始まる事件
「ずいぶんと、厄介な話になった。以前話した以上に……」
男性は椅子に座り、頬杖をつきながら目の前の人物へと語る。
背にある窓からは陽が入り込み、彼の着る白衣を照らしている。年の頃は四十前後で、髪を茶髪にしているのが特徴的だった。
彼のいる場所は窓と、白い壁で構成された会議室。設置されたパイプ椅子に座り、沈鬱な表情で話をする。
話を聞く相手は、事の重大さを認識したのか唾を飲み込みつつ口を開く。
「三石さん。それが本当となると」
「ああ。もしかすると……場合によっては死亡事件になるかもしれん」
答えると、相手は険しい表情で応じた。
白衣の男性の話し相手はスーツ姿の男性で、見た目は彼と同じくらい。年齢相応の皺が、話を聞きさらに増しているように見受けられる。
白衣の男性は相手の表情を窺いながら、尋ねる。
「それで、早河さん。対応の方はどうだ?」
「こちらも対策本部を設置しようとしている。状況はどうあれ、発端は外部研究機関の告発だったからな。しかし魔法に関する事件……我ら警察も、慎重にならざるを得ない」
「状況が悪くなってしまい、申し訳ない」
彼――三石は謝罪する。すると相手である――早河は、首を左右に振った。
「構わないさ。それで、魔法使いの動員の件だが、やはり彼女に任せる事になりそうだ」
「立栄君か」
「ああ、そうだ」
「彼女に荷を負わせるのはあまり気が進まないな……まだ学生だろう? 他に人間はいなかったのか?」
「警察内で彼女以上の魔法使いはいない。想定しうる状況に対応できるのも、彼女だけだ」
「そうか……事件を早急に解決するには、それがベストかもしれないな」
三石の言葉に、早河は頷く。
「ひとまず、こちらも最善を尽くす。三石さんも、新たな情報が来たら連絡を」
「ああ。何かわかったらそちらへ行ってもいいか? 立栄君とも話がしたい」
「ああ、大丈夫だ」
早河は頷き、部屋を出て行った。それからしばらくして、三石はため息をつく。
「つくづく、面倒な話になった」
呟くと立ち上がり、振り返って窓の外を見た。会議室は五階であるため、見下ろす形となる。
下には白衣を着た若い男性が数名、歩きながら談笑していた。それは三石の研究に参加している男性達。
彼は何かを思い出すように、研究員をじっと眺める。
「……さて」
少しして目を離し、歩き始める。事を素早く収めなければならない――心の中で断じると、静かに会議室を出て行った――
* * *
――早河が説明すると、藍色を基調とした制服姿の彼女は驚いた表情を示した。
白い肌と、長い茶髪を三つ編みによって一本にまとめているのが特徴的なその女子は――目の前に置かれた紅茶に口をつけることなく、聞き返す。
「事件に……ですか?」
「ああ。概要すら聞いていないのか?」
場所はとある喫茶店。彼女は小さく頷いた。
「はい。最近会ってもいないんです」
「ふむ、誰にも話さないとは」
早河は腕を組み憮然となった。彼女はそこで小さく嘆息した後、紅茶を一口飲み早河から聞いた話を頭の中で思案する。
その間も、早河の話は進む。
「まあいいさ。立栄さんもいきなり仕事を始めてしまったため、忙しいのかもしれない。笹原さんも、留意しておいてくれ」
「わかりました……ですが、警察の人はどうしたんですか?」
彼女が思考を中断し尋ねる。すると、早河は嘆息した。
「事件の大きさや危険性を考えると、警察に適任者はいない。それは君もわかっているはずだ」
「そうですか」
彼女――笹原は少し口を尖らせた。早河はすまなそうに首をすくめると、さらに続ける。
「いち早く彼女に頼らない状況を、警察にも作るよ」
「……お願いします」
早河は彼女の言葉を聞き頷くと、席を立った。
「会計は済ませておく」
そう言って、早河は店を出て行った。
一人取り残される笹原。早河の話を思い起こし、再度考える。
「どう、しようか」
少し逡巡し――やがてポツリと、呟いた。
「こういう時に助けるのが、友人だよね。まあ、怒られるかもしれないけど……」
苦笑しつつ、席を立つ。そして去って行った早河にも話をする必要があると思った。
彼女は早河の後を追うために、少し早足で店を出た。心の内に、決意を秘めて――