協力者
達樹が舞桜から言い渡された住所は、住宅街の一角だった。
家の大きさもそれなりで、偉い人とまではいかないがそれなりに裕福な人が住んでいるのだろうと、容易に想像することができる。周囲はひどく静かで、達樹自身制服姿が場違いであるようにすら思える。
だが、舞桜が指定した場所はこの住宅地の一角。日が沈み少ししたくらいの時間に、達樹はその家に到着した。
「ここか……」
呼び鈴を鳴らす。少しすると、インターホンから声がした。
『達樹?』
「ああ」
『鍵は開いているから、入って』
言葉に達樹は「わかった」と答え、玄関扉をくぐる。鍵を閉めリビングに入ると、椅子に座る舞桜と、もう一人、
「どうも、初めまして」
女性がいた――家主だろう。
「私の名前は、佐々木野乃。光陣学園のOGでもあるのだけれど」
「西白達樹です」
その言葉により、彼女の表情が少し変わる。
「……本題に入る前だけど、一ついい?」
「え? あ、はい。どうぞ」
「そういえば、野乃さん。達樹の名前を聞いた時訝しんでいましたよね」
舞桜が言及。すると野乃は小さく頷き、
「えっと、西白君……確認だけど、あなたもしかして、朱音の弟さん?」
「……姉を、知っているんですか?」
「ええ。一学年下の後輩だったから」
頷いた彼女――それに反応したのは、舞桜。
「達樹、お姉さんがいるの?」
「……いた、と言った方が正確かな」
その言葉で――舞桜は目を少し見開き、申し訳なさそうな表情をした。
「別に聞かないでくれとまでは言わないよ。今まで話さなかったこと自体、取り立てて理由があったわけじゃない」
舞桜の顔つきに対し、達樹はフォローを入れる。
「十も離れた姉で、光陣学園で研究職についていたんだ……けど、事故で」
「……ごめん」
舞桜が謝る。達樹は「大丈夫」と応じ、
「俺がこの場所に来たのは、そうした姉の影響もあった……というわけです。佐々木さん」
「野乃でいいわ。これから一緒に仕事を行う、いわば同僚なわけだし」
握手を求める野乃。それに達樹は応じた後、一つ質問を行う。
「それで、あなたは舞桜とどういう関係ですか?」
「非公式な仕事仲間、といったところね。私の能力を舞桜ちゃんは時折頼ってくれるの」
そう言って、サイコメトリーに関する説明を受ける達樹。
「なるほど……それで」
「先の『キラービー』に関する事件も、ちょっと協力したりもした」
「そうなんですか」
達樹は舞桜に視線を送る。神妙な顔つきをしている彼女は頷いているのだが、それでいてどこか不満げな様子も見せている。
なぜそんな顔をするのか疑問に思わないでもなかったのだが、本題とは外れるので達樹は何も言わず、野乃と会話を行う。
「えっと、それで――」
「ええ。これから作戦会議を始めるわ。内容は、舞桜ちゃんに付きまとう虫を滅殺すること――」
「野乃さん」
物騒なことを話し出す野乃に対し、舞桜は歎息した。
「お願いですから怖い事言わないでください……始めましょう」
「……わかったわ」
なんだか不満げな野乃。大丈夫なのだろうかと達樹は心の中で心底思いつつも、席に着いた。
位置としては達樹の正面に舞桜。そして野乃は達樹の隣。
「夕食は、会議が終わってからということで」
用意してくれるらしい。達樹としてはちょっとありがたいと思いつつ、舞桜が話し出すのを待つ。
「……まず、状況を整理する」
舞桜は言うと、達樹たちを一瞥。
「現在、表立った事件としては研究員の寮が爆破したという事件。これについては現在調査中だけれど……タイプ的には罠にはめる系統のものだから、寮自体を爆破しようとしたわけじゃない。そして、その部屋の住人は現在行方不明」
「で、誘い込むために光陣学園に噂を流した」
達樹が言うのだが――それに舞桜は首を左右に振った。
「そこについては、まだ確定事項ではないと思うの……もちろん寮の場所を指定していた以上その可能性は極めて高いけど……そもそも、噂を流し誰を誘い込むつもりだったのかもわからない。なぜ、こんなまどろっこしいことをしたのか……」
「とはいえ、その可能性が高いのは事実だろ?」
「そうかも……けれど事件はこれだけではないから、まだ裏に何か隠されているのかもしれない」
「……え?」
達樹は舞桜に聞き返す。
「事件はこれだけじゃない?」
「話していなかったけど……寮で爆破した件は古閑という人物が関わっている可能性が高いのだけど……他に、私に干渉してくる人物がいるの」
「それは……?」
「私の自宅に、パートナーですという内容の手紙を投函する人物がいた。きっとご執心なんだと思う」
肩をすくめる舞桜。けれど達樹としては初めて聞く内容なので、質問を行う。
「それは……古閑という人物じゃないのか?」
「元々警察側は、私のパートナーを独断で決めていたようなの。けれど、それが最終的に破談となり……その人が、手紙を用いて私に接触してきた」
「それと、爆破事件の関連性は?」
「手紙の主は関石という人物が濃厚なのだけれど……古閑という人物の部屋で使用された爆破魔法は、彼らの研究室で開発されたものだった」
途端、達樹は渋い顔をする。ふと横を見れば、野乃は首を傾げていた。
「……いくらなんでも、杜撰過ぎない? その関石って人は現在どうしているの?」
「行方不明」
言葉に、野乃は呆れたように息をついた。
「なんだか……場当たり的な犯行って感じよね」
「そう思います……ですが正直、警察の方々も違和感を抱いているようです」
「やり方が杜撰だからこそ逆に裏があるんじゃないか、ということだな」
達樹の言葉に舞桜は「そう」と答える。
「まだ情報を集める段階だから、わからなくても仕方がないのだれど……」
「ちなみにそれ、菜々子には話したのか?」
達樹の質問に、舞桜は首を左右に振る。
「ま、当然だろうな。もし聞いたら、その人の家に殴り込みかねない」
「今回の件で色々と話したから、そういうことはたぶんないと思うけど……」
「ふむ、許せないわね」
野乃が言う。それに達樹は訝しげに反応。
「許せない?」
「許せないわよ……舞桜ちゃんをこうまで苦しめる輩が次々と……!」
なぜか怒り始める彼女。舞桜当人が冷静なのでそれがずいぶんと際立って見える。
「……えっと?」
「こういう人だから、気にしないで」
舞桜は告げると、達樹に言い聞かせるように話し出す。
「達樹、ここからなんだけど……少しの間は警察の方で調べてもらうことにして、私は待機しようと思う」
「狙いは舞桜なんだから当然だよな……でも、家に帰るのか? それは大丈夫なのか? 舞桜の実力から考えればそう不安になる事もないと思うけど」
「さすがに一人でいるのは、というのはあったから、当分日町さんが来てくれることになった」
「そっか……それなら大丈夫か?」
「実力行使に出ても、私達二人だったらどうにでもなるし、大丈夫」
舞桜の言葉に達樹は「わかった」と応じ、
「えっと、俺は……心構えをしておくという感じか?」
「そういうこと。もし警察から連絡があったら、来てくれると嬉しい。でも、無理は――」
「わかっている。その辺は心配しなくていいよ」
――とはいえ、舞桜の頼みとあらばすぐにでも駆けつけるつもりではいた。
達樹の言葉に舞桜は「よろしく」と告げ――そこから、野乃が夕食の準備を始めた。




