訓練と、彼の決意
頼み事を引き受けた翌日、早速達樹はサンプル品を試す。
友人の優矢がスパーリングの相手を努める。今二人がいるのは学校の体育館。昼食を食べ終えた後、ここへ赴いた。
光陣学園ではスポーツなどを振興するため、昼でも体育館は解放されている。だから場所をここにしたのだが、スポーツに取り組む人間はあまりいないようで、他の学生がバスケットゴール一つを利用して、バスケをしているくらいだった。
「さ、どこからでもかかって来い」
優矢が挑発的に言う。明らかに余裕の表情。
達樹と優矢は双方とも学校指定の藍色のトレーニングウェアを着ている。衣替えをしたため双方長袖。達樹にとっては好都合だった。半袖では、バンドがはっきりと見えてしまうからだ。
(えっと、マニュアルでは……)
達樹はサンプル品と一緒に渡されたマニュアルを思い出し、意識を集中する。
増幅器の使用方法については、一晩熟読したためある程度理解できていた。後はひたすら実践あるのみ。
体の中に眠る魔力を引きだそうと全身に力を入れる――それに呼応して、魔力が湧き上がる。
「よし、優矢。行くぞ」
「ああ、来い」
承諾の言葉を受けた瞬間、達樹は動いた。
それは一歩前に出ただけだが、一気に間合いを詰め、拳が届く距離まで到達する。
「――っと!?」
さすがに優矢もたじろぎ、慌てて後退した。
そこへ達樹の拳が放たれる。これは入った――そう達樹は思ったが、優矢はすぐに体勢を立て直し、拳を弾き距離を取る。
「増幅器を付けただけで、そんなに変わるのか。さすが青井さんとこの物だな」
驚愕の声と共に優矢は手のひらをかざす。彼の手先に淡い光が生まれ、達樹に見せつけるように光を揺らす。
「さて、魔法は耐えられるのか?」
「……どうだろうな」
達樹が首を傾げた時、優矢が腕を振った。
光が指先から放れ、ナイフのような鋭い形状となって迫る。回避するか――そう達樹が判断した時、まったく意識しないまま腕が振り上がった。
「っ!」
達樹は急激な動作にほんの少し痛みを覚えた。だが光は腕によって易々と防いだ。
「ん? 今の動作はずいぶん無理矢理だったな」
優矢が指摘すると、達樹はマニュアルの言葉を思い出す。
「自動迎撃機能らしいよ」
「なるほど。魔力に反応して勝手に動くのか。すごいな」
優矢は感嘆の声を漏らした。
達樹は軽く腕を振った後、再度走る。またもや一瞬で間合いを詰めるが、今度の優矢は軽やかな足取りで横に逃げる。拳を放とうとした達樹は、既の所で止めた。
「操作が慣れていないせいか、動作一つ一つの隙が大きいぞ」
優矢はアドバイスすると共に、右手をかざす。
彼の手先にピンポン玉くらいの大きさをした光弾が生み出される。魔力が結構凝縮している――達樹が判断した時、光弾が放たれた。
それにも増幅器が反応した。右腕のバンドをはめた場所を中心に魔力が集中し始め、青い光が腕にまとわりつく。咄嗟のことで最初判別はつかなかったが――遅れて達樹は結界の一種だと判断した。
体が勝手に動き、魔力をまとった腕で攻撃を弾く。光弾の大きさはそれほどでもないが、威力は十分だったらしく腕の魔力は相殺された。
一連の様子を見て、優矢は声を上げる。
「うん、それなりに効力はあるが、そのレベルの光弾で魔力が相殺されたとなると……魔法使いと相対するには難しいかもしれない。とはいえ、学科にいない魔法使いなら制御レベルも低いし、どうにかなるだろう」
「制御レベルか……そういうのって、どう判断したらいいんだ?」
「制御が甘い奴は、達樹でも感じられるくらい体全体から魔力を放出している。体から出る魔力をしっかり制御しないと、魔法の威力は上がらないから……学科の奴らはまずここを集中的に訓練する。達樹もそうだったろ?」
「ああ、確かに入学した時やったな」
答えると、優矢は構えを崩す。
一方の達樹は自分の両腕を見つめ、先ほどの結界の力を思い起こす。優矢は当然本気で戦ってなどいない。つまりこれは、増幅器を使ったとしても魔法使いに対抗できるレベルには達していないというわけだ。
(ただ、俺もこの増幅器を完璧に使いこなせているわけじゃない。今後の訓練次第かな)
胸の内で呟きながら、達樹は増幅器の力を解除する。それを見て優矢は腕を組み、訓練を評価する。
「前よりは大分マシだぞ」
「そっか……」
「かなり進歩しているし、実技でも点数は取れそうだな」
優矢が感想を述べる。達樹は増幅器使用ながら、少し嬉しかった。
「でも優矢と本気で戦えるようになるには、まだまだ先か」
「そうだな。しかし使い立ててでも、俺の光弾を小さいながら防いだのは目を見張る事例だ。訓練でどれほど伸びるか、楽しみだ」
「そっか。でもさっきの光弾、威力は低いだろ?」
「当然加減はしているさ。というより俺が全力でやったら、それこそお前は床にぶっ倒れている」
それもそうか、と達樹は胸中呟いた。今までは相手にすらならなかった。優矢がかなり加減をしているにしろ、少しは戦えるところまではわかった。しかも最初、奇襲同然にしても一撃当てられそうになったのは、かなりの進歩といって良いかもしれない。
「さて、俺は次の授業があるためそろそろお暇させてもらうが、いいか?」
優矢が告げる。達樹は「ああ」と承諾した。
ちなみに当の達樹は一コマ分授業が開いている。体育館は授業で使用されるはずなので、別の場所で訓練しようと決めた。
「ああ、それと達樹。食事の時に依頼の話をしていたが、ほどほどにしておけよ」
優矢は体育館から出ていく際、そう警告した。
達樹はもちろんだという面持ちで頷く。
「わかってる」
「じゃあな」
優矢は更衣室へ入っていく。
達樹は彼を見送った後、増幅器の感触を確かめる。とりあえず、基本動作くらいは慣れてきた。
それから少しして、体育館から出ようと歩き出す。更衣室へ入ろうとした時、外で会話が聞こえてきた。どうも一人は優矢らしい。
「何だ?」
不思議に思いそちらへ足を向ける。
体育館の入口付近で優矢と、昨日も遭遇した『青薔薇』こと立栄舞桜が、会話をしている光景が目に入った。
「何してるんだ? あいつ」
よくよく見ると、彼女の親衛隊がいない。それに目を付けて優矢は話を始めたのかもしれない。
達樹は命知らずと思いつつ足を向けると、二人が気付いた。
「ああ、達樹」
「親衛隊に刺されるぞ」
達樹はそう言いつつ改めて周囲を確認する。やはり人がいない。
「仕事の帰りらしい」
「仕事……?」
「調査、といったところです。そこで通りがかり彼に話し掛けられたわけです」
立栄が話す。彼女の様子は、少しばかり荷が下りて楽そうだった。
そんな様子を見て、達樹は色々苦労しているのだろうと思った。
ちなみに彼女は、話し掛けられればフレンドリーに対応するため、優矢が会話をする現状は特に気に留めない。ついで当の優矢は彼女と話しをしたため、嬉しそうだった。
「さて、俺達は退散するとします」
優矢は立栄へ告げる。彼女は小さく微笑み、会釈してその場を立ち去ろうとする。その時、彼女は達樹に視線を送った。
そこで一瞬だけ足を止め、訝しげな眼差しを達樹に向ける。
それを見て、達樹は表情にこそ出さなかったが、気恥ずかしさを覚えた。なぜそんな表情をするのか、気付いたためだ。
「どうしましたか?」
優矢が問う。彼女は我に返り、小さく頭を下げその場を後にした。
姿が見えなくなると、達樹はポツリと呟く。
「気付かれたみたいだ」
「増幅器に、か?」
「ああ」
彼女の視線が顔ではなく腕や足に向けられたのを、なんとなく察していた。
それと共に自分が改めて増幅器に頼っている事実を、冷酷に突きつけられる。
「最後に見せた顔つきは……なんというか、何でそんなものを身に着けているのか、という目だった気がする」
「被害妄想じゃないか?」
「そうかな……まあでも、仕方が無いか。俺が魔法学科の人間であることは覚えているだろうし、だからこそなぜ増幅器を使用しているのか、なんて疑問が及ぶのは当然だ」
「なら達樹、どうする気だ?」
「どうするって、何が?」
聞き返した。それと共に敵愾心のようなものが芽生える。気恥ずかしさは消え去り、別の感情が心の中で浮かび上がってくる。
「言っておくけど、俺は別に馬鹿にされたことを怒っているわけじゃないぞ?」
「いや、そもそも彼女が馬鹿にしているかどうかもわからないが」
「だけど、変だと認識したわけだ。だったら、俺の役目は一つしかないな」
無謀ともいえる決意。だがそのくらいはやらないと、現状を打開できないと感じる。
「やるなら徹底的だ。増幅器を使ったこの俺を、魔法学科の人間に認めさせる」
「お、ずいぶんと大きな目的だな。最終的には彼女に認めさせるといった所か?」
彼女というのは、立栄のことだろう。達樹は勢いで頷くと、優矢はやれやれといった様子で肩をすくめる。
「まあ、そういう目標があるのは良いことだからな。止めはしない。実現可能かどうかは図りかねるが」
「ああ、そうだな。だがまずは、実力がいる……打倒優矢だな」
「俺を巻き込まないでくれるか?」
優矢の冷静な言葉。だが達樹は大真面目だった。
「そうと決まれば優矢、今すぐ着替えろ。徹底的に特訓する」
「おいおい、俺にだって予定がある。これから授業だ」
「授業の一つや二つすっぽかしても、お前には大丈夫だろ?」
「お前が判断するな」
優矢は苦笑にも似た笑みを浮かべ、達樹の言葉に反論する。
「それにそうだな……青井さんからの依頼があるだろ? それに際し怪我をするのはまずくないのか?」
「は? 怪我?」
「盗まれたものを取り返すという依頼だから、当然その誰かと戦う必要があるんじゃないのか?」
達樹は言葉を止め、優矢の発言と、青井に依頼された内容を思い出す。
確かに頼まれた時も厄介事だと認識していた。それに際し、怪我をするのは彼の言う通りまずい。
「ああ、そうだな。わかったよ」
引き下がると、優矢は付け加えるように話す。
「場合によっては、魔法使いと戦うだろう。魔法学科の連中と比べればレベルは低いだろうが、それでもお前にとってはかなり荷が重い」
達樹は頷いた。そこでようやく、少し頭が冴えてきた。
「じゃあ、俺は改めて行くぞ。授業にはきちんと出ろよ」
優矢はその場を後にする。達樹は見送った後、着替えようと更衣室に歩き出す。
冷静にはなったが、それでも自分の存在を認めさせるという動機だけは、いつまでも頭に残っていた。