀に向けた。その手から風が流れ、手刀が突如勢いを失くす。風を流し勢いを殺しているようだ。


 手刀が完全に止まり、彼女は跳んだ。それはひどく静かで、かつゆるやかなものだったが、重騎士が動くよりも速く、眼前に潜り込む。

 立栄は両腕を重騎士の胴体を向け、風を放つ。一瞬で激しく巻き起こり、槍のように収束した鋭い風が、重騎士の胸を貫いた。


 その魔法により重騎士は完全に停止し、その場に崩れ落ちた。彼女の力は、あの重騎士ですら相手にならないようだ。


(ここは任せておいた方がよさそうだ)


 達樹はそう判断し、退避しようと振り返って走り出す――その時だった。

 突如咆哮が聞こえ、鼓膜を震わせる。


「なっ!?」


 慌てて周囲を見た。一体どこから――考えた直後、視界が何かに遮られた。


「――っ!?」


 小さく呻く。見上げると、そこには重騎士の姿。

 別の個体――理解する間に右手の槍が来た。増幅器が達樹の意志を無視して反応し、腕を振り上げる。


 しかし、増幅器の力はその槍をどうこうできなかった。跳ね上げようとした拳が逆に弾かれ、槍はそのまま達樹の下へ迫り――


「は……?」


 声を漏らした。目に入ったのは、槍が自身の胸元に突き刺さっている光景だった。

 槍はすぐさま引き抜かれ、貫かれた体から血が噴き出す。


(これは――死ぬのか――)


 そんな風に漠然と考えてしまい――いきなり後方から肩を掴まれ、視界が揺らいだ。

 達樹が驚いている間に、景色が見知らぬビルの屋上になった。そこからさらに景色が変わる。


 走馬灯か何かなのだろうか――思っていると、またも視界が切り替わった。今度は、間近に達樹を見下ろす立栄の姿――彼女の存在により現実であると認識し、すぐに寝かされているのがわかった。


「ごめん、なさい……」


 彼女は小さく零し、辛そうな表情を見せた。

 なぜそんな顔をするのか――達樹は問おうとしたが、口が動かない。


 立栄は表情を変えないまま、制服のポケットから何かを取り出す。

 ここに至り達樹は、全身が動かないのを理解する。金縛りにあったように硬直する中で、なぜか痛みは無い。槍に深々と刺されたのに、宙にいるような浮遊感を覚える。


(死ぬのかな……俺……)


 考えていると、立栄は取り出した物をいきなり口に入れた。それは小瓶のような小さい物で、中に入っている液体か何かを口に入れたらしい。

 一体何をするのか――達樹が見ていると、彼女の顔がいきなり近づいてきた。


(えー―?)


 そして、突如口を塞がれた。達樹は動かない体で僅かに反応すると、口の中に液体が入っていくのを、感じ取る。


(なに、を……?)


 最初戸惑ったが、すぐに彼女が薬を口移しで自分に飲ませたのだろうと思った――

 次の瞬間、突如浮遊感が消え感覚がクリアとなる。胸から熱い感触と痛みが走り、達樹は声が出ないまま絶叫した。


「今のは気付け薬……応急処置で突き刺さった部分の傷はある程度塞いだから、体中に届くはず」


 彼女が告げる。達樹は痛みでおかしくなりそうになり、やがて自分の意識が途絶えていくのを悟る。


「一旦安全な場所に連れて行く。安心して……」


 立栄は悲痛な顔で言う。同時に達樹の意識は暗い闇へと落ちて行く。

 その寸前、どこからかの重騎士の咆哮が、耳に入った。

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