彼女の策
「どうしたんですか?」
唐突な来訪に少しばかり驚き、舞桜が問い掛ける。
「いくつか情報を入手したため、その報告を」
「何か進展が?」
「爆破を仕掛けた人物はまだ見つかっていないよ……爆破した部屋について一つ」
そう言って、早河は舞桜の対面の席に座る。
「爆破手段については、予想通り魔法なのだが……その魔法は、彼が所属する研究機関とは別の場所で開発されたものだった」
「別?」
「ああ。金で買ったなどという可能性も否定できないが……簡易的に調べた段階で、その魔法が関石殿の研究機関発祥のものであると判明した」
関石――そちらも舞桜に干渉してくる人物だが、その情報により舞桜は顔をしかめる。
「つまり、繋がっていると?」
「その可能性がにわかに出てきた……私達もすぐに研究室に関する資料を取り寄せ調査した。知らぬ間に情報が流出していたなどという可能性もゼロではないが……そういう報告は上がっていない」
「妙、ですよね」
「ああ、妙だ」
舞桜の言葉に早河は同意する。
「関石さん達が、こうも簡単に証拠とするようなことをやるはずがない」
「でも、その魔法は公にされているものではないんですよね? そして、当の関石さんたちは?」
「行方不明だよ」
渋い顔をする舞桜。すると早河は頭をかきつつ、
「正直、ここまでわかり易いと逆に疑いたくなるくらいなのだが……とにかく、こういう情報があるということだけ認識しておいてくれ。あと」
と、早河は舞桜に警告する。
「盗難されたという可能性を考慮に入れた場合――何者かが古閑という人物に入れ知恵したということになる。私としてはそちらの方が厄介だと思っている。十分注意してほしい」
「わかりました」
頷いた舞桜に早河は「頼む」と告げ、退出。そして、
「……失礼します」
達樹が入室。舞桜が着席するよう促すと、彼は神妙な顔つきで舞桜と対峙する。
「……なんだか、怯えているみたい」
舞桜が表情を見て告げると、彼は首をすくめた。
「いや……なんというか、今回ばかりは俺も自発的に首を突っ込んでしまったわけだし」
「三枝さんたちのこと?」
「ああ。俺は祖々江さんの進言を受けて行ったわけだけど」
「それじゃあ、どういう事情で関わったか話して」
――達樹はそこで祖々江と出会ったことから説明開始。それについては祖々江から聞いたことを舞桜が答えると、達樹は「カマかけられていたのか」と言い嘆息。
「危なかった……下手したらボロを出すところだった」
「ボロ?」
「だってほら、俺が舞桜と関わっているなんて知れたら、穏やかな生活は戻ってこないだろ?」
舞桜は笑う――と、同時に一つ考え付く。
「……達樹は、私のパートナーになるということを宣言したよね?」
「ん、まあ、そうだな」
「そうなった場合、確実に穏やかな日々は失われることになると思うけど」
「……言われてみればそうだな」
腕を組む達樹。
「あ、だからといって別にパートナーになりたくないというわけでは――」
「わかってる。それに、そういうやり方もアリかなとは思っているし」
「そういうやり方?」
「つまり、誰がパートナーなのか秘密ということにする」
舞桜の発言に、達樹は驚いたのか僅かばかり目を見開いた。
「秘密……?」
「公表する必要はないと思う。菜々子が正式なパートナーの時だって公にはしていなかったし……それに誰を選ぶにしても、パートナーとなった人は目立ってしまうだろうから……そうなってしまうと、パートナーとしての役割が……」
「確かに」
達樹は神妙な顔で頷く。
「で、それについては誰か決めたのか?」
「……正直、悩んでいるのが実状。けど、降って湧いたようにこうした話が出てきたのだから……決めなさいと神様が言っているのかもしれないね」
舞桜が言うと達樹は「そうか」と言い、押し黙った。それ以上は何も語らず――ただ、黙すだけ。
パートナーとなることについて、ここで主張をするつもりはなさそうだった。以前の事件で表明したことで事足りていると感じているのか、それとも――
「……達樹」
名を呼ぶ。彼は見返すが舞桜がそれ以上何も発しないので、無言のまま。
やがて頃合いの時間となり、舞桜は「ありがとう」と言い達樹を退出させる。一人になり、舞桜は一度深呼吸を行う。
「私は……」
どう考えているのか――日町や野乃は茶化すように言ってくるが、そうなのかも舞桜は認識できていない。
「今は……事件に集中するべきか……」
感情を排し、さらに舞桜は考える。今回の相手は舞桜のことを十分に調べてきている。それが果たしてどの程度までなのか。そこが大きな問題となってくる。
「先の事件についても何か知っている……? それとも、あくまで私の身辺だけ?」
達樹や菜々子のことについては知っているのか。そこが大きな気掛かりであり――
ノックの音。舞桜が声を上げるとまたも早河だった。
「全員聞き終わったが……どうする?」
「四人の様子は?」
「待機しているよ」
「……仮の、話ですが」
そこで舞桜は早河に提案。
「今回の事件に際し、私が単独で行動するのは危険かもしれません……そこで、誰かと共に行動することをお願いするとしたら――」
「警察としては、君と組んだ経験のある人物が望ましい」
当然の考えだった。今回事件に関わった四人は確実に戦力となるのは事実だが、三枝と祖々江の二人については、警察としても難色を示すだろう。
それに警察側は何も語らないが――可能性は限りなくゼロに近いが、彼ら二人のどちらかが犯人である、という考慮もしているだろう。
「……とはいえ、今回のように噂を聞いて行動するような面々です。釘を刺しておくのはきちんとするにしても、動き出さないとも限らない」
「確かにそうだが……何か考えがあるのか?」
「はい、学園の敷地内ならばそう危険もないでしょう。噂の出どころなどについて調査してもらおうかと。警察の方々が聞き込みをしても構いませんが、それだと学生達に不信感を与えることになりますし」
「確かにそうだな……現状はどういう経緯で発生した事件かもわからない状況だ。無闇に混乱を生じさせるわけにはいかないだろう」
「なら、三人にはそのように伝えるという形に」
舞桜の言葉に、早河は眉をひそめる。
「……三人?」
「はい。残り一人については、私と共に行動を」
「なるほど、そういうことか」
早河は納得すると踵を返す。その顔は、誰を選んだのか明確に悟っている。
「では、まず三人については君の提案を告げよう……理由は――」
「能力的なものを考えて、ということでいいと思います」
「わかった。では、君と共に行動する人物については、どうする?」
「連絡はこちらでします。けど、念の為にいくつかしておいて欲しいことが」
そして舞桜はいくつか要望を伝える。早河はそれを受諾すると、舞桜はさらに続ける。
「では、そのようなやり方で……それと、今後話し合う場所ですが」
「君の家や署でというのもあるが……いや、署は監視されている可能性もあるな。関石殿は署にも出入りしていたからな。今みたいに事件が発生し事情聴取するくらいなら問題ないだろうが……」
「他に候補場所があります。私の協力者がいる場所なのですが……その人物はあまり表に出たくないという人間で……」
「ふむ、大丈夫なのか?」
「今回の事件と関わりがないということについては、保証します。それと、いくつか頼みが」
そう言って舞桜はもう一つ要求を行い――ようやく、部屋を出ることとなった。




