突然の申し出
何度か聞いたことのあるものだったため、達樹は予測せずとも誰なのか理解しつつ首を向けた。
「どうも、塚町さん」
続いて菜々子の声。そう、親衛隊の一人である塚町緑だ。
彼女の後方には他の親衛隊達がいる。彼女達は沈黙したまま達樹に視線を送っている。
「珍しい組み合わせね。もう一人はどうしたの?」
「優矢のことか? さっき彼女と入れ違いに席を立ったよ」
「へえ、そう」
塚町は菜々子を見定めるように視線を送る。対する彼女は小さく肩をすくめ、
「現状、私達は何もしていませんよ?」
「ええ、わかっているわ」
言いつつ、彼女は後方に控える親衛隊へ首を向けた。
「先に行っていてください」
彼女の声に、他の親衛隊達は移動を開始した。それを黙って見送る達樹たち。
遠ざかるのを見た後塚町は顔を戻す。そして笑みを浮かべ、右手をテーブルにつけながら菜々子へ問う。
「立栄さんは現在仕事でしょう? 今日学校には来ていないみたいだし」
「そうなのですか……? 当然そういった情報も入ってきませんから、何も知りませんが――」
「本当に?」
妖しい笑みを浮かべる塚町。対する菜々子は何が言いたいのかと、首を傾げた。
「あの……?」
「彼女の友人であるあなたが、それを知らないはずがない……そうでしょう?」
事の核心――刹那、菜々子の顔に僅かなヒビが入る。
傍から見れば気付くレベルではない――しかし、塚町は見逃さなかった。
「顔になぜ知っているのかと書いてあるわね。言っておくけど、あてずっぽうで言っているわけじゃないの」
塚町は笑みを浮かべる。反面、菜々子はじっと彼女を見据えるだけ。
「実は昨日、偶然郊外に出る用事があって歩いていたら……警察が来ている場所があった。野次馬気分で観察していると、どうやら魔法に関する事件。しかも、あなた達二人がその場にいるじゃない」
(……見られたのか)
そういう可能性は十分あった――なのに、対策しなかった。達樹は僅かに後悔する。
「加えて一人、見覚えのある人がいた。ほら、白衣の女性がいたでしょ? 彼女は確か、立栄さんが懇意にしているお医者さんよね? 学園内で何度か見かけたことがある」
そこまで語ると、彼女は菜々子と目を合わせた。
「そしてタクシーに乗って、あなた達三人はどこかへ向かった。さすがに会話なんか聞き取れなかったけど、あのお医者さんと共に行動していた以上、立栄さんと何かしら関係があると思った。だから今試しに質問して……反応した」
どこか迫力のある笑顔を伴い、菜々子へ言う。
もし、誤魔化したりすれば他の親衛隊に話し――そんな風に語っている。事が露見すれば菜々子だけではなく達樹も面倒事に巻き込まれるだろう。そうなる展開は誰も望んでいない。
「……一つだけ、良いですか?」
沈黙を置いて、菜々子が問う。塚町は質問が予期できたようで、先んじて発言する。
「誰かに話す気なのかを質問したいんでしょう? もちろん口外はしないわよ……で、認めるのよね? 立栄さんと友人だって」
「……はい」
苦虫を潰した顔をしながら菜々子は承諾――途端に、彼女はテーブルから手を離した。
「良かった……これで、人員が確保できた」
「人員?」
達樹が訊き返す。すると彼女は小さく頷き、
「実は、立栄さんに関わることで厄介な噂があるの。それを調査しようと思っていたんだけれど、調査だから人数が必要……だから人を探していて、他ならぬ友人であるあなた達と出会えた」
「噂?」
菜々子が聞き返すと、塚町は頷く。
「笹原さんは知らないかもしれないけど、私は研究機関に努める父を持っていてね。昨日あなた達が関わった騒動についても、ある程度知っているのよ」
(娘に話すなよ……)
達樹は内心思いながらも、口には出さない。
「それで昨日の事件を引き起こした魔法は、破棄されていたはずのものだって話じゃない。それで一つ、思い当たる節があったのよ」
「それは、何でしょうか?」
菜々子が反応。興味を示したのは明確で、達樹は塚町を制止しようとしたが、
「学園内で、破棄した魔法を研究している部活があると……信憑性なんて無きに等しいから誰も相手にしなかったわけだけど、二人が関わった事件でそうした魔法を使用していたとすれば、本当なのかもしれない」
「……情報では、昨日の事件の主犯者は研究者から情報をもらったということですが」
菜々子が意見すると、塚町は頷いた。
「そういうことなら、研究員が個人的に保有している技術を、学園内に持ち込んで色々やらせていると考えることができる」
「なるほど……しかし、なぜ私達? 親衛隊の方々と話をしないのですか?」
「親衛隊の内情を知っている私から見れば、裏で何考えているかわからないから信用できないのよ。けれど、立栄さんと少なからず関わりのあるあなた達なら……少なくとも裏切りはしないと思って」
信頼できる、などと決して言わない。
(こちらも彼女の心情を全面的に信頼できるわけじゃないが……気になるのは事実だな)
胸中達樹が思っていると、今度は菜々子が問う。
「しかし、私達と手を組むのは嫌なのでは?」
質問に、塚町は「予想通り」と答えた。
「確かに今まで突っかかって来たのは事実だけど……一つ、言えることがある」
「何でしょうか?」
「あなたも私も、立栄さんのために活動している」
――沈黙が生じる。その言葉を菜々子は俯き吟味し始め、さらに達樹は同意した。
結局の所、全てそこに帰結する。彼女もまた親衛隊である以上、それは同義と言える。
「なれ合いを求めているわけではないわ。それに、私も打算的で首を突っ込む気だから」
「打算?」
嫌な顔をする菜々子。対する塚町は「ええ」と何でもないことのように応じる。
「親衛隊の中にも立ち位置というのが存在するのよ。で、それを上げるためには立栄さんに対し貢献するしかない、と」
「……そういうのは、隠しておくべきでは?」
「けれど今まで敵対していた人物がすり寄って来るなんて変だと思うでしょう? 警戒を解くには本音を告げないと」
「ずいぶんと、必死ですね」
菜々子の言葉に、塚町は肩をすくめる。
「その辺は同意する。で、調べるの? 調べないの?」
「……どうしますか?」
菜々子は達樹へ意見を求める。
「私としては気になりますが……」
「……いや、釘刺されたばっかりだろ?」
言いつつ、達樹は塚町へ口を開く。
「えっと、塚町さん。こういうのはさっさと警察に連絡した方が」
「噂で警察は取り合ってくれるの?」
「そう言われると……」
「まあ、あなた達が立栄さんに話せば信じてもらえるかもしれないけど……情報が噂だけだし、調べるのだって時間が掛かる。そんなことに立栄さんや警察を煩わせるわけにはいかないでしょう?」
(……それもそうか)
達樹は胸中で同意。彼女が話しているのはあくまで噂のレベル。何もない可能性の方が高い。
「達樹、ここは引き受けましょう」
そこで菜々子が提案。けれど達樹は難色を示す。
「いや、でもさ……」
「内容的には、学校の七不思議を調べるのと大差ありません。それに相手はあくまで部活をしている生徒。危険なことにはなりませんよ」
述べる菜々子の目に――ほんの少しだけ光。思い返せば昨日の騒動も菜々子の一人勝ちだった。彼女の技量があれば、学生などあっさり勝利できるだろう。
加えて協力するのは菜々子と共に優れた技量を持った塚町。戦闘面は万全と言えるかもしれない。
(まあ……学園内で色々と動き回っている程度なら、大丈夫か)
さらに達樹はそう帰結。とはいえ、余計な心労を加えるわけにもいかないので、舞桜に話さない方がいいだろう――そんな風に結論を立て、達樹は頷く。
「わかったよ。俺も手伝う」
「決まりね」
塚町は達樹たちを一瞥すると、くるりと体を反転させる。
「早速だけど、今日の放課後から活動を開始するわ。集合場所はここにしましょう。あと、寮の帰宅時間があるだろうから、正味一時間くらいしか活動できないと思うけど」
「それでいいんじゃないかな」
達樹は賛同。声を受けると塚町は「よろしく」と告げ、歩き去った。
「……正直、彼女から水を向けられるとは思いませんでした」
離れていく彼女を見ながら菜々子は一言。それには達樹も同意せざるを得ず、
「そうだな……何か裏があるような気も……」
「私達を罠にはめて、ですか?」
「そうなると、彼女もまたあの事件に関わっていることになるけど……後援会の連中とつるんでいるとは思えないし」
「そうですね……ともかく、放課後調べるということで」
「わかった」
達樹が承諾すると、菜々子は席を立つ。
「それではこれで」
「ああ」
菜々子もまた歩き去る。達樹は後姿を見送りながら、小さく息をつく。
「……心休まる暇は、ないってことか」
優矢達と関わるようになったためか。それとも舞桜に関わったためなのか――ともかく、新たな騒動に巻き込まれたのは間違いない。
「助けになりたいとか考えたこともあったけど、こうして騒動に出会うと何も考えないで学校生活送るのも良かったかもしれないな――」
呟きつつ、達樹は立ち上がった。
「まあ、今更言っても仕方ないか……とりあえず授業に行こう」
愚痴っぽい言葉を振り払い、達樹は歩き始める。同時に放課後の約束を思い出し、ほんの少しだけ不安になり気を紛らわすべく首を振り、教室へと向かった――




