それぞれの役割
達樹が部屋を出て十五分程経過した後、早河が現れ達樹たちに話し出す。
「今後の方針はひとまず決定した……立栄君には少しの間我々と連携し問題解決に当たる……どうやら今回の事件は彼女に関連するもののようだ。よってこちらで出来る限りのバックアップをするつもりだ」
それが妥当だろう――達樹は口に出さなかったがそう心から思う。
「とはいえ、だ……実は君達にやってもらいたいことがある」
「え?」
三枝が驚いた声を上げる。まさか警察から頼みを受けるとは思わなかったのだろう。
「祖々江さん、三枝さん……そして笹原さん。君達三名には、学園の中で少し活動してもらいたい」
「もしや、噂の出どころなんかを調べるんですか?」
祖々江が問う。それに早河は頷いた。
「そうだ……私達としても今回の件は憂慮している……学園内に犯人がいるとは思えないが、どのように噂が流れたのかについて経路を調査したい」
そこで早河は少しばかり顔を険しくする。
「とはいえ……警察自体が動くとなると学生たちも不審がるだろうし、相手側からアクションを起こされてしまう可能性もある。事件としてはまだ初期段階で、犯人を無闇に刺激したくない……ひとまず、私達が動くのはやめるべきだと立栄君からも進言があった」
「そこで、私達に?」
三枝が問う。それに早河は再度首肯し、
「君達は、少なからず立栄君と関わりがあるようだからな……噂を聞いて寮へ言ったことについては色々と言いたいこともあるが……立栄君の進言により不問としよう。ただし、危険だとわかった場合は必ず連絡してくれ。私の番号を渡しておく」
早河は三枝達にメモ書きされた番号を渡す。そして、続けざまに菜々子と達樹に視線を送り、
「……三枝さんと祖々江さんは帰ってもらって構わないが、君達二人は残ってくれ」
「えっと、それは……」
達樹が口を開くと、少しばかり彼は困った顔をして、
「署に世話になる事が立つ続けに二回だからな。再度注意しておく」
――そういう理由で、舞桜と交流のある達樹たちを残す気なのだろう。達樹は演技をする心持ちで首をすくめる。すると祖々江がご愁傷様とばかりに笑い、
「それでは、失礼します」
「ああ……それと行動する場合は、必ず君達三人で行動するようにしてくれ。これは絶対だ。頼むぞ」
「はい、わかりました」
三枝は祖々江を見て多少なりとも不満を抱いた様子だったが――言及することなく、彼と共に署を後にした。
その後、早河は小さく息をつく。
「……笹原君、君はあの二人の監視をお願いしたい」
「私が、ですか?」
「西白君が彼らと共に行動する理由が見当たらなかったからな……君なら成績上位者ということでそれほど違和感なく、彼らと共に行動できるだろう」
「……わかりました」
頷く菜々子。けれどその目は、まだ疑念が宿っている。
「それで、舞桜は――」
「今回の件については、彼女に関わることだ。そう無理はさせない――それに、まだわからないことが多すぎるし、情報集めから始めなければならない」
もう一度息をつく。顔には、疲労の色が窺えた。
「正直、今回のことはまだ始まったばかり……だが、早期に解決しなければいけない予感もする……笹原君、噂の出どころを掴んでどう進展するかわからないが……無理だけはしないでくれ」
「わかりました」
神妙な顔つきで菜々子は承諾。その顔が以前と異なるものだと達樹は感じ、
(無茶をすることはなさそうだな)
そんな風に思った時、早河の顔が達樹に向けられた。
「西白君は……ひとまず待機ということで頼む」
「待機、ですか……何か役割が?」
「一応は」
やや引っ掛かった物言い。達樹としては自分が果たして役に立つのかと考えたが――それらを押し殺し「はい」と答える。
「では、二人とも……よろしく頼む」
その言葉の後、達樹たちは揃って署を出た。
「私は先に進んでいるはずの二人を追います」
菜々子は一方的に告げ、去っていく。一人取り残されたような形の達樹は、小さく嘆息した後、ゆっくりと歩き始める。
「さて……どうなるのか」
零し、達樹は寮へ帰るべく進む。
今回の案件は舞桜に強く関連するもの――とはいえ、達樹が関わった以前の事件でも大なり小なり舞桜に関わりがあった、と言う事もできる。
「一体、何が起きているんだ……?」
呟きが、達樹の口から漏れ空へと昇り、消えていく。立て続けに事件――それも三つ目。これは偶然なのか、それとも何か裏で手を引いている人物がいるのか。
「調べようにも、情報が無さすぎるし無理もできないな……」
下手に動けば迷惑をかけることは間違いない。ひとまず早河の連絡を待つつもりで、達樹は歩く。
ふと空を見上げると、徐々に空が茜色に染まりつつあった。携帯電話で時刻を確認すると四時を過ぎていた。思った以上に時間が経過していると思った。
「帰って夕食にするか……」
早いが、今日一日内容も濃く、肉体的にはまだしも精神的な疲労も多少ある。だからさっさと食事をして寝るに限ると思い、ひたすら歩む。
やがて、達樹は寮に辿り着いた。自室へと入り一息つくと、まずは着替えようかとクローゼットに手を伸ばそうとした。
その時、ポケットの携帯電話が振動する。確認するとメールが一通。差出人は――
「舞桜?」
名を口にして慌てて確認する。何かあったのかなどと思い文面を見ると、
『寮に戻ったのならば、連絡をください』
その一文だけ。達樹は訝しみつつも、着替えるのを中断し電話を掛ける。
コール音が流れ――二つ目で、相手は出た。
『――達樹?』
「ああ、そうだけど」
変な緊張感を抱きつつ、達樹は応じる。
『メールを読んで電話を?』
「ああ。今帰ってきたところだ」
『そっか……それならたぶん、大丈夫かな』
「どうした?」
疑問を告げると、間が生じる。何か思案している様子であり、達樹が再度問い掛けようとした時、
『……実は、早河さんにお願いして達樹や菜々子たちを観察する人間がいないか調査をお願いしたの』
「調査って……」
『わかり易く言えば、署から出た達樹たちを尾行する人間がいないかの確認』
「ああ、なるほど。で、俺は無事帰って来たから問題ないと?」
『だと思う……菜々子からは連絡来ていないけど、きっと三枝さんたちとまだ話しているだろうから、とりあえずおいておく……ともかく、無事に戻れたみたいだから良かった』
心配のし過ぎ――というわけでもないだろう。今回の相手は部屋を爆発させるような相手だ。どういう行動をしてきてもおかしくない。
「そうか。俺はひとまず寮内にいることにはするし、たぶん危険はないと――」
『あ、それでだけど……』
舞桜が申し訳なさそうに告げる。
『その、たぶんこれから休むんだよね?』
「ん? そうだけど……何かあるのか?」
『……もし余裕があるなら、落ち合えない?』
落ち合う――それはつまり、達樹の協力が必要だということなのか。
『疲れていると思うけど……話だけは、今日中にしておきたくて』
「いいよ」
即答。先ほどまで生じていた疲労も、どこかえ消え去ってしまった。
「舞桜の頼みなら」
『……ありがとう』
「で、どこに? もう一度警察?」
『ううん。さすがに私の家も警察も見張られている可能性は否定できないから……別の場所』
「別?」
聞き返すと、舞桜は「そう」と応じ、
『メモとれるかな? 今から言う場所に、来てほしいのだけれど――』




