なぜ彼女ではないのか
達樹がパトカーの後部座席に着席した時、とうとう完全に日が暮れ、空は暗くなっていた。パトカーはライトを点灯させ、街灯もそこそこの暗い道へと走り出す。
「すまないな、最終的に巻き込んでしまって」
その中で達樹の横には早河が。運転席と助手席には他の警官。連行されているような感覚をなんとなく抱きつつ、達樹は口を開いた。
「いえ……俺は平気なので」
「――本来は、君達の手を借りるような真似はしたくないのだが」
早河は深いため息をつく。
「本来、君のような人が事件に関わる場合、許可が必要だ。立栄君がそれを所持しているのは君も理解できるはずだが……」
「なな……笹原さんは?」
名前を言い直しつつ達樹が言及。すると早河は首を左右に振った。
「持っていない。実際の所、警察協力の確約をもらっている学生魔法使いは、彼女を含めごく数名だ」
「そうなんですか……」
「警察にも使い手がいる以上、本来こうした事件に手を煩わせたくはない……しかし、光陣学園は魔法科学が発達した場所であり、必然的に事件にかかわる魔法使いの質も、高くなってしまうのだ……地力が違うため、立栄君のような人物の助力を受けるしかない」
語り――達樹はふと、こうした話をするために舞桜と自身を引き離したのだろうと推測した。
「君のことは立栄君からしかと聞いている……前の事件の時は、助かった」
「いえ……当然のことをしただけですから」
「当然、か……私達でも、死ぬかもしれない戦いには及び腰となる。君のような勇気は、私達にとって必要なものと言えるのだが……」
苦笑する早河。ここまでは世間話めいたものだったのだが――次から、突然口調が変化した。
「一つ質問してもいいかい?」
「……前の事件、なぜ協力したか、ですか?」
先読みをして尋ねると、早河は首肯した。
「そうだ。大怪我をして、それで手を引いても良かったはずだ」
「……確かに、俺も最初はそう思いました。実際、役には立たないと思っていましたし」
達樹は、制服の袖をめくり増幅器を見せる。
「魔法使いと言っても、俺はこうした物に頼らなければならない三流なわけですし」
「警察関係者や立栄君……そして笹原君は、そんな風に思っていない」
早河が断言。達樹は菜々子の言葉を思い出しつつ、聞き返す。
「それは……?」
「私個人の考えだが、魔法使いは決して魔力が全てでないと思っている。もし魔力によって明確に実力差があるのならば、前回の事件で君が活躍することはなかっただろう。例え増幅器を利用しても」
語った早河の目は、ひどく真剣だった。
「あの事件で君は、他の魔法使いではできなかったであろうことを成し遂げた。その点は、卑屈にならず自分自身評価しても良いはずだ」
「……卑屈、ですか」
「なんとなく予想できる。学校の成績や増幅器を使用しているため、笹原君などに気を遣っているのだろう?」
その言葉は、正鵠を射ていた。実際、菜々子には指摘され「卑屈になる必要はない」と言われている。
「西白君、能力ではなく結果を考えれば君は優れた魔法使いだ……難事件を解決した事実を鑑みれば、警察の人間も私の言葉に同意するだろう」
早河は、優しい目をしながらなおも説明を加える。
「無論、負い目を感じているのは理解できる。けれど、君はこうして立栄君に指定され、今新たな事件の最終局面を迎えている。それは君自身評価されたことに他ならない……自信をもっていいはずだ」
そこで、早河は一度言葉を斬り――懇願するように告げた。
「頼みを、聞き入れてはくれないだろうか」
「頼み……?」
「もし、君が良ければでいい」
そう言って、早河は小さく頭を下げた。
「正式に、立栄君のパートナーになってもらえないか?」
「……え?」
「特別なことをする必要はない。前の事件で私達も痛感した。私達は魔法使いに関わる事件の大半を、彼女に押し付けていて、なおかつ頼りっぱなしだった。しかしその負担を軽くするためにはまだまだ人材も不足しているし、すぐに解決できる問題でもない……ただ一つ、立栄君にパートナーがいれば負担を軽くすることはできる」
「……その話、彼女には?」
「伝えていない」
「彼女が、拒否するのではないでしょうか?」
「……笹原君のことがあるから、かな?」
早河が言及――達樹は以前菜々子に見せられた傷を思い出す。
「はい。彼女は、菜々子に怪我を負わせたため――」
「しかし前の事件に遭遇し、単独で戦い続けるのも限界があると感じているはずだ」
「そうかもしれませんけど……それは、笹原さんに任せるべきでは?」
「彼女では、駄目なんだ」
断言する早河。達樹は驚き、理由を尋ねた。
「なぜです?」
「パートナーとなるべき相手は……立栄君の、ストッパーの役目を果たさなければならない。彼女はどうしても、立栄君を守ろうという気持ちが先走る。そうしたことをする彼女を、パートナーとするわけにはいかない」
厳しい言葉だった。達樹としては大いに驚いたが、それでも反論する。
「でも、実力的には申し分ありませんよ? 戦闘経験だって相当あるみたいですし」
「確かに、味方としては非常に心強いかもしれないが……」
嘆息するように語る早河――そこで達樹は、彼の表情がどこか憮然としたものであるのに気付いた。
「……その、笹原さんの性格的な問題から、駄目だと?」
「それだけが要因ではない……そうだな、君には少し事情を話しておくか」
息をつき、早河は言う。
「君もある程度事情は知っているようだが……笹原君は、立栄君がこうした仕事をし始めて、協力したことにより大怪我をした人物だ」
「はい、それは知っています」
「……その一件により、立栄君は一人で活動し始めた」
「はい、それも聞いています」
頷いた達樹に対し、早河は次に重い口を開き、
「そして笹原君は……とある力を、失くした」
「……え?」
初耳であったため、達樹は眉をひそめた。
「力を、失くした?」
「そこは知らないようだな……概要だけは話しておこう。もし立栄君がそのことを言及したら、私が語っていたと言えば非難を向けられることはないだろう」
そう述べた彼は、あごに手をやりながら達樹へ語る。
「力……笹原君は、中学時代それこそ立栄君に並ぶとまで言われた驚異的な魔法使いだった」
「驚異的……」
「といっても、それが成績の中に如実に出たことは無い……俗に言う『異能』とか『超能力』とか呼ばれる特殊な魔法を、彼女は体得していたのだよ」
そこまで語ると早河は小さく息を一つ。
「だからこそ、立栄君は笹原君をパートナーと決め、戦うことにした。けれど彼女は大怪我をして、その余波で大半の能力を失ってしまった」
「大半、というのは――」
「彼女が所持していたのは、大気中に存在する魔力を取り込むという技法だ。それを用い、彼女自身中学時代はありとあらゆる属性、系統の魔法を使用することができた」
「……すごい、ですね」
「ああ。もっとも笹原君自身目立ちたい性分ではなかったためか、その能力をひた隠していた。学校では現在も使用している、自分の魔力だけで構築できる炎と雷の魔法だけを使用していた……そして立栄君と出会い、彼女を援護するべく力を解放した」
「だから、立栄さんは笹原さんの申し出を受けた?」
「そうだ……私達としても、驚異的な魔法使いが二人……この上ない戦力として、受け入れた」
早河の目は遠い。過去を思い出し、感傷に浸っている。
「そして、事件が起きた。とある事件で笹原君は大怪我を負った。それは研究所で暴走した魔法使いを取り押さえるのが目的だったのだが、その時立栄君を庇って笹原君に魔法が直撃した」
「それで、怪我を?」
「ああ。しかもそればかりではない。暴走した魔法使いがさらに攻撃しようとした矢先、笹原君がオーバーフロー覚悟で魔法を使用し、その暴走を食い止めた。結果、彼女の体が大きく軋み――」
と、早河は沈鬱な面持ちで言った。
「彼女は所持していた異能が使えなくなり、また一度に使用できる魔力量が激減した」
「魔力量……?」
「彼女は無理に異能を酷使したためか、一気に魔力を放出しようとすると体に拒絶反応が出る。それであっても家屋を破壊する程度のことは容易にできるようだが……それまでのように魔法が使えなくなったのは間違いない」
そういう事情が――達樹としては驚く他ないものであったが、それを聞いてもまだ疑問が残った。
「俺は、そうした彼女と比べても、ずっと下ですよ?」
「……彼女の体は、そうした経緯があるためあまり無理をさせられないというわけだ。事件発生以後、今の所笹原君は魔法を使用できているし、今回のケースでも十分対応できている……しかし、懸念があるのは間違いない。申し訳ないが、そういう彼女を正式に起用するわけにはいかないんだ」
「だから、立栄さんは笹原さんを……?」
「そうだな、遠ざけようとしていた」
頷く早河。それで達樹は「わかりました」と応じた。
「そういうことなら、確かに俺に依頼をするのもわかります……けど」
「立栄君の許可がなければ、ということだね?」
早河が問う。達樹は深く頷いた。
「はい。それがなければ受けられません」
「わかっているさ。そこは私達の説得スキルが試される時だ」
と、早河は冗談めかしく言う。達樹はそれに小さく笑い、そして――
車が止まった。
「到着したようだな」
早河が呟くと、先んじて外へと出る。
「達樹君、頼むよ」
「……はい」
達樹はその言葉に小さく頷き、彼に続いて車外へと出た。




