彼女の正体
「立栄君、君に一つ問いたい。君は自分の生い立ちというものを記憶しているか?」
「何の話をしているの? そんなこと当然――」
「本当にそれは、正しい記憶か?」
「え……?」
舞桜の呟きに対し、首謀者定岡は両手を左右に広げ、
「君自身、そういった思い出があると主張するだろう。しかし、そうした記憶を証明する物……写真や動画でもいい。そういった物が、君の家に存在するのか?」
「そんなの――」
「実家にある、とでも言いたいのだろう? ならば問おう。君の両親がどういった人物で、どういう経緯で君を産んだのか……記憶の上で両親と会話をしていた記憶はあるだろう。ならば両親がどういった人物なのか話すこともできるだろう?」
――達樹は、背筋がゾクリとなった。
盗み聞きした内容。その時に推測したことが――まさか現実だというのか。
「あなたは、何を言って――」
「答えられないはずだ。なぜならそれは、作られた記憶だからな」
「舞桜を洗脳したとでも言うつもり?」
敵意を込め菜々子が問う。だが定岡はそれを否定する。
「洗脳? 違うな――これが、その答えだ」
手を上げる。同時、手嶋が何かを操作し、突如正面の容器の中がはっきりと見えた。
その奥にいたのは、人――蜘蛛の糸のような白い紐で体を覆い、容器の中央付近で目を閉じ佇んでいる。
容器の中は液体で満たされており――その顔つきを見て、達樹たちは一時絶句した。
「立栄君、君の正体を今ここで明かそう」
定岡が、容器の中に目を移す。
「全員、こう思っているはずだ……立栄舞桜君と同じ顔だと」
「これは――」
「先に言っておくが、立栄君のクローン人間などという話ではないぞ」
達樹が言葉を紡ごうとした瞬間、定岡は語る。
「むしろ同類――立栄君の素体名はDG‐1034。様々な魔法使いの遺伝子を融合させて構築した、この光陣市で生み出された人造の人間だ」
「……なに、を」
呻くように舞桜が言う。他の面々は、あまりの状況に絶句している。理解が追いついていない。
「例えばの話、君が誰かのクローン人間だという方がよかっただろうか。しかし残念ながら君ほどの力を持つ魔法使いは存在していなかった……よって研究者は、作るしかないという結論に至ったようだ」
「――そして研究は、まだ続いているとでも言いたいのか」
達樹が問う。ほぼ全員が思考停止した状態の中で、唯一定岡に鋭い眼差しを向ける。
「その通りだ。現在はこの田上研究所が引き継いでいる」
「……こんなものを見せてどうする気だ?」
「言っておくが、この研究所の存在を口外すれば、立栄舞桜君だって無事では済まないぞ」
菜々子が舞桜に視線を送る――彼女が人造人間だとすれば、話は相当ややこしくなる。
「平穏は戻って来なくなる……君の功績を考えれば、君自身が許されるのは間違いないだろう。だがな、今君が持っているものは全て失われる。とはいえ、こうした陰謀を止められるのならば、本望か?」
誰一人何も答えられない――その中で、朗々とした定岡の声だけが響き渡る。
「立栄君、本来ならば君以外の面々にこの事実を見せようと考えていた。この研究所に招いたのもそうした理由だ」
「……全て」
ここで、またも達樹が口を開く。
「お前の、計画だったとでもいうのか?」
「私は、単純に立栄君の力を確認したいのだよ」
「何だと?」
「彼女に様々な事件をけしかけていたのは、色々な要因がある……が、一番の理由は彼女の本質を調べたかったからだ。本当の人間でない彼女が、どういった生活を送り、どう事件に向き合っているのか」
本当の人間でない――その言葉にビクリと舞桜は体を震わせる。
惑っている。その時、達樹の心の中には一つの思いが宿る。
「彼女の力……その全てを君達を通して見れるものだと思っていた。君達に見放され、絶望し、その結果……私達はある行動に移そうと思っていた」
「この容器に入っている人間が、関係していそうだな」
「人間などと呼ぶな。こいつはただの実験体だ」
達樹の胸に怒りが宿る。
「ああ……なるほどな。その言動で、お前がどういうスタンスなのかは理解したよ」
「ならば、どうする?」
「ここで叩きのめして、お前の目論見を全て潰す」
「立栄君はどうなる?」
――達樹は一時沈黙を置いて、はっきりと告げた。
「どんな時だって、支えるのがパートナーというもんじゃないのか?」
その言葉に、誰もが達樹に視線を向けた。
「お前のやりたいことはわかったよ。つまり、この事実を見せつけ舞桜を孤立させようって話なんだろ?」
「そうだな、そういう意図もあった」
「だが、それは成功していない」
「……君が相当彼女に入れ込んでいるというのはわかったよ」
「当然だろ」
達樹は言い返すと、定岡へ宣言する。
「舞桜がどういう存在であろうとも、俺の命を救い、そして共に戦ってきた人には違いない」
「達樹……」
「それで十分だ。あとは、パートナーとして支えるだけだ」
はっきりとした言葉に、他の面々も落ち着きを取り戻した。
「――こういう場合は、シンプルに考えた方がいいだろうな」
最初に発言したのは、日町。
「彼女がどういった存在なのか……そんなことはどうでもよくて、私たちが今まで接してきた彼女のことを思い出せば済む話だ」
「ま、確かに」
同意の言葉を、祖々江が告げる。
「それに、これはチャンスだと思った方がいいな。首謀者が情報提供してくれたんだ。感謝しないと」
「同意です」
三枝が続いて発言した。
「立栄様、あなたがどういう存在であろうとも、私はあなたをお守りします」
「――本当は、いち早く私が声を上げるべきだったな」
そして最後に、菜々子が言った。
「舞桜、私たちの気持ちは変わらない……それだけは憶えていて」
「みんな……」
全員が舞桜の前に立つ――達樹にはわかる。全員が、彼女を護るべく戦う気でいる。
「……ならば、こういう事実はどうだ?」
定岡はさらに言葉を紡ぐ。まだあると言いたいのか。
「達樹君、君には姉がいたはずだ」
「――その言葉で、何が言いたいのかわかったよ」
達樹はにらむような視線を送りながら、言った。
「姉さんは、この実験途中で死んだということだろう?」
「冷静だな」
「ああ、冷静だよ……というか、姉の話がどういう風に結びつくかなんて、一つしか考えられないと思っただけだ」
達樹は怒りを隠そうともせず、続ける。
「それを利用しようとしたみたいだが……残念だったな」
「――ここに至る経緯をもう少し上手くやるべきだったな。そうすれば、君たちを立栄君から切り離せた」
「なら、どうする?」
「学園の中で随一の能力を持つ面々。単純に考えれば私が勝つのは難しい。だがまだ手は残っているよ」
その言葉と共に――ゴボリ、と水槽の中に存在している液体が揺らめいた。
「彼女を解放する、というわけか?」
達樹の問いに、定岡は首肯した。
「止めるなら、今のうちだぞ?」
「……そうやって言うからには、何か考えがあるんだな」
達樹は定岡を観察する。見た目、何も変化はない。
ただ、予測することはできる。豪語する以上はこちらが仕掛けることで――つまり、魔法を使用した場合変化が起こるということ。
達樹たちは定岡を物理的に拘束するのは難しい。取り押さえるにしても魔法がなければ辛いだろう。つまり、相手は魔法を使うのを待っている。
しばし、静寂が空間を支配する。達樹以外の面々も相手の魂胆を理解しているようで、沈黙を守っている。
均衡が破れられるとしたら――達樹が様々な可能性を頭の中で巡らせた時、変化が起きた。
ゴボリ、と再び水槽の液体が揺らめく。最初達樹は気にも留めていなかったが――やがて気付く。
水槽の中にいる少女の目が、開いていた。




