様々な顛末と、新たな決意
二人はそのまま空を駆け抜け、舞桜の家へと戻ってきた。そこで家で待機していた笹原達に出迎えられる。
「大丈夫か?」
疲労困憊の二人へ、日町が問う。達樹はソファに座らされつつ、頷いた。
「青井さん、ひとまず解決しました。事情を、説明します」
それから、舞桜が話を始める。同時に彼女が記録した映像も映し出される。その場にいた全員が驚愕する姿を達樹は見ながら、意識が遠ざかっていった――
――そして次に気付いた時、太陽の光が目に入った。ソファで眠っていたようで、体には毛布が掛けられている。
横を見ると、達樹を覗き見る舞桜の姿。眠ってしまったことに、達樹は小さく頭を下げた。
「ごめん……」
「気にしないで」
舞桜は苦笑しながら答えた。
達樹は身を起こしながら、リビングにある時計を確認する。午前九時を回っていた。
「さすがに、今日の授業は無理そうだな……」
「私も、同じく」
彼女は呟き、小さく欠伸をした。見ると、彼女は昨夜と同じ格好のままだった。
「今まで、どうしていたんだ?」
「事の顛末を説明した後、菜々子と日町さんを返した。それから青井さんと一緒に警察に行って、事情を説明。それで、いま戻って来た所」
「ごめん、立ち会えなくて」
「ううん。そこは私がすべきところだから」
彼女は首を左右に振る。
「それに達樹が立ち会うと、とんでもないことになるから」
「とんでもない?」
「親衛隊の人が……」
苦笑しながら述べる彼女に、達樹は合点がいった。
「ああ、そうか。俺が周りの人間にこんなことをしていたのを、話すのはまずいのか」
「うん」
舞桜はしっかりと頷いた。達樹は仕方ないと心の中で思った。
結局騎士だと言っても、舞桜と達樹の間に埋められない程の大きな壁が存在している。今回はたまたま達樹自身に役割があったため一緒に戦ったが、それはあくまで秘事とすべきものであり、日常とはかけ離れたものであるべきだ。
「確かに、友人や親衛隊の人に追い掛け回されるのは、勘弁願いたいな」
「でしょ?」
彼女はどこか寂しそうな笑顔を見せた。それは達樹に何もできないという、自分の境遇を申し訳なく思っているのかもしれない。
そんな表情を見て、達樹は昨日の戦いを思い出した。
「……舞桜」
「何?」
「その……」
「どうしたの?」
口ごもる様子に、舞桜は首を傾げる。
その表情を見ながら、達樹はどうにか彼女へ告げる。
「昨日の戦いで言ったことは、俺の本心だから」
それだけ、言った。すると、彼女は小さく頷いた。それはどこか、嬉しそうに。
「達樹……ありがとう」
舞桜は多少伏し目がちに礼を言った。
「お礼をしなきゃなと思っていたんだけど……何も浮かばなくて」
「いや、いいよ。こうして舞桜と話すことができたという事実が、何よりの報酬だよ」
ちょっとばかり軽口を叩く。対する舞桜は小さく笑みを浮かべ、
「……それでよければ、いくらでも」
達樹へ優しげに言った。
「学校でも、今後よろしくね」
「よろしくと言われても……俺は、こんな中途半端な魔法使いだし、頼まれるようなこともないと思うけどな」
達樹は腕をまくり、バンドのはめられた腕を見せ、皮肉気に言う。けれど彼女は首を左右に振った。その瞳は、達樹を心から信頼している風に見える。
だからそれ以上は達樹も語らず、了承の言葉を告げた。
「……よろしく、舞桜」
「うん」
嬉しそうに、彼女は答えた。
達樹はそこで――彼女に認められたことで、色んなものが報われた気がした。
――その後、三石の事件は公となり、全国区のニュースとなった。青井他、研究に参加した人間の中で、彼に協力的だった人物はあらかたお縄となった。
そして当の三石は、あの爆発的な巨人の発生の中でも、生きていた。しかるべき罪が与えられ、やがて全てが終わるはずだ。
「ありがとう、西白君」
舞桜の家を離れた翌日、放課後に達樹は青井商店に赴き、彼からそう言われた。
「少し複雑な過程を経たけど、事件を解決できたのは君のおかげだ」
「いえ……俺もありがとうございます。これ」
達樹はバンドを見せながら言うと、青井は小さく微笑んだ。
「一応、私に関する報告をしておくよ。私は情報を渡したりしたため、保護観察付だけど、そのまま研究員として活動できることになった」
「そうですか。良かった」
「ただ研究に参加していた事実は変わらない。その償いは、しっかりしていくよ」
青井は語ると、今度は達樹の増幅器に目をやった。
「それで、増幅器なんだけど、たまにここに来て調整をするよ。君だって、まだ強くなりたいだろ?」
「いいんですか?」
「うん。特別にタダにする。君には大恩があるからね」
「ありがとうございます」
達樹は頭を下げた。魔法学科の生徒としていられるのは、間違いなさそうだった。
――そして、ごくごく普通の日常に戻る。
「で、達樹。どうにかなりそうなのか?」
「ああ」
校内の廊下を歩いている中、優矢に問われ達樹は頷いた。
「ただ、先生はびっくりしていたけど。増幅器使用ですか、って」
「それは、判定としてはどうなるんだろうな?」
「先生は何も言わなかったけど、減点くらいはされているだろうな」
達樹は肩をすくめ答えた。
しかし前提はどうあれ、課題はクリアできていたため、落第するような可能性は低くなった。
「そうか。なら、進級祝いとして、俺のおごりで昼食をごちそうしてやろう」
「お、マジか?」
「今月苦しいだろ? 訓練三昧で」
「……思い出させないでくれよ」
優矢は苦笑し――ふいに、彼の視線が前を向く。
「お、立栄さんだ」
優矢が言う。真正面から舞桜と、彼女を守る親衛隊が。
達樹と優矢は無言となって、すれ違おうとする。そして二人は、舞桜に会釈をした。
(――達樹)
そこで、達樹は舞桜からの念話をしかと耳にした。
(これからも、よろしくね)
それだけだった。見た目上会話はなされず、何事も無く通り過ぎる。
しかし、彼女が視界から消えた後、
「……ああ」
小さく頷いた。
「どうした?」
気付いた優矢が問う。達樹は手を振って応じる。
「いや、何でもない」
誤魔化して、歩き始める。
それと同時に、達樹は以前の決意を思い出す。魔法学科の人間に存在を認めさせる――そう決意をして、最終目標が舞桜だと優矢から言われていた。
この状況は、その最終目標がいきなり達成されたのではないかと、考える。
(なんだか奇妙な話だ……けど、それで終わりじゃないよな)
もうあんな騒動に関わることはないかもしれない。けれど命を救われ、騎士として仕えようと決意をした達樹。
少なくとも彼女が事件で見せた、あの悲しい表情を出さないようにしたい。それだけは明確に感じていた。
(ま、だからこそ強く、か……)
いつか彼女を守れる立場を。また別の決意が生まれ、達樹は誰にも見咎められない中で、しかと気を引き締めた――




