友人との――
菜々子が部屋を訪れると、その顔はずいぶんと硬かった。雷を落とされると思っているのかもしれない。
「座って」
席に誘導。声音に菜々子は訝しげな視線を向けた。怒っていないのか――そういう問い掛けが舞桜には理解できた。
言われるがまま彼女が座る。その後、舞桜は話し始めた。
「……まず、今回の件に遭遇するまでの経緯を話して」
「わかった」
承諾し、説明開始。菜々子が赴いたのも噂があったため。三枝や祖々江と大差があるものではない。
しかし話した後は、友人としての会話が始まる。
「……菜々子」
「わかってる」
強い瞳。それはやはり三枝などと同じもの。
舞桜はそこで説得するのをあきらめた。とはいえ、やりようはいくつもある。
「……菜々子、そういう態度をとられたとしたら、パートナーを選ぶにしても候補から外れてしまうよ?」
――その言葉に、菜々子は押し黙る。
「もし……まだ何も決まっていない状況だけど、パートナーを決めるにしても、警察の人もきちんと制御できる人を候補に選ぶと思うの。でなければ――」
「わかって……いるよ」
言葉を濁し菜々子は言う。多少なりとも、効いている様子。
瞳を見れば、どこか後悔の念が宿っていた。今まで盲目的に舞桜のために行動していたが、それを諭され今ようやく理解できたらしい。
「……前の事件でも言ったけど、私は一人で突っ走ることは望んでいない……警察の方からきちんと三枝さん達にも警告は成されると思うけど……」
「うん」
彼女は頷く。神妙な顔つきとなったため、舞桜はここぞとばかりに続ける。
「私は……菜々子もわかっている通り、危ない橋を渡っているのも事実。先の二つの事件……一歩間違えれば私が危ないというのは事実。けれど――」
「ごめんなさい」
頭を下げる菜々子。そこで舞桜の口も止まる。
「……言いたいことは、わかった。前の事件では、私も頭に血が昇っていた。ごめん」
「菜々子……」
「確かに、舞桜の言う通りだと思う……それに、私は――」
菜々子が舞桜を見据える。中学時代――舞桜は、故意ではなかったにしろ彼女に怪我を負わせた。
それがいまだに引っ掛かっているのは事実。けれど、舞桜は思う。
あのことを払拭しようと菜々子は頑張っている。自分は怪我をして以後も役に立てる――そう主張したいのが痛い程わかる。
けれど、それだけではない。舞桜自身、自覚していた。あの怪我により、自分の方こそ臆病になり、立ち止まっている。
「……菜々子に怪我をさせてしまったこと、私はずっと後悔している」
舞桜が語る。すると菜々子は悲しそうな目で首を左右に振る。だが舞桜はさらに続ける。
「見た目は元気であっても、怪我の後遺症は菜々子の中に存在している……だからこそ、私は遠ざけようとしていたのは、事実だよ」
「舞桜……」
「本当は、私の方が菜々子のことを頑張って拒絶していたの……警察に関わらせようとしなかったのは、そのため」
舞桜が言う。紛れもなく本音で――菜々子はそうした舞桜の言葉を全て受け止めようと、膝に手を置きじっと聞き入る。
「怖かった……だから今まで一人で活動していた。でも、私一人ではどうにもできない事件が発生している……これが何を意味するのか今の所わからない。けど、少なくとも光陣市の平和を乱そうとしているのは間違いない」
「そうだね」
「……菜々子、私の方こそ、ごめん」
「ううん……私も、すごく意地になっていたところもあったから」
菜々子が言及。今度は舞桜が彼女を見返す番だった。
「パートナーでなくなって、それでももう一度認められたくて、必死に足掻いていた。でも、結局望んだ形にはなれなくて……舞桜の言う通り、私は舞桜のことを考えて陸上を辞めた。でも、後悔はしてないよ」
「菜々子……」
「警察に人がどう決断を下すのかはわからないけど……今までのように無茶をするのは、もうやめる。絶対に」
菜々子の発言に、舞桜は頷き――そして、
「……一つだけ、いい?」
「いいよ」
「ずっと……友達で、いてくれる?」
「もちろん」
菜々子は満面の笑みを浮かべ答える。それに舞桜はじんわりと胸が熱くなりながら、最後に告げた。
「ありがとう……今回の件について、何かあったら相談する」
「わかった。これで私の話は終わり?」
「うん」
「なら、私からアドバイスが一つ」
そんなことを言い出す菜々子。舞桜が彼女を見返した時、
「私としては、パートナーとしておすすめの人がいるんだけど」
「おすすめ……?」
「うん。達樹」
唐突な言葉に、舞桜は面食らった。
「いや、私から見たら舞桜だって相当無茶しているし……だから、少しは自制ができるように達樹のような人を置いておいた方がいいかなと……それに、彼なら多少ながら舞桜に対しても理解があるし」
「……それは」
「達樹本人が負い目もあるし、というのが障害として大きそうだけどね」
負い目――舞桜自身、彼に対しても怪我を負わせたなどの記憶もある上、彼の場合は菜々子と違い死にかけている――だから複雑な心境ではある。
とはいえ、彼を通し事件を解決したということもある上、前の事件でも達樹の言葉によって暴走気味だった状況を脱することができた。
加え、達樹自身パートナーになると表明している。そうした事情もある上、友人からの進言があるとくれば考慮に入れてもいいとは思う。
「悩んでいる?」
菜々子が問うと――舞桜は少し考え、小さく息を漏らした後発言した。
「……達樹からは、パートナーになることを早河さんに進言すると」
「あ、そうなんだ。それじゃあ決まりでも――」
「でも……不安があるのは事実」
「大怪我をさせてしまったから?」
「うん……正直、達樹には助けてもらっているけど……」
「でも、達樹だって表明した以上後には退けないんじゃない?」
「意地ってこと?」
「……色々と負い目がある達樹だから、駄目と言われればおとなしく引き下がるだろうけど」
確かに、と舞桜は胸中思う。
結論は、ここでは出なさそうだ――けれど、舞桜としては実力の程などを把握している達樹と組むのは、それほど難しくは無い。
増幅器を使っているというハンデはもちろんある。けれど、それを用いてある程度立ち回っている点を考えれば――
(そういえば、あの増幅器……)
ふと、思う。達樹が使用している増幅器。あれを何度か見た後、違和感を抱いた。
それは達樹自身おそらく気付いていないはず。事件に連続して関わったことで、舞桜はそれを多少ながら感じていたのだが――決して悪い意味ではない。
(きっとあの増幅器は……)
一度、その辺りのことも確認しておくべきかもしれない――そして、もし自身の予想通りであったなら――
「舞桜?」
菜々子が問う。気付けば深く考え込んでしまっていた。
「あ、ごめん……菜々子から進言があったということも、早河さんには伝えておくよ」
「そう……それじゃあ、私はこれで」
「うん」
頷いた舞桜は、菜々子を見送り――一つ息をついた後、次の達樹を待つことにする。
(さて、どう話すか……)
そんな風に胸中考えていた時、扉が開く。
「すまない」
けれど達樹ではなく、早河だった。




