特殊な魔法使い
――ここで時間は昼過ぎに遡る。
「……早河さん。つまり、時間が掛かるということですね」
舞桜は立ったまま電話の相手にそう確認を行う。すると、相手は『ああ』と答えた。
『大変不本意かもしれないが……現状、この魔法に関する情報が少なすぎる』
「わかりました……引き続き、調査をお願いします」
『了解した』
言葉を聞いた瞬間、舞桜は通話を切る。そして、小さく息をついた。
仕事が一段落つき帰宅し、リビングに入った矢先、携帯電話が鳴り響き先の報告を受けた。結果として成果がまるでなかった一日であったため、徒労感が胸の中に残る。
「……仕方、ないか」
舞桜はそう割り切ると、椅子に座った。今日は警察でひたすら魔法の解析の手伝いをしていたため、ずいぶんと疲れている。
「私を操る……か」
舞桜はふいに呟くと、テーブルの上で手を組んだ。
――調査結果として、もし魔法が発動すれば舞桜自身抗えたかギリギリのレベルとのことだった。もし後援会の要請を受けあの場に行ったとしたら、菜々子の言う通り危なかったかもしれない。
「……そういえば、私を操ってどうしようと思ったんだろう?」
そこで舞桜は首を傾げる。
「菜々子が録音した内容を聞くのも全力で止められたしなぁ……」
――彼らが何をしようとしたのか、という点については警察の面々もあまり踏み入れようとしなかった。舞桜としてはその辺りも含めて調査すべきだと思ったのだが、結局魔法の方を重点的に調べることとなり、有耶無耶になった。
「ま……いいか。けど、時間が掛かるとなると」
呟き、舞桜は思案を開始する。このままじっくり調べていては犯人の尻尾を掴むことはできないだろう。とはいえ、警察の調査が済むまで待っているのはまずい。
「……そう思って持ち出しては来てみたけど、どうするかなぁ」
呟き、舞桜は制服のポケットを探り、一枚の紙を取り出す。
それは、達樹や菜々子が後援会のアパートで発見した、魔方陣の描かれた紙。本日警察の人間が入り、押収したものを拝借した。
「うーん……でも、あまり役に立ったことはないんだよなぁ」
舞桜は腕を組み、紙を見下ろしながらなおも呟く。
「でも……私に関わることなわけだし……とりあえず、お願いしてみるか」
やがて決断し、舞桜は携帯電話からアドレスを検索。そこで『佐々木野乃』という名前を見つけ出し、通話ボタンを押した。
「さて……」
舞桜は電話を耳に当て、コールが始まる。それが三回鳴った所で、相手が出た。
『ハーイ! 舞桜ちゃん! 何? どうしたの? 寂しくて私の声が聞きたくなったの?』
――甘ったるい女性の声が頭の中を駆け抜け、思わず通話を切りそうになる。
『あ、今怒った? 舞桜ちゃん怒るの珍しいし、存分に罵倒してもらっても――』
「……野乃さん、話し始めていいですか?」
怒鳴りたくなる衝動を必死に抑えつつ、舞桜は尋ねる。けれど相手は不服のようで、
『えー? もう? いいじゃない、世間話しましょうよ。要件だけ話すなんてツマンナイ』
そう言って彼女は『むー』と唸った。同時に舞桜は相手が頬を膨らませている姿を想像する。子供っぽい言動なのだが、電話の奥にいる相手は三十手前のいい齢の女性であり――舞桜は、なんだか頭を抱えたくなった。
「……話、いいですか?」
改めて問う。電話を掛けたのは舞桜自身だが、この時点でかなり後悔していた。
『……仕方ないなぁ。で、話って何?』
ようやく本題に入る――が、相手はすぐに話の腰を折る相手であるのは舞桜自身しっかりと理解しているので、慎重に、言葉を選ぶように口を開く。
「……野乃さんのことですからもしかすると把握されているかもしれませんが……昨日、事件が発生しました」
『ああ、知っているわよ。光陣学園の生徒がやらかしたんだって?』
何の気なしに彼女は語る。本来は警察が秘匿するはずなのだが――彼女には筒抜けといってよかった。
「……いつものように旦那さん情報ですか?」
『うん、そう』
「あの、差し出がましいようですが……旦那さんに言わない方がいいと伝えてくださ――」
『あー、はいはい。わかったわよ。で? 私の能力を使うのよね?』
「はい。資料はあるので、これで少し調べてもらえないかと」
『いいわよー』
あっさりと答える相手。加えカラカラと、ストローでコップの中の氷をかき回すような音が聞こえた。彼女は好物はアイスコーヒーなので、それでも飲んでいるのだろう。
「時間はどうします?」
『今からでもいいわよ』
「わかりました」
そう言って、舞桜は通話を切った。
「当てになるかどうかわからないけど……ま、やってみるしかないか」
嘆息しつつ呟き、舞桜は立ち上がる。そして制服姿のまま、リビングを出て玄関へと歩き始めた。
舞桜と女性――佐々木野乃は、とある事件で知り合ったことをきっかけにして、親交が深まった。
事件といっても大したものではなく、舞桜が中学生の時、張り紙に出されていた飼い犬を見つけ出したのが原因だ。家に犬を家に連れていくと礼を告げられ、食事を共にし――そして、彼女の『夢見』の能力を知った。
「役に立たないものよ。だって、飼い犬一匹見つけられないもの」
そう言って苦笑する彼女であったが、舞桜は時折調査などで煮詰まると彼女の能力に頼ることがあった。役に立つこともあったし立たないこともあったが、舞桜としては手掛かりを得る一つの手段であるのは間違いない。
――彼女は学園のOGであり、現在は専業主婦として忙しい毎日を送っている。そして彼女が持つ『夢見』は、光陣学園在学中に習得した特殊魔法であった。
時折、彼女のように通常の魔法とは異なる技能を身に着ける人物が現れる。普通はそういうものを手に入れたら学園に報告するのだが、彼女の場合は卒業間近ということもあり誰にも話さず学園を出て、やがて結婚。そして偶然犬を助けた舞桜だけに知らされた事実であり、警察はおろか菜々子にも話していない。
もっとも、極力魔法について話さないと彼女から言い含められてはいた。既に魔法と縁の無い生活を送る彼女にとっては、周知されたくないとのことだ――
「さて……」
舞桜は玄関前に辿り着くと、呼び鈴を押した。結構大きい家。彼女の結婚相手は警察関係者であり、だからこそ彼女は昨日の事件を把握していたというわけだ。
おそらく喋るのは、旦那が彼女の能力に頼っているからではという推測が成り立つのだが――舞桜はとりあえず、考えないことにした。
ちなみに気配を薄めて周囲の人に見咎められないよう配慮している。こんな平日かつ昼間に制服姿の人物がうろついているなれば、怪しまれてしまう。
「はーい」
元気の良い声と共に、扉が開く。奥から出てきたのは眼鏡を掛け、長い黒髪を垂らし、適度に化粧をして知的なイメージすら与える白い肌の女性で――
「どうも」
魔法を解除し挨拶をする。すると、
「わー! いらっしゃい!」
見た目とは裏腹なテンションで突然舞桜に抱きついた。
「あー、久しぶりね舞桜ちゃん。会いたかったわー」
「……あの、野乃さん。入れてもらえません? こんな所に立っていたら怪しまれます」
舞桜は彼女に抱きつかれ身を任せつつ言及する。
「あ、そうね。ごめんなさい。入って」
野乃はすぐさま抱きつくのをやめ、舞桜を通した。
広い廊下からリビングへと入る。広さは舞桜の家と比べ五割増し程度。野乃が綺麗好きな故か、中はピカピカで綺麗に片付けられている。
「あ、何か飲む? おやつとかいる?」
「……どのくらいかかりそうですか?」
「いつものように、一時間くらいかな」
「それなら別に平気ですけど――」
舞桜は首を左右に振ろうとしたのだが、野乃がそれを押し留めた。
「それじゃあ冷蔵庫の中とか適当に漁っていていいから。で、物は持ってきた?」
「はい」
頷いた舞桜は、魔法陣の描かれた紙をポケットから取り出し、野乃へと見せる。
「これです」
「ふーん……うわ、なんだか難しいことやっているのね、舞桜ちゃん」
「私が書いたわけではありません」
「そうなの? まあわかったわ。これに関する『夢見』をすればいいのね。それじゃあ待っていて」
彼女はにこやかに応じると、くるりと背を向け歩き出す。
「さっきも言ったけど、冷蔵庫の中身とかは自由に……あ、けど上の方に入っているケーキだけは勘弁して」
「食べたりしませんから安心してください」
「そう? じゃあ待っててねー」
彼女は言い残し部屋を出る。さらに階段を上がる音が聞こえ――舞桜は、小さく息をついた。
「……とりあえず、一時間か」
小さく零すと同時に、手近にあった椅子に座る。
「何か飲むにしても、ここの家ってアイスコーヒーしかないんだよね……」
チラリと冷蔵庫を見ながら零す舞桜。そして再度息をつく。
「ま、いいや。とりあえずこのまま待とう……」
そう言って軽く伸びをして――彼女の帰りをただ待つことにした。




