決着と後悔
「最初から……こうすればよかったのよ」
魔法を発動させながら、舞桜は続ける。
「あなたの全てを飲み込んでしまえば、私に言及する人間はいなくなる」
「……ずいぶんと、明確な殺意ね。魔法で性格が変化したの?」
塚町は問い掛け――その表情は、予想外だと考えている様子。
「そんなことをすれば、あなただってタダじゃすまないんじゃない?」
「大丈夫よ。だって」
と、舞桜は両手を広げ塚町へ言った。
「私には、全てを黙殺させる力がある」
声の瞬間――塚町は突如横に逃れた。そこへ、舞桜が放った虚無の槍が通り過ぎる。
「……完璧に、殺すつもりなわけね」
塚町は、どこか怯えた眼で舞桜へ言う。
「なるほど……だからその魔法は公にしていないというわけか」
「別にそういうことじゃないよ……ただまあ、これ以上面倒事を増やすのが嫌なだけ」
返答すると同時に舞桜は一歩歩んだ。それに塚町は大いに警戒し、同様に一歩引き下がる。
「もうあなたのハッタリは通用しない……覚悟できた?」
なおも舞桜は言う――その変化に塚町の瞳は揺らぎ、どう応じるべきか迷っている様子を見せた。
「……つくづく予定外ね。まさかこんなことで――」
言い終えぬ内に、舞桜の魔法が噴出する。塚町はそれに怯えた表情を示し、身構える。
「本気じゃ、ないわよね……?」
そして、雰囲気や魔力に気圧されはじめた塚町が、心配げに声を上げた。
「いくら性格が変わるとはいえ、私を――」
「どうでもいいのよ、そんな事」
鋭い口調で応じた舞桜は、意識なく口の端を歪めたのを自覚する。
「もういいわ。全部どうでもいい。この力があれば……全てを――」
言った直後、舞桜は自らの意志で魔法を解放した。刹那、前方で魔法が弾け、途轍もない虚無の波が塚町へと襲い掛かる。
「ひっ――!!」
塚町も最早余裕がなく、全力で回避に移る。加えて虚無が床面に触れると、表層部分を削り取っていく。
その状況下で塚町が水流系の魔法を使用し――水は飲みこまれながらも回避する。舞桜は心のどこかで、避けることができたのは奇跡ではないかと思った。
先ほどまでの形勢はすっかり逆転し、塚町自身逃げ出すか否かというギリギリの顔つきを見せ始める。それには紛れもなく恐怖が混ざり――過去、この力を目の当たりにして怯えた目を向けられた事実を思い起こす。舞桜はそれを見て内心悲しさが広がったが、すぐにくだらないという思考を心の中に無理矢理満たす。
結局この魔法は、全てを飲み込み、消してしまう――それは人間関係だって、同じだ。
「……この魔法の力を目の当たりにした以上、あなたは消えてもらわなければならない」
断じた瞬間、塚町の体が大きく震えた。
「どちらにせよこんな騒動を起こした以上、何かしら制裁は加えられると思うけど……いや、あなたならば親の権力でも使ってどうにかできるのかな? まあ、どっちでもいいか。ここで消せば関係ないわ」
「ま、待って……」
塚町は呻きつつ、舞桜を制止するように両手をかざす。
「わ、わかった……罪も償うし、降参する。どうせあなたを傀儡にできないのなら勝負は決まったものだし、私は――」
「嘘よ」
きっぱりとした、一言。途端、塚町の立っている場所の時間が止まる。
「私のことが憎いんでしょう? こんなことをしてまで潰したかったんでしょう? 私が這いつくばる姿を見たかったんでしょう?」
問い掛けると塚町は助かりたい一心で首を左右に振る。けれど、舞桜はやめなかった。
「その心が胸の中にある以上、あなたは永遠に私へ牙を向けるでしょう? なら、さっさとあなたを消すに限るわ――」
「ま、待って……お願い……!」
手を掲げた舞桜に対し――絶望的な表情を伴い呼び掛ける。けれど、
「もういいわ。言い訳もいい……消えて」
限りなく冷たい声音と視線で――舞桜は手を振り下ろそうとして、
突如、その手を後方から掴まれた。
「っ――!?」
舞桜は一瞬力を込めようとした――が、その手の感触がひどく暖かく、振り払うことを躊躇すると共に、僅かながら自分が何をしているのか、意識が蘇る。
「やめろ……舞桜」
そして聞こえたのは達樹の声。首を向けると、横に立ち腕を抑える姿があった。
衣服が汚れているのは、人形と交戦したためだろう。そしてここに達樹が立っているのは、虚無の魔法によって無意識に結界を破壊したために違いない。
「下から警察の人も来る……もう、終わりだ」
告げると共に、舞桜は糸が切れたかのように魔法を解除した。虚無の全てが消え、残されたのは沈黙する舞桜と達樹。そして塚町だけ――
「――立栄君!」
後方から早河の声。首だけ振り返ると警察の人員と共に、廊下へ進んでくる彼の姿。
やがて警官達は呆然自失となった塚町を拘束。そしてこの事件は終わりを迎えた――しかし、
舞桜の中に、数限りない後悔が生まれていた。
* * *
達樹と舞桜が隣り合って歩きつつ正門から校舎を出ると、ここに駆け付けた以上のパトカーが存在していた。
「これは……収まるまで待った方がいいのかな」
おそらく帰れないと判断し、達樹は舞桜に提案する。
「ひとまず、隅にでも座っていようか」
「……うん」
意気消沈とした返事で舞桜は応じ、独りでに歩き出す。
(……重症だな)
達樹はそうした舞桜を見て胸中呟きつつ、後を追う。
やがて二人は正門傍にあるレンガで囲われた花壇を見つけ、座り込んだ。同時に沈黙が生じ、達樹はそれを打破するために口を開く。
「……最終的に無事だったんだし、良かったんじゃないか?」
「それ、フォローになってないよ」
舞桜が苦笑を伴い切り返す。それに達樹は頭をかきつつ、
「けど、ほら……結果的に解決したし」
「言い訳にならない」
「厳しいな……」
「当然だよ」
舞桜は言うと、両手で顔を覆った。
「何もかも……あのまま魔法を使っていたら、私は……」
「だから、あの魔法はずっと使わなかったのか?」
達樹はここで、話題を少し逸らすことを選択。すると舞桜は手を離しコクリと頷いた。
「魔法というのは達樹も理解できていると思うけど、易々と人を殺すことができる道具……使い方を誤れば、それこそ災害と呼べるものにさえ変貌を遂げる。だからこそ、私はそうならないために自制する必要があった」
「けど、あの魔法は性格すら変わる」
「そう。だからこそ、私は使うべきではないと判断した。だから――」
「でも、逃げてばかりではだめじゃないか?」
――達樹は、忠告を入れるように舞桜へ告げる。
「その、言いたいこともわかるし……何より、俺もあの魔法の一端を知った以上、あまり大っぴらにすることもやめた方がいいとは思う。けど、今回のように仕事をしていく上であの魔法を使う可能性だって、あるだろ?」
「それは……そうだけど……」
舞桜は俯き、考え込む。そこで達樹は、自分がこれから言おうとしていることに対し、果たしてそれで良いのかと自問自答した。
おそらく反対されるだろう。しかし今目の前で俯く彼女に対し、何もできないというのは、達樹にとって腹立たしかった。
だからこそ――達樹は、
「だから、俺が少しは協力するよ」
はっきりと言う――同時に、舞桜は顔を上げ達樹を見た。
「さっきのように、危険だとしたら俺が庇ってでも止めるさ」
「ちょっと、待って……」
舞桜は即座に首を振る。顔にはそんなこと望んでいないと書いてあった。
「わかっているよ。舞桜が反対するのはわかった上で言っている……けどさ、舞桜が菜々子を慮って色々と気を遣うのと同じように、俺も舞桜のことが心配なんだ。ここまで関わったということだってあるかもしれないけど……とにかく、舞桜のことを止められる人間が傍にいる必要は、あるんじゃないか?」
――きっと、舞桜にとってみれば幾度となく繰り返された内容のはずだった。彼女は現在一人で仕事をこなしているが、警察から打診されたことはあるだろう――けれど、それによってどうなったかと言えば、友人に大怪我を負わせた事実。だからこそ、今も彼女は一人。
「……菜々子は舞桜に協力しようとして躍起だった。その心情が、俺にも今理解できる」
達樹の口からそんなことが漏れる――対する舞桜は、顔を僅かに強張らせた。




