表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/106

初仕事

 達樹が仕事をやり始めたのは放課後から。夕方以降寮に戻ると基本的に出られなくなるので、下校後そのまま行動を開始する。


「えっと、これを使えばいいんだよな?」


 達樹は昨日青井から渡された物を見ながら呟いた。

 懐中時計のような形状で、何かを表示するためのデジタル画面がある。だが触れても、一切応答がない。そこでポケットから説明書を取り出し、軽く目を通す。


「えっと……あらかじめ登録しておいた道具の魔力を探知し、そこまでの距離を指し示す物か……」


 どうやら目的のものを探し出すGPSらしい。

 説明書には、既に盗まれた物の情報は探知機に登録されていると書かれ、後は自身の魔力を込めれば使えるとある。


 達樹は光を生み出す検査の要領で、魔力を手の先に生み出す。するといくつか機械の内部処理をする英字が出現し、画面が表示された。

 小さい機械に三行のデジタル数字と矢印。上二行は数字の頭にXとかYとか記載されている。そして一番下には目標物までの距離らしき数字と、大体の方向を示す矢印。


 そこで説明書を確認。


「上の座標が現在地。下が目標の場所か。普通に使われるGPS座標に基づいて、距離を計算しているみたいだな……とりあえず、矢印に従うか」


 呟き歩き出す。目標物までの数字がゼロになった場所に、盗まれたものがあるということで間違いなさそうだ。

 少し歩いてみてGPSが座標を変え、さらに一番下のデジタルの数字がどんどんと小さくなっていく。結構近い場所にあるようだ。


「方角は、繁華街っぽいな」


 類推していると、繁華街から聞こえる特有の喧騒が、彼の耳に入り始める。

 少しして、多くの人や車が往来する大通り辿り着いた。達樹は歩道に立ち止まり、逐一GPSに目をやり数字を確認。距離から、繁華街の中にありそうだ。


 方向確認のため周囲に視線を巡らせ――ふと、魔法学科の制服を着た、女子が視界に入った。茶髪を三つ編みにして、一本にまとめている女子であり、彼女はメモを見ながら歩いている。


(……っと、いかんいかん)


 気を取られている場合ではないと、達樹はGPSへ視線を戻す。

 数字に従い、夕日に染まりつつある街を移動する。そして気に掛けた女子が前を歩く。


 縁でもあるのか――達樹が漠然と考えた時、彼女は突如角を曲がった。そこは人がどうにか交差できる幅の狭い道。離れたか――そんな風には思い、GPSの矢印へ視線を移す。そこで――


「……おい」


 思わず声を発した。矢印は女子が曲がった道を示している。


「彼女も関係者とか、そういうオチ?」


 言いながら、路地を観察する。

 道幅が狭い上、光が直接当たらないため薄暗い。入るのに少し躊躇う空気なのだが、このまま尻込みしていては日が暮れてしまう。


 達樹は意を決し路地に入った。場合によっては先に入った女子の動向を窺おうと、静かに決心する。

 通りから離れてすぐに、どこからか会話が聞こえてきた。それは男女の声が入り混じり、口論するような大きなもの。目的地は、口論をしている方向で間違いなかった。


 達樹はそれを判断すると早歩きとなった。距離を示す数字がどんどんゼロに近くなっていく。数度角を曲がり、目標に近づく――


 ドォン――その時、くぐもった爆発音が聞こえた。多少距離はあったが達樹の耳にしっかりと入り、今度は走り始めた。反響してわかりにくかったが、音のした方向と思しき場所に辿り着く。

 そこには、煙が充満していた。


「戦闘……だな。それに……」


 呟きながら、煙を注視する。

 粉塵は達樹の手前数メートルで壁でもあるように渦巻き、傍には進行してこない。


(障壁の一種だな)


 心の中で呟くと同時に、くぐもった音は障壁越しだったためだと理解する。

 次にGPSをポケットに入れ、慎重に障壁があると思しき場所に触れる。


 煙がこちらに来ないにも関わらず、手は透過した。外側から侵入できるが、内側からは通れない特性があるらしい。

 達樹は一度深呼吸をした後、意を決し足を踏み入れようとした――直後、煙の中から突如人影が現れ、反射的に飛び退く。


「がっ!」


 人影は煙の中で障壁にぶつかり、反動で転び尻餅をついた。

 見ると、腹部がやや膨らんでいる、同年代の男性だった。彼は障壁の外にいる達樹を視界に捉えると、驚愕し叫んだ。


「て、てめぇもあの女の仲間か!?」


 うろたえる男性。達樹はきっと路地に入った彼女について言っているのだと見当をつけつつ、ここは同意しておいたほうが話を進めやすいと判断し、口を開く。


「ああ、そうだ。制服見ればわかるだろ?」

「お、お前ら光陣の奴らは、何か恨みでもあるのかよ!?」


 男は叫びながら、右腕をかざした。

 肘くらいまでピッタリと覆う、有機的なフォルムの小手が目に入る。その先端が僅かに発光したと思うと、いきなり光の刃が出現する。


(増幅器!)


 断定し、男性は吠え障壁に刃を突き立てた。障壁がガラスの割れるような音と共に砕かれ、突破する。


「この野郎っ!」


 粉塵と共に男が迫る。達樹は戦闘態勢に入り、煙に巻き込まれないよう一歩下がった。


 男が突きを放つ。狙いは胸元――攻撃に対し、達樹の両腕は機能により自然と反応する。左腕を相手が放った右腕の下に滑り込ませ、跳ね上げる。男の右腕が大きく逸れ、苦痛の顔と共に体勢を崩す。

 その隙を逃さず、達樹は間合いを詰め懐に入る。そして魔力を右腕に集中させ、腹部に拳を放った――相手は避ける暇も無く、まともにその一撃を受ける。


「ぐおっ――!」


 声を漏らし、男は倒れ伏す。達樹自身加減はしたつもりだったが、魔力をまとっているため一撃で気絶させてしまった。


「増幅器使用の相手なら、どうにかなりそうだな……」


 呟いた時、さらに煙の中から人影。

 再度身構えると、煙の中からまたも男が。同じように小手をはめているが、今度は手に光の槍を持っていた。


 相手は達樹を見ると、反射的に槍を構える。


「仲間か……!」


 最初の男よりは冷静な態度。達樹は槍を見据え、出方を窺う前に相手に駆けた。


(先手必勝……!)


 達樹は槍のリーチには敵わないため、一気に迫り倒そうと考えた。

 その行動は功を奏し――男は慌てて刃先を薙いだ。


 牽制的な一撃――それほど威力も無く、腕であっさりと弾き、さらには懐に滑り込む。流れるような動きに、男は憤怒と困惑を混ぜた表情を見せた。

 達樹は容赦なく拳を相手へ叩き込む。最初の男同様声が零し、倒れ伏す。


 すかさず目線を路地へ戻す。煙が晴れつつある中、三人目の人影が見えていた。

 すぐにしっかりと姿を見せる。今度は小手などを身に着けていないスキンヘッドの男。年齢は先の二人よりも上で、二十歳前後といったところ。ガタイの良さと威圧感から、彼らのリーダー的な役割を担っている人物だろうと、達樹は推察する。


 ――ふいにピピッ、と電子音が鳴った。ポケットの中のGPSの音。説明書には目標物が間近だと音が鳴る仕組みだと書いてあった。つまり、


「あんた、どっかの店で増幅器を盗まなかったか?」


 達樹が問う。男は答えず地面に寝ている二人へ目を向ける。


「……お前が、やったのか」


 相手は尋ねる。達樹が黙って頷くと、相手は「そうか」と応じ、改めて(にら)みつけた。


「店からの依頼者か? だとしたらあの女もそうだな?」


 達樹は答えなかった。代わりに足に力を入れる。

 その動きを見て取ったか、男は舌打ちをする。


「ちっ、依頼した人間との合流がまだなのにこの有様か……」


 何事か呟いた後、その体に魔力が溢れる――その一事で、相手が倒れる二人とは大きく異なるのが、理解できた。


(こいつは、明確な魔法使いか……!)


 多少荒々しいが、達樹には無い魔力が男の体にまとわりつく。


(とはいえ、魔力がかなり放出されているな……優矢の解説通り、魔法学科の人間と比べても、制御は甘い。それだけ、付け入る隙もある)


 会話を思い出す。ならば、勝機はあるはずだ。

 どうするか――考えている間に、男が動く。かざした手の先に光が生まれ、それが包むくらいに大きくなると、腕全体にまとわりついた。強化する魔法――すかさず男は、拳を振り上げた。


 達樹は先ほどの戦闘と同じように懐に飛び込もうか迷った。しかし、その一瞬が相手に攻撃させるには十分な時間となる。

 放たれた拳を、達樹は身を捻り避ける。一撃は肩先を僅かに掠めた。思ったよりも速く、危なかった――思いながら反撃に転じる。右の拳に魔力を固め、相手に踏み込んだ。


 男は即座にガードし、拳が叩き込まれた。相手が防ぐのに使った魔力と達樹の魔力が衝突し、ドンッ――という鈍い音が空気を震わせた。

 達樹は反動で数歩後方に下がる。男も同様で、ガードしたまま数歩下がった。


「強いな」


 男は呟きながら、両の拳を握りしめ魔力を生み出す。さらに力を強化しようという魂胆だろう。

 達樹は彼を見て静かに息を吐く。そしてさらに強く、全身に魔力を流すイメージを頭に浮かべる。増幅器はそれに呼応し、両手両足の肌が魔力で粟立つ。


 男が動き出す前に、仕掛けた。相手は押し返そうと右手を放つ。

 達樹はそれを弾こうと腕をかざし――拳が触れた瞬間すぐに察する。


(力は相手の方が上だ――!)


 刹那、方針を転換し、相手の攻撃をすり抜けるようにかわした。

 男は動きを追うように左腕を放つ。しかし達樹の動きが速かった――男が腕を放った時、達樹は男の背後にいた。


「な――」


 男は呻くが、対応する間もなく、達樹の拳が撃ち込まれた。

 相手は踏ん張ることができず、苦悶の声と共に前方に吹っ飛ばされた。気絶する二人の男を飛び越し、地面に衝突する。


「け、結構威力あるな……」


 突きを放った体勢のまま、呆然と呟く。それほど魔力は加えていないつもりだったが、無意識に力が入ったのかもしれない。


「ともあれ、どうにか戦えるみたいだな……」


 魔法的な要素が少ない戦いとはいえ、近接戦闘ならばどうにか――それが実証された。

 達樹は沈黙した三人を見下ろしつつ、GPSに反応があったスキンヘッドの男に近寄る。念のため気絶しているのを確かめてから、仰向けにした。


 そして男の衣服を適当に探る。ズボンのポケットからそれらしいものが出てきた。中世の物語に出てくるような騎士が持つ、盾のような形のペンダント。その中心に大きめの青い球が埋め込まれている。青井の語っていた形状。これで間違いない。

 達樹はズボンのポケットにそれをしまいこみ、早々に立ち去ろうとする。


「……これは?」


 そこで、後方から澄んだ声が聞こえた。振り返ると、そこには繁華街で見た女子学生が佇んでいた。


「その三人を、あなたが倒したんですか?」

「え、あ……」


 唐突に問われ、達樹は逡巡した。

 だが沈黙していてもまずいと思い、自分の制服を示しながら、答える。


「あ、その、近道をしようと思ってここを通っていたら、因縁をつけられたんだよ。相手から突っかかって来たから、正当防衛だよな?」

「その辺は私もどうこう言えませんが……」


 彼女は困ったように答えると、達樹に近づく。

 よく見ると透き通るくらい白い肌に、どこかおしとやかなイメージを想起させる容貌。綺麗だと思った。


 彼女は達樹の横を抜けてスキンヘッドの男に近寄り、屈みこんでポケットを探り始めた。


「うーん、どうやらないみたいですね。ここの一団は、外れか……」


 呟き立ち上がると、改めて達樹に視線を向ける。身長差から上目遣いがちになる彼女の瞳に、少し緊張する。


「ここに来るまでに、ペンダントを見ませんでしたか?」

「え、ペンダント……?」

「ファンタジー小説とかに出てくる盾みたいなデザインに、青い球が埋め込まれたペンダントです」


 内心ドキリとした。それはまさしく探していた物と同じだ。達樹は速くなる鼓動を隠すように、彼女に返答する。


「いや、知らないけど」

「そうですか」


 否定する言葉を聞くと、彼女は踵を返した。


「気絶した方々は、私が通報しておきます。あなたはすぐに路地から繁華街に出るようお願いします」


 事務的な口調で話す彼女に、達樹は黙って頷く。彼女は歩き出すと制服のポケットから携帯電話を取り出した。


「もしもし、ササハラです。ハヤカワさんをお願いします」


 会話をしながら、歩き去っていく。


 そこで達樹は、彼女が立栄などと同じように、警察に認可された魔法使いなのだろうと思った。高等科以上の学生魔法使いは、決して珍しくないからだ。

 彼女の姿が見えなくなると、達樹は歩き出す。目的の物を見つけた以上、ここにいても仕方が無い。彼女が後始末をすると言った以上、任せた方がいい。


「しかし、これはそんなに価値のある物なのか?」


 ポケットからペンダントを取り出し、達樹は呟いた。

 今日の件はもしかすると――ややこしい話なのかもしれないと思いつつ、ひとまずは目標達成を喜ぶことにした。






 達樹はその日の内に目的の物を返しに行く。店を訪ねてペンダントを差し出すと、青井は嬉しそうに告げた。


「ありがとう。今後も仕事を頼むかもしれないけど、いいかい?」

「俺で良ければ」


 増幅器により戦闘もできたため、達樹は礼を込め返答した。

 対する青井はにっこりと微笑み「よろしく」と答えた後、達樹が握るペンダントを指差す。


「それで早速頼みなんだけど、そのペンダントを少し持っていてもらいたいんだ」

「え? これを俺が?」


 盗まれた物を返すわけなので、当然青井が持つべき――すると、彼は理由を説明した。


「実を言うと、それは結構この店の中で大切な物なんだけど……一週間後くらいに店を移転する予定があるんだ。で、それまでできれば持っていてもらいたい。理由は、ぶっちゃけると引越しの最中に失くしそうで」

「だったら、研究機関のどなたかに預けたらどうですか?」

「いやぁ、それをしたいのは山々なんだけど……」


 彼は言葉を濁した。何やら理由があるらしい。


「ただ、それはどっちかというと守秘的な部分に当たる話だから……勘弁願いたいな」

「……そうですか。わかりました」


 達樹は腑に落ちないながら頷きつつも、一言添える。


「ただ……厄介事はあまり」

「ああ、もちろんだよ。盗まれたのも私の不注意だしね。だけど大丈夫。人に見つからなければただの装飾品だから」

「そうならいいんですけど……そういえば盗んだ相手、俺を見てペンダントを奪還しに来たと確信したみたいなんですが」

「多分その人はペンダントの価値に気付いたんじゃない?」


 価値。達樹は改めてペンダントを眺める。

 曲がりなりにも魔法使いの卵であるため、魔力が備わっていれば判別できるのだが、このペンダントにはそれが無い。


「ああ、そのペンダントはあくまで増幅器だから、発露する魔力は微細だ。相当な魔法使いしか判別できない……で、価値と言うのは単純に金額的な問題」

「ああ、なるほど。高価なんですか」

「うん」

「それを俺が持っていていいんですか?」


 青井は頷いた。そして、ペンダントに目をやりながら答える。


「ここに置いてある方が、リスクは高い。防犯的な理由も加味してはいるんだよ。盗んだ人達がここに来ないとも限らないからね」

「……わかりました」


 達樹は渋々ながら頷いた。ここまで関係した以上、流れに任せとりあえず彼の意思に従おうとは思った。

 青井は承諾の言葉を聞くと、手を合わせお願いするように話す。


「それで……続けざまに悪いんだけど、仕事を頼んでもいいかな?」

「今度は何ですか?」

「そんなに難しい仕事じゃない。実は商店の物品ってここに収まり切らないから分散させているんだ。移転の際大半はそのままゴミとして捨てるんだけど、保存しておきたい物も中にはあってさ」


 彼は言うと、達樹にホッチキスで綴じられた数枚のA4用紙を差し出した。

 受け取るとそこには持ってきてもらいたいリストとして、物品の絵や特徴が書かれている。


「そこにある物を持ってきてもらえばいいから。あ、場所は最後の紙」

「……はい」


 地図を確認して達樹は頷いた。

 場所は繁華街の路地や、それに沿った場所に点在しており、これなら問題ないだろうと思った。


「それで依頼日なんだけど、次の土曜日にお願いしたい。資料はそれまで持っていて。その日は夕方近くまで予定が入っていて、商店に来れないんだ――」


 その後青井は仕事日と物品に関しての注意点を話す。達樹は逐一了承し、その日の仕事は終わりを告げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ