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【01】月光は部屋を満たす暗闇に及ばなかった

 目が覚めた時、水都はベッドで寝ていた。ベッドとは言っても普段眠るのに使っている物ではなく、見覚えの無い物だ。暗くて良く見えないが、天蓋が付いている辺り、かなり立派なベッドらしい。

 水都は辺りを見回してみた。薄暗くて分かりにくいが、どうやら何かの建物の一室のようだ。結構広い。大きな窓を見付けたので水都はベッドから降りて歩み寄る。頭が、身体全体が少しふらついた。

 窓に片手を付いて外を眺めると夜の街が一望できた。同時に水都はこの部屋が暗い理由を知った。

 この部屋は都心を一望できる。大企業の高層ビルも含めて全てをだ。……つまり、この部屋はとんでもなく高い位置にあるのだ。地上何百メートルだろうか? 三百メートルは軽く超えているだろう。四百メートル近いのかも知れない。そして、水都はそんな建物を一つしか知らない。

 謎秘められし塔《ヒドゥン=ストラクチャ》……ここはその中の一室。そうとしか考えられなかった。

 虚ろな記憶の糸を手繰り寄せればそれな一目瞭然。全身を襲った衝撃、音を放つスタンガン、そして一つの人影。それらはヒドゥン=ストラクチャの傍での出来事。

 どうやら何者かに気絶させられて拉致されてしまったらしい。しかも謎まみれのこの超高層ビルに。

 水都は嘆息した。その顔には『厄介事に巻き込まれちまったよコノヤロウ』という感情がありありと顕れていた。




 窓から差し込む光は月光のみ。満月の贈り物は辛うじて水都に視界を与えてくれるが、部屋を支配する闇には敵わない。相も変わらず薄暗い部屋を慎重に歩いて水都は自分が眠っていたベッドへと戻った。……そこで気付いた。

 ベッドにはもう一人の人間が眠っていた。その人影は黒い長髪で、整った顔をしていて、服装は可愛らしくお洒落で。まあ要するに、美少女がそこには眠っていた。

「えええぇぇっ!?」

 水都は暗闇の中、ざざっと後退った。頭の中を様々な思考が駆け巡る。

 『何、俺何かした!?』、『もしかして、もしかしちゃうんですか!?』、『いやいや流石にこれはマズいでしょう!』、『逮捕? もしかして俺逮捕?』、『ああ、俺の人生終わったな』等々。人より優れていると自負している頭は駆け巡る思考でパンク寸前だった。

 一人で勝手に混乱している水都を他所に、ベッドで眠っていた少女がもぞりと動いた。そして、ふと目を開ける。

「……あれ」

 小さく呟いた。水都の耳には入らなかった。




 琉実奈は目が覚めるとベッドに寝ていた。普段使っているベッドとは異なる感触は少し変な感じだった。暗闇の中、朧げに見える天蓋はこのベッドが豪華な物であると証明しているのかもしれない。

 上体をベッドから起こすと身体が少し軋んだ。朧げな記憶の糸を手繰り寄せて、自分が何者かに気絶させられた事を思い出して……。

 そして、ベッドの脇では一人の少年が頭を抱えていた。黒色の髪を首が隠れる程度まで伸ばしている少年。結構顔も整っていて異性にはモテそうだったが、何やらブツブツと呟いている様は見るからに怪しかった。琉実奈は試しに声を掛けてみる。

「あの」

 びくぅっ、と少年は琉実奈を見た。暗くても目が泳いでいるのが良く判るのが何だか奇妙で、琉実奈は少し笑った。

 ……いきなり気絶させられて拉致されてベッドで目を覚ませば普通の女性はもっと騒ぐのだろうが、この状況で笑える辺り琉実奈は随分肝が据わっているようだ。……もっとも、まだ幼いからなのかもしれないが。

「ええと、あなたが私を気絶させたんですか?」

「……はい?」

 琉実奈が率直に訊くと、少年は身体を硬直させて一言そう言った。

 暫くの間、沈黙が暗い部屋を支配した。




「まあ、つまり何だ。お互い気絶させられて拉致されたわけだね」

 水都は溜息をついた。状況を確認すればする程今の状況が悪いものに思えてくる。いや、拉致された事が悪い状況以外のものになるはずも無いのだが。

 ここがヒドゥン=ストラクチャの中という事は水都と少女を気絶させたのは、もちろんヒドゥン=ストラクチャの人間という事になる。しかし、何故?

 ……考えても結論なんて出るはずも無く、水都は考えるのが馬鹿馬鹿しくなって止めた。

 何が起こるかは分からないが、何かが起こるまでは動く事もできない。

「あ、そういえば」

 ベッドの上、隣に腰掛けた少女が不意に口を開いた。

「どうしたの?」

「私が寝てる間に何もしてませんよね?」

 にこやかに少女は訊いてきた。不意を突かれた水都は驚いてベッドから滑り落ちた。滑り落ちながらも首を全速力で横に振って否定する。その光景が可笑しかったのか、少女はくすりと笑った。

「冗談ですよ」

「さいですか……」

「ところで、お名前は何て言うんですか?」

 少女は何事も無かったかのように言い、水都は疲れたように言った。ベッドによじ登って座り直して水都は質問に、

「俺は雨城――――」

 ばたん。

 答えようとしたが扉の開く音に遮られた。先程開けようと試みた扉だ。鍵が掛かっていてさっきは開かなかった。

 開いた扉から人影が二つ入って来た。相変わらず部屋は暗いため、良く見えないが何かを羽織っているようだ。頭もフードを被っているのか、奇妙な影になっている。

「お目覚めかな?」

 低い男の声だった。決して若いとは言えない声だ。

「お目覚めですが、ここには電気も無いんですか。暗くてまだ寝てるように感じるんですが」

 水都はキッパリと慇懃な口調で答えた。少女も同意するように頷いている。

「それは失礼」

 男はもう一人の影に目配せした。影は頷き、どこかに連絡を取る。その声から察するに、若い男だった。

 と、いきなり明かりが灯った。暗闇に慣れていた目を光が焼く。何度か目を瞬いて目を慣らし、二人の男を見る。

 改めて見ると、二人の男は奇妙な服装だった。青いフード付きローブを纏っているというだけなのだが、それはやはり一般人である水都からしてみれば奇妙な事この上無かった。少女も二人の服装には軽く驚いたようだ。

「さて、明るくなった所で付いて来ていただきましょうか」

 年上の方の男は扉を指し示して言った。水都は首を傾げる。話が飛躍し過ぎている気がした。

「何で付いていかなきゃいけないんですか?」

「それが貴方達二人の使命だからです」

 沈黙。

「…………はい?」

 水都は再度混乱する羽目になった。突然スタンガンで気絶させられて、ヒドゥン=ストラクチャの中に拉致されて、見知らぬ少女と会って、青いローブの変なオジサンに手招きされる……。それが自分の使命だと言われると人生が馬鹿馬鹿しく思えて来た。不思議だ。

 言うまでもなく少女も混乱している。困惑して首を傾げる姿は光の下に見ると中々、いや、かなり可愛かった。

 そんな事お構い無しに年上男は部屋から出て行ってしまった。

 若い男に目配せされ、何をすべきか良く分かっていない二人は部屋から歩み出た。そうするしか無かった。




 部屋を出ると廊下だった。廊下にも明かりは灯っている。学校の廊下よりは幅の広い廊下にはあちこちに扉がある。流石は超高層ビル。部屋の数も多いらしい。

 男に付いて行くとエレベーターがあった。六基あるエレベーターは一応全て稼動しているが、階数表示を見る限り誰も今は使っていないようだ。

 男はボタンを押してエレベーターを呼び出す。どうやら上へ行くらしい。暫く経ってエレベーターがやって来た。中へと入ると男は最上階を指示する。途端にエレベーターは上昇を始めた。中々速いエレベーターだった。

 最上階に辿り着いて四人はエレベーターを降りた。さっきいた階とは明らかに異なる構造だ。真っ直ぐと伸びた廊下。両脇の壁には扉の類が無く、直線の終点、突き当たりに豪奢な扉があるだけだった。

 監視カメラが熱い視線を投げ掛けて来る。そういえばさっきの階にもカメラあったな、と水都は思った。謎秘められし塔は警備も万全らしい。

 突き当たり、豪奢な扉の前で四人は立ち止まった。ここは特別ですよ、というオーラがやたらと扉から放たれている。

「ご無礼の無いように、よろしくお願い致します」

 丁寧な口調で年上男が言った。

 水都と少女は思わず顔を見合わせたが、とりあえず頷いた。何が待っているのかは分からないが、行ってみないとこれからの行動指針も立てられない。

 少女の名前を結局聞けていないのが心残りだったが、後で聞けば良いや、と水都は心の中で呟いた。

 そして、扉は開いた。異様な雰囲気が溢れ出て来た気がした。




 遂に二人は踏み込んだ。

 さあ、始まりが始まる。

プロローグだけじゃアレだよな、と思って書いた1話です。楽しんでいただけたでしょうか。読んで貰えただけでも光栄です。ありがとうございます。さて、次回からが本当の始まりって感じです。最後の文章はそういう意味です。では、さようなら。次回はいつになるんでしょーか。余談ですが、長くなると校正めんどくさいですね、携帯だと。

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