悪友の助言と奇妙な依頼
彼女達が過ぎ去った後、達樹は深いため息をついた。
「早速、命の危機に晒されたわけだが」
「大袈裟だな」
「大袈裟なもんか。半殺しの目にあっている男子の話は、聞いたことあるだろ?」
「あれは男子が手を出そうとしたからだろ?」
優矢はそう答えた後、話を戻した。
「で、達樹。来月の試験までにどう対処するつもりだ? 学業だけでどうにかなるなら勉強し続ければ可能性もあるが、実技の方はどうにもできない」
「……魔力をもう少しだけでも引き出せれば、どうにかできるんだけど」
「その少しが、果てしないわけだろ?」
「……そうだな」
優矢はそこで、手のひらを上にして右手を差し出した。
直後、彼の手の上にビー玉位の大きさをした青い光が生まれる。これは魔力の量や質を図るために行う、検査の一種。
達樹も右手を出す。少し間を置いて光が生まれた。だが、色は青色ではなく白色。そして優矢と比べ遥かに小さく種火のよう。さらには明滅し、今にも消えそうな光だった。
光を見て、優矢は自分の光を消した。
「魔力を引き出すのに時間が掛かる上、魔力の質が低いため白い光の色を変えることもできない。さらには量も多くないため種火程度しか作りだせないし、持続力も無いため明滅してすぐに消えてしまう――」
解説している間に、達樹の光は消える。
「正直、その魔力でここまで食いついてこれたのは、奇跡なんじゃないか?」
「……そう、なのかな」
達樹は息をついて腕を戻す。
確かにこの半年間は勉強についていくために必死に、そして実技で赤点を取らないように人一倍訓練を重ねてきた。だが、それでも才能という大きな存在が、努力の全てを徒労にする。
「達樹。別に魔法学科を離れたからといって、お前を腰抜け呼ばわりする奴なんていないさ。お前は頑張ったよ」
「端からもう無理だと決めつけないでくれるかな……」
答えながらも、達樹自身奇跡でもない限りはもう無理だろうと思っている。やはり身の振り方を考えないといけないのか――そんな風に考えた時、
「手が、ないわけじゃないんだが」
唐突に優矢が言った。達樹は反応を示し、友人を見る。
「手が、ないわけじゃない?」
「お前が魔法学科でずっとやっていきたいと思っているなら、の話だが。もっとも、プライドとか全部捨てないといけないぞ?」
そんな前置きをする優矢であったが、達樹は身を乗り出して尋ねた。
「何か方法があるのか?」
「そんな気合を入れるな……いや、簡単な話さ。魔力が少ないなら『増幅器』を使えばいいと考えただけだ」
「増幅器ぃ……?」
何を言い出すのか、という面持ちで聞き返した。
増幅器とは、魔法使いに適さない人間が魔法を使用するための道具。元々は警察などの治安組織が、魔法使いに対抗するため開発した物だ。現在では警備会社などの民間機関で広く使用されている。
ちなみに魔法を行使するための物なので、基本的に一般人の使用は禁止されている。魔法使いに関しては、特に決められていない。というより、普通は使わない。
「まあ聞けよ」
優矢は手を広げ、解説を始める。
「達樹は当然ながら区分としては魔法使いだ。増幅器というのは、魔力が多量にある人間の使用を前提にしていないから、普通は魔力の流入に耐え切れずオーバーヒートを起こす。だから本来魔法使いには扱えない代物。だがお前だったら使えるかもしれない」
「魔力が少なすぎるから?」
「一般人に比べればお前だって多いから、少なすぎるというわけではないさ。ただ、お前の容量ならば、増幅器が耐えられるレベルだと思ってね」
優矢の解説に、達樹は押し黙る。
確かに増幅器を使用できれば、それにより魔法を使えるようになるだろうから、学科にいられるかもしれない。
「実際過去には、苦手な実技分野に対し増幅器を使用することで乗り切ったケースもある。校則違反ではなさそうだし、それを使えばどうにかなる」
「そりゃあそういう場合もあるだろうけど……実技全部にそれを適用する人間なんて前代未聞じゃないのか?」
達樹は聞き返した。実技に関する成績は、あらゆる分野で赤点だ。
「ああ、そういう例は無い。けど全て赤点を切り抜けられるはずだ」
「だけど、白い目で見られることは覚悟しろ、と」
「言っただろ? プライドを全て捨てる必要があると」
達樹は優矢の提案に渋った。
増幅器を身に着け魔法学科に居続ける人間など、聞いたことが無い。そんな借り物の力で魔法を使うなど、才能がないのを認めているも同然である。当たり前だが、白い目で見られるだろう。
「まあ、これは最終手段だな。ただし、後一月しか猶予が無い達樹にとっては、すがれる唯一の方法とも言えるか。ただ、まあ……メリットは少ないだろうな」
優矢は続ける。彼の言う通り、増幅器を使用してまで学科にいるのは無意味に等しい。
そんなことをして残ったとしても、成績は赤点を切り抜けられるだけ。さらに言えば、上を目指すなんて夢のまた夢。鬱屈した未来が待っているのは、確定的だ。
(……けど)
しかし達樹は、そうした未来が待ってたとしても、魔法学科に残りたいと思っていた。
「なあ、店とかわかるか?」
達樹が質問する。優矢は即座にニヤリと笑みを浮かべた。
「ああ。一番のおすすめを紹介してやろう」
「というか、なんでお前がそんな店を知ってるんだ?」
「友人に頼まれたことがあったんだよ。増幅器を使ってみたいという親戚の話だ」
「おい、一般人への使用は禁止なんじゃないのか?」
「心配するな。良いものが見つからなかったから何も渡していない。だが、店を調べていた経緯があって、いくつか魔法に関する研究の話とかを教えてもらっている」
彼にとっては情報屋みたいな扱いらしい。
それから達樹は、優矢から店の名前と住所を教えてもらう。全て聞き終え時刻を確認すると、昼休みの終了の十分前だった。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。優矢はどうするんだ?」
「次の授業は休みだ」
「そうか。ゆっくりしていけよ」
言って達樹は席を立ち、教室へ向かう。
魔法学科は研究所に勤務する人間が教鞭を取っていたりするため、時間が合わないケースもある。そのため魔法学科だけは日本的な高校のカリキュラムではなく、大学のように自分で授業を組むスタイルとなっている。クラスと言う概念は無いし、自由だった。
「そういえば次の授業、小テストがあったな」
達樹は呟きながら――優矢に教えてもらった店を思い浮かべつつ、教室へと急いだ。
達樹は魔法学科に残りたいと思っている――けれど、増幅器の使用に多少の迷いはあった。だが見て回るくらいはいいだろうと考え、授業を終えた夕方、優矢に教えられた店へ赴いた。
「えっと、ここかな?」
学園の目抜き通りから路地を何本か通り、さらにいくつか角を曲がった所に、その店はあった。
見上げると『青井商店』と書かれた木製の看板が一つ。昔ながらの店を改装したのか、引き戸式の古めかしい扉が入口となっている。
「すいません」
達樹は恐る恐る扉を開け、呼び掛けてみる。
中は光量の少ない円形の蛍光灯が、室内を照らしている。さらに店内は電化製品や雑貨が所狭しと置かれ、入口正面の通路以外は、物品で埋め尽くされていた。
正面奥には、机に突っ伏して眠っている店員らしき人物が一名。達樹は静かに中に入り扉を閉めると、ゆっくりと店員へ近づく。
「あの……すいません」
再度声を発すると――相手が気付き顔を静かに上げた。
見た目二十代半ばの男性で、伸びた黒い前髪を鬱陶しそうに払う。そして美形と言っても構わない端正な顔立ち。とはいえ、寝起きのため半眼になっている彼は、あまり様になっていない。
「ああ……いらっしゃいませ」
やや高めの声で彼は応じると、上体を起こし伸びをした。
達樹はじっと彼の言葉を待つ。相手は軽く肩を回した後、視線を送った。その時彼の瞳が達樹を捉え強い光を放つ。
「増幅器をお探しかい?」
だがそれはほんの一瞬で、しっかりとした声で質問した。
「はい」
先ほどの視線を気にしつつ、達樹は素直に頷いた。
「誰からこの場所を聞いた?」
「友人から」
「友人? 名前は?」
「北海優矢という人物です」
「ああ、彼か」
納得した声を上げ、彼は達樹を観察するように見据えた。
「彼の友人か……ふむ、制服から光陣学園の生徒……それに、彼の友人という話から魔法学科の人間のはずだね。なぜ増幅器を?」
「……それは」
改めて問われると、達樹はどう答えていいか逡巡する。自分から成績が低い、落第寸前だという事実を話すのは、やはり抵抗がある。
そんな様子を見た男性は、達樹に待ったをかけた。
「いや、話しにくいのであれば無理には聞かないよ。まあ、色々と理由があるんだろう。私としては君が増幅器を健全に使ってくれればそれでいいんだ。優矢君のこともあるし、信用しよう」
「……ありがとうございます」
「さて、それじゃあどんな増幅器をお望みか聞くとしようか」
言うと彼は立ち上がった。意外に長身。百八十センチくらいの高さで迫力がある。
「ああ、その前に自己紹介しないといけないな。私の名前は青井神斗。増幅器の卸と販売をしている。よろしく」
彼は言うと小さくお辞儀をして、続きを話す。
「まずはいくつか訊きたい。予算はあるの?」
「お金がないのは制服姿を見てわかるかと思います。なので今回は増幅器の相場がどのくらいかを見に来たんです」
達樹の言葉に青井は「なるほど」と答えた。
「知識を仕入れに来たわけか」
言うと彼は、店内を見回し始めた。その間に達樹は考える。
増幅器というのにはバリエーションがあり、腕輪状の物や、剣といった武器のような物まで様々ある。問題は値段がわからないこと。だからこそここを訪れた。最初にこの店を選んだのは、優矢がイチオシする店であったためだ。
「うーん、そういう話だとどうするかな……この辺りとかはよさそうだけど」
青井はガサガサと辺りを漁り始める。しばらくその様子を眺めていると、彼は唐突に達樹へ向き直った。
「そういえば、魔力の総量とかはどうなんだい?」
その言葉に、達樹は黙って右手を差し出し、検査の光を生み出した。優矢に示した時と同じようにか細く、明滅する白い光。
それを見ると、彼は口元に手を当てた。
「ふむ、なるほど。魔力の総量的に魔法使いとしては小さいけど……でも、それだけあると普通の増幅器ではオーバーヒートを起こすね」
「やっぱり、無理でしょうか?」
ずいぶんと中途半端な魔力を持ってしまったらしい。これならば、無い方がよっぽど楽だったかもしれない。
「うーん、難しいけど……」
彼がそうコメントした時、光は消えた。
青井は光の消えた手のひらをじっと眺め、やがて口を結ぶ。
その時彼は、またも強い瞳を垣間見せる。達樹が少しばかり疑問に思い口を開こうとした――その時、彼は突如背を向けた。
「そうだな。少し待っていて」
声のトーンがやや低くなった。
彼はそのまま店の奥へと消えていき、店内に沈黙が訪れる。達樹は相手の態度に釈然としないながらも、戻ってくるのを待つ。
時間にして三分程で、彼が現れる。手には何か持っていた。
「魔力の大きさから考えて、通常の増幅器の使用は難しい。けど、これならいけるかもしれない」
彼は手の物を見せる。それは腕に巻きつけるような黒いバンドで、長さはそれぞれ十センチ程。それが四つ。
「これも増幅器ですか?」
「持っている魔力に反応して身体を強化する増幅器だ。相手の魔力に反応し、体を動かす機能とかも備わっている」
彼は増幅器を差し出した。達樹は流されるまま受け取り、まじまじと見つめる。
「バンドを上腕とふくらはぎに付けるんだ。試してみるといい」
説明はそれだけだった。
達樹は言われるまま腕をめくり、上腕にバンドをはめる。伸縮性があるため、簡単に着けられた。そして同様にふくらはぎにも着ける。
「着けたね。それじゃあ、早速やろうか」
「は? 何を?」
「試運転」
彼は言うと、手近にあったブレスレットを手に取り、それを右腕に着ける。増幅器の類なんだろうと思い見守っていると、彼が近寄る。
正面まで来ると、青井はいきなり拳を放った。その行動に達樹は戸惑い、反応できず――次の瞬間、いきなり自身の左手が動いた。
パアン! と、拳を弾く音が店内に響く。音と共に達樹は慌てて青井から距離を取った。
「い、一体何を……?」
「うん、成功だ」
動揺する達樹を尻目に、彼は真剣な眼差しで言った。
「今のは……」
達樹は驚き、青井へ問う。
「自分の両手両足を確認してみて」
言われるがまま体を確認する。いきなりのことで気付かなかったが、バンドをはめた部分がほんの少し熱を帯びている気がした。
さらに体全体が活性化しているのか、言い知れぬ力が湧き上がってくる。達樹自身はそうした経験がなかったのだが――それが魔力であるのは、理解できた。
「バンドが君の魔力を利用し、相手の魔力に反応して攻撃を迎撃する機能がある」
「そ、そうなんですか……」
達樹がバンドを見ながら答えると、青井は顎に手をやり呟き始める。
「うん。君の魔力なら十分機能が使えるようだし、大丈夫そうだ。この調子でいけば機具自体の開発も大分向上するし、モデルケースとしても最適。後は使用者の負担を掛けないように急進的な動きに魔力でカバーするようにセッティング……なおかつ魔力操作を微調整し、使用者本人にも設定を切り替えられるよう作り変えて……」
「あのー、もしもし?」
いきなり自分の世界に入っている青井へ、達樹が声を掛ける。すると彼は我に返り、こほんと一度咳払いをした。
「ああ、ごめんごめん。開発となるとつい熱が入ってしまって」
「これって、開発品なんですか?」
「いや、新製品のサンプル品。数か月後に販売される予定の品物だ」
言うと青井は、少し興奮しながら語り始める。
「実を言うと必要な魔力容量が少し大きめなのが難点で、使用者が中々見つからなかったんだ。それで、君がもし良かったらで、いいんだけど……この新製品のモニターをやってもらえないかな?」
「モニター、ですか?」
「うん。特別に代金はいらないよ」
達樹にとっては、願ったり叶ったりの要望であった。しかし疑問も残ったので、その部分を青井へ尋ねる。
「でもサンプル品って、何か問題とかありませんか?」
「新製品で売り出すと確定しているから、安全性については問題ないよ。そこは心配しなくていい」
「そうですか。では、いきなり故障するとかは?」
「安全性に加え耐久性もテストされている。使用途中に爆発するなんて真似は絶対にならないよ。良ければテスト結果とか見る?」
「いえ、いいです」
首を左右に振った。不安が完全に消えたわけではなかったが、商売をしている人間がここまで強弁する以上、下手な物でないだろうとは認識した。
「わかりました。お引き受けします」
「ありがとう……ただ、代金を取らない代わりに、頼みたいことがあるんだけど」
「何ですか?」
聞き返すと、青井はポケットから何かを取り出した。それは身分証のようなもので、彼の名前の他に『九秋研究所第一開発室』という所属名が書かれていた。
「え、九秋の人だったんですか?」
光陣市において、大きな研究機関の一つである。市に住んでいる人間ならば、知らない者はいない有名な機関だ。
「うん。こういうサンプル品の検証とかに商店に立ったりするんだよ。それで、頼みと言うのは、少しばかり非公式だ。あまり公にしたくなくてね」
「なぜ俺に?」
「サンプル品を渡したというのが解答だよ。私の目から見て、君が適任なんじゃないかと思って」
どういう根拠で言っているのかわからない。ただ彼は研究員であるため、何か思う所があったのだろうと、達樹は勝手に推測した。
「実は、この商店は知る人ぞ知る的な店なんだけど……」
「自分で言うんですか? それ?」
「自他ともに認めると言って欲しいな。とにかく、そういう店でよく盗難事件とか起きるんだよ。結構警察のお世話になっていたりもするし」
「はあ」
「それで、つい先日も小物が一つ盗まれた。実を言うとそれは増幅器の新たな試作品でね。使用条件に制約があるから使われる可能性は無いんだけど、それを盗まれたままだと私の立場がまずい」
「なぜですか?」
「試作品を商店に持って行ったことがバレる」
達樹は沈黙した。彼は結構研究所に隠れて色々しているらしい――すると青井は、弁明するように続ける。
「いやいや、待った。ほら、研究機関だけで検証するにも限界があって、ここで試しているんだよ。店頭に立っている時間もあるから」
「はあ……まあ、わかりましたけど」
何も言うまい、と達樹は思いつつ彼の言葉を待つ。
青井は仕切り直しと言わんばかりに、やや声量を上げて話し始める。
「それで、その盗品を取り返してきて欲しいんだ。サンプル品のテストにもなるし、一石二鳥だろ?」
「あなたにとって、ですよね」
達樹が発言すると、彼は苦笑いで応じた。
一石二鳥という言葉で煙に巻こうとしたのが明瞭だ。話の内容としては素直に頷けないのが、正直な感想だった。
増幅器の検証ならば、学校にある魔法使いの訓練場か何かで試せばいい。盗まれた品物を取り返す、という話から厄介事であるのは確定的。怪我をする可能性を考慮に入れると、メリットは一つも無い。
達樹は色々と思案しながら――さらに浮かんだ疑問をぶつける。
「えっと、それ以前に……俺なんかに頼むより、さっさと警察に行ったらどうなんですか?」
「それができないんだよ」
そう返された。なぜ、と達樹が問おうととした時、答えが発せられる。
「こういうサンプル品とか試作品とかに警察は目を光らせててね。場合によっては法律違反とかなんとか理屈をつけて没収される危険性がある」
達樹は再度沈黙した。何でそういう危険な物をこんな所に置いておくのか。
その心情を察したのか、青井は理由を説明する。
「ああいや、研究的な意味だよ? 爆発するとか人的被害が出ないように、色々とやっているからね?」
「……はあ」
疑わしげに相槌を打つ。なんだか胡散臭くなりつつある目の前の人物。優矢の勧めでなければ、バンドを床に叩きつけ帰っている所だ。
「これはサンプル品を渡す交換条件と思ってもらえればいい。それに一つ言わせてもらうと、君のように魔力を保有して使える増幅器はそれ以外に多分ないよ。他の店に行っても、徒労に終わるだけだ」
なぜか徒労、という部分だけは自信満々に告げる彼。さらに胡散臭さが強くなるのだが、達樹は何も言わない。青井もまた無言となる。
長い沈黙が店内に訪れる。そこで達樹は、自分の予算を思い出す。
ここに来て、店にある増幅器の値段なんかを色々と見回り、自分にとても手が出せない値段であるのを、はっきりと確信していた。つまり使える増幅器以前に、予算の関係で増幅器に手が出る可能性が、限りなく低くなってしまっている。
それに加え、サンプル品ではあるが新製品というのも気に掛かった。疑問に思う所はあるが、そういう物を使えるという部分は一応魅力的だったし、何より優矢の強い勧めもあった店であるため、ポイントも大きい。
達樹はしばし彼の言動と天秤にかけ――やがて口を開いた。
「盗まれたものを、取り返せばいいんですか?」
言葉に、突如青井の目が輝いた。次の瞬間達樹の眼前に迫り、いきなりバン! と両手を合わせる。
「お願いします! 人助けをすると思って!」
「いや……そんな頼みこまれても」
むしろこちらが感謝をするべきなのでは――達樹は思ったが、彼の拝むような言動にそれ以上言葉が出ない。
「頼むよ。色々と面倒を掛けるけど」
「……わかりました」
会話に乗せられた気もするが、乗りかかった船だったので達樹は頷いた。
そこで青井の顔つきが安堵したものへと変化し、今度はまくしたてるように話し始めた。
「それじゃあ、早速だけど仕事内容をメモで渡すよ。急で悪いんだけど、明日から調べてもらっていいかな。あ、それと何か連絡することがあるかもしれないから、住所とか教えてもらえる?」
「寮生ですけど」
「そこの場所で良いよ。あとはいくつか探すのに役立つ物とかも渡すよ。ああ、それと目的物の形状は、大きさ的にはビー玉を少し大きくしたくらいの青い球がついた、盾の形をしたペンダントなんだけど――」