【00】役者が喚ばれ、塔が舞台と化す夜
都心に一つの建造物があった。
大手企業の高層ビルが林立する都市の中、群を抜いて背の高い建造物。天を突くような高さの超高層ビルはある日都心の中心に建てられた。
忙しく道行く人々はその建物を詳しく知らない。中で何が行われているのか、知る者はいない。国のお偉方もその正体を語る事は無く、謎は深まるばかりだった。
いつしか、噂が流れ始めた。
あの中ではとんでもない実験が行われている。
実は政府が軍事のために建てた。
ただの技術力誇示目的。
様々な噂が飛び交った。 中には噂の真偽を確かめるためにその建物に忍び込もうとする人々もいた。……だが、その好奇心に駆られた人々が戻ってくる事は、無かった。
時間が経てば経つほど、謎は深まって行く超高層ビル。
いつしかこう呼ばれるようになった。
謎秘められし塔《ヒドゥン=ストラクチャ》、と。
雨城水都は夜の都心を歩いていた。明る過ぎる都心では夜空を見上げても星を見る事はできない。ただただ闇夜が広がっているだけ。確か今夜は満月だ。だが、その月は闇夜を突くように聳えている超高層ビルに隠れてしまっている。
水都もヒドゥン=ストラクチャの事は知っている。都心からは離れた場所に住んでいるが、ニュースで散々報じられていたので嫌でも記憶に残っている。
辺りは見渡す限り人まみれ。都心とは夜になっても人の量が減らない場所のようだ。ペースを落とさず人込みを潜り抜けて水都は歩く。近付いているためか、ただでさえ馬鹿みたいに大きいヒドゥン=ストラクチャの影が徐々に大きくなっていく。
とはいえ、水都はヒドゥン=ストラクチャに用は無い。都心に用があって出掛けて来て、今は帰り道。わざわざ都心まで出て来た理由は肩に掛けたカバンに入っている。
やがてヒドゥン=ストラクチャの前までやってきた。流石に高い。無駄に高い。辺りにはデモを行っている集団がいたりする。国はこの建物に関して詳しい調査をすべきだ、等々主張する人々は度々ニュースで取り上げられ、ヒドゥン=ストラクチャの知名度をさらに上げる事になった。
全く無関係な水都は構わず歩を進める。駅まであと十分程度で着くはずだった。
少し人通りが減ったな、水都はそう思った。その時には既に手遅れだった。
ばちんっ、と何かが弾けたと思えば全身を駆け巡る強い衝撃。指先爪先、身体の細部まで漏れ無く駆け巡る痛みに耐える事ができず、痛みから逃げるように彼の意識は遠退いていった。
薄れ行く意識の中で、スタンガンの姿と、それを手にする一人の人間の姿を確認しながら。
佐伯琉実奈は都心を歩いていた。
彼女は都心からは離れた場所に住んでいるが、今日は友達と遊ぶために都心まで出て来ていた。思っていたよりも時間は遅くなってしまったため、歩調はどこと無く早目だ。
今日は妹と一緒にお菓子を作る約束をしていた。早く帰らないと恐らく怒られるだろう。そんな思いが彼女の歩調を早める。左手首の腕時計曰く、現在の時刻は午後七時二十分。急げば八時半までには帰れそうだった。
ふと気付けば琉実奈はヒドゥン=ストラクチャの前にいた。謎秘められし塔……。どこと無く気味の悪いその建物が琉実奈はあまり好きではない。もちろん、好奇心は疼く。傍目から見れば妹よりも活発な琉実奈。謎秘められし塔、何とも好奇心をくすぐる響きではないか。
だが、一方で不穏な噂があるのも事実だ。興味本位で忍び込もうとした人が戻ってこないという話も聞く。それは所謂都市伝説というものなのかもしれない。だが、やはり気味が悪い。触らぬ神に祟り無し。ヒドゥン=ストラクチャを神と比喩するのもどうかとは思うが、この諺はピッタリだろう、と琉実奈は思う。
駅まではあと十分程度。さっさと駅まで行って電車に乗ってしまおう。そう思って足を早め、その時には既に捉えられていた。
ばちっ、と弾ける音。激しい痛み。それは全身、隅々まで全ての細胞がざわついたかのような、そんな痛みだった。未だかつて体験した事の無い痛みは彼女の意識を飛ばすのには十分だった。どさり、膝が地面に着いた。
地面に倒れる寸前、小型の機械を手にした人影に身体を支えられるのを、虚ろな意識で琉実奈は感じ、次の瞬間には視界は暗転した。
そして役者は揃った。決して多くは無い、役者は揃ったのだった。
選んだのは誰か。その謎は未だ、秘められている。
脳内には一応プロットらしきモノがありますが、正直まだガタガタです。そんな状態で書き始めた話なのですが、何卒よろしくお願いいたします。生暖かい目線で見守ってやってください。……あ、あと初投稿です。よろしくお願いいたします。