廻り始める計略
第二話のプロローグ的なものとなります。
「――本当に、この魔法でどうにかできるんですか?」
とある一室。散らかり放題の部屋の中で、パーカー姿の男性が問い掛ける。
「ええ。けれど先も言った通り、準備が大切よ?」
応じたのは女性――男性と向かい合う形の彼女は、紙が山と積まれた高級デスクにもたれかかりながら言う。
「後は位置を間違えないように。その辺の誘導策はあなたに任せるから」
笑みを浮かべ、彼女はなおも語る。
女性の格好は栗色のブラウスに黒いデニム。そして上から白衣を羽織っている。髪は黒で腰まで届こうかというくらいに長く、ウェーブがかっているのが何より特徴的。
顔立ちとしては目元がはっきりしている、どこか気の強そうな美人。職業柄なのか化粧も控え目で、白衣を着ていなければ街で声を掛けられそうな人物――
けれど、男性は背中に嫌な汗が流れている。原因は――そう、彼女が発する、蠱惑的な笑み。男性を挑発するかのようでありながら、背中を向ければナイフで刺されそうな、恐怖を覚える笑み。
「どうしたの?」
女性が問い掛ける。男性はそこで彼女を注視していたことに気付き、慌ててかぶりを振った。
「な、何でもありません」
「そう?」
小首を傾げる彼女。けれど笑みは消えず、男性は萎縮してしまう。
「と、とにかくわかりました……計画は、こちらで頑張ります」
「そうね」
答え、女性はさらに笑みを向け続ける。表情は変わっていない。けれど、男性からは笑みがさらに深く、凄惨なものに変わった気がした。
「――これは、あなたが立栄舞桜を手に入れることのできる、最後のチャンスだと思いなさい」
煽る彼女――同時に男性は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「は、はい……」
言葉に一礼し、男性は部屋を退出する。そして廊下を歩きながら、
「何なんだよ……あの人……」
どこか不気味に思える女性を思い出し、呟いた。
* * *
「……さて」
男性がいなくなった時、女性は体勢を変えぬままデニムのポケットから携帯電話を取り出し、掛ける。
「……もしもし?」
そうして出た相手に、女性はフレンドリーに話し始めた。
「計画、これで完了したわよ。後はあなた次第だけど……ええ、私は悪いけどここまでね」
会話をしながら、彼女は笑みを浮かべる。先ほどまでとは雰囲気の異なる、どこか穏やかな顔。
「そうね……できれば協力してあげたいけど……ええ、わかっている。もしもの時に備えて、でしょ?」
問い掛けると、女性はわかっているという風に何度も首肯した。
「ええ……それじゃあね」
やがて、通話を切った。
それから女性は一度携帯電話を眺め、ポケットにしまう――ここに至り、彼女は再度蠱惑的な笑みを発していた。
「さて……見せてもらおうかしら」
傍観するように、遠い目をしながら呟く。
「あなたの本気を、ね……」
それは、一体誰に言ったものだったのか――女性は笑みを張り付けたまま、静かな部屋で一人佇んでいた。




