信頼関係
舞桜が野乃の家を訪れ、手紙のサイコメトリーをお願いしておよそ一時間。彼女が二階から下りてくる。
「うーん……ごめん、人相とかはわからない」
「そうですか」
「見えたのは投函した光景と、この手紙を書いたことくらい。あんまり人と接していたわけではないみたいだし、これ以上情報をとるのは難しいと思うわ」
言って、野乃は大きくため息。
「ごめんなさい、あまり力になれなくて」
「いえ、後は警察の方々に任せます」
「そう……しかし、許せないわね」
野乃はすぐさま表情を厳しいものに変える。
「舞桜ちゃんのパートナーを無理強いするために、こんな悪逆非道なことを」
「非道かどうかはわかりませんが……」
「何を言うの! 舞桜ちゃん自身嫌がっているじゃない!」
(そんなことを表明した憶えはないけど……)
とはいえ決して良いものとは言えないのも事実なので、それ以上の言及は控えることにした。
そして、これからどうするべきか舞桜はお茶を飲みながら考える。
「心苦しいですが、関石という人について少し調べるしかないですね」
「あ、それなら一つ噂話が」
「噂、ですか?」
「うん。その人のことなのかわからないけど、どうも舞桜ちゃんをストーカーしている人間がいるっていう情報が、学園で流れてる」
「……なぜ学園に通わない野乃さんが把握しているのですか?」
「まあそこは色々あって」
なぜか目を逸らす彼女。態度が明らかに怪しかったため追及をした方が良いのかと思ったが、先に彼女が話し始めた。
「あ、そうそう。話は変わるけど噂の男の子は……」
(藪蛇だったかもしれない)
舞桜はどこか徒労感のようなものを抱きつつ、野乃の言葉を聞く。
「ねえねえ、どんな子なのかくらい教えてもらってもいいでしょ?」
「……その、ごくごく普通の人ですよ?」
「何を言うのよ。舞桜ちゃんが見初めた相手なのだから――」
「いや、だから……」
やり取りがいい加減うんざりし始めた直後、野乃は頬を膨らませ不満を現す。
「……その人に何かあるの?」
「……言ってしまうと、以前関わった事件で大怪我をさせてしまったんです」
舞桜はとうとう観念した心持ちで話し出す。
「それで、怪我を治した以降その事件で彼の力が必要となり、協力してもらった……それだけです」
「怪我をさせてしまった人を?」
「事件の詳細を知らない野乃さんが不思議がるのは無理もないのですが……その、実質彼を巻き込んだも同然で」
「つまり、負い目があるのね?」
問い掛けに、舞桜は――コクリと頷いた。
二つの事件に立て続けに関わらせてしまい、申し訳なく思っている。達樹自身大丈夫だと言うだろうし、こんな心情を吐露すれば怒るかもしれない――と舞桜は思っていたりもする。
ただ、達樹自身菜々子などとは違い、どちらかというと消極的かつ受動的に行動している節がある。暴走する菜々子を抑えようとしたのも追随したからだろうし、彼自身能力が低いことを理解し――相応の行動を取っているのは間違いない。
「大怪我ねえ……その人、強いの?」
問うと、舞桜は俯いた。
「……増幅器を日常使っているくらいなので」
「なるほど。私としてはそういう子が舞桜ちゃんの隣にということ自体驚くのだけれど……でも、何かしら縁があったのでしょうね」
縁。その一言で片づけて良いものなのか。
「……彼自身、積極的に事件に関わろうとしているわけではありません。けれど、私と知り合ったことで色々と動き出し……以前菜々子が暴走した時だって、彼は菜々子に追随して事件に巻き込まれたという感じですし……」
「なるほどね。舞桜ちゃんとして申し訳なく思っているわけか」
「はい……彼は気にするなの一言で済ますと思いますけど」
「なるほど、信頼関係は築けているのね」
断定した言葉に舞桜はなぜか――ドキリとなった。
「信頼関係、ですか?」
「以前の舞桜ちゃんなら、怪我をさせてしまったのなら以後はどんなことがあっても関わらせないようにしていたと思うの。けど、事件でその人に頼ったということは、彼を信頼していることに他ならないんじゃない?」
「……そうかも、しれません」
認める舞桜。内心複雑なものではあったが――達樹に対し一定の信用があるのは事実かもしれない。
「ふむ、ごめんなさい。茶化してしまって」
と、野乃はここで謝罪した。
「そういうことならなんだか納得がいくわ。そっか……事件を通して、色々とあったということね」
「はい……それで、あの」
「わかっているわよ。舞桜ちゃんが話したがらないのもなんとなくわかったから、もう大丈夫」
笑みを浮かべ、野乃はこの話題を切る。話さないということについては理解したようだが――舞桜はなんとなく、彼女がどう思っているのか少し怪しく思える。
(なんだか曲解している気も……)
その辺り一度訊いておくべきか――と思い舞桜が口を開こうとした時、
「ただし、一つだけいいかしら?」
「……はい、どうぞ」
「もし良かったら名前、教えてもらえないかな?」
「……なぜですか?」
「いや、別に調べることもしないから……単純に興味があるのよ」
何をする気なのか――という警戒を最初感じていたのだが、やがて彼女の視線に宿っているのが純然たる興味なのだと理解し、舞桜はゆっくりと口を開く。
「……西白、達樹君です」
「……にしじろ?」
名を口にした途端、野乃は眉をひそめる。
「どうしましたか?」
「いえ……えっと」
何やら口ごもった後、野乃は質問する。
「もしかして東西南北の西に、白色の白?」
「え? あの、もしかして知り合いなんですか?」
「ううん。その子と会ったことは無いよ。ただ、字から考えるともしかして――」
野乃が口を開こうとした時、突如舞桜の携帯電話が鳴り響いた。慌てて確認すると、着信の相手は早河だった。
「すいません」
「いえいえ」
野乃は引き下がり、舞桜は電話に出る。
「はい、早河さん――」
『すまない立栄君。今はどうしている?』
「ちょっと用事があり外に出ていますけれど」
『そうか……今時間、空いていないか? 署に来てほしいのだが』
「何かありましたか?」
嫌な予感がして問い掛けると、少しの沈黙を置いて、
『……とある研究者の寮で、爆破事件が発生した』
「え……?」
『しかも、光陣学園の学生がその場にいた。幸い怪我をした者はいなかったんのだが』
「ちょ、ちょっと待ってください。なぜそんな場所に生徒が?」
慌てた会話に、野乃も何かを感じ取ったか訝しげな顔を見せる。
『……話によると、君のことをストーカーしている人物がいるという噂が学園に存在しており、君と何かしら関わりがある面々がそこを訪ねたらしい。そして、それにより爆破が――』
野乃が言ったこと――それと共に、舞桜は一つ推測する。
(もしかして――罠?)
やり方がかなり強引ではあったが、少なくとも危険な事件であるのは確定的。そしてこれは、自身に関することなのも間違いなさそうだった。
さらに舞桜はその場にいた面々がどういう人物なのか内心予想がつきつつ、これはまた怒る必要があるのかと思い問い掛ける。
「……なんとなく予想つきますが、学生とは誰ですか?」
『……それが』
早河は一度躊躇うような声を出した。舞桜はそこで予想と違うのかと思ったのが、
『……三枝悠子君、祖々江滝司君……そして、笹原君と西白君だ』
予想外の名前が飛び出して、舞桜はしばし呆然とすることとなった。




