二話 『妹を守るため、魔物を消すことに決めました』
「──お姉ちゃ、」
殺意に染まっていた頭が、レナの怯える声に引き戻される。
ハッと顔を上げてレナの方へ振り向けば、レナは地面に伏せる死体を見て顔を青くして、
「──どうしよう、お姉ちゃん……」
と、リナの服の裾を弱々しく掴んだ。
それに、リナの庇護欲が掻き立てられたことは言うまでもないが、
「──うん、そうね。さすがの私も、この状況には驚いているわ」
その言葉に、嘘はなかった。
実際、レナを怯えさせさえしなかったら、リナはあれを殺すつもりなどなかった。
ただ、リナの内に眠る狂気と、異世界転生に伴って目覚めた魔法の適性などが相まって、必要以上に無惨な殺し方をしてしまったのだ。
「──殺してしまったわ」
その事実が、ゆっくりと脳へ浸透する。
が、特段胸が痛むことはなかった。
あの魔物の風貌を見るに、何人かの人間を殺しているだろう。
そうでなくとも、相手はこちらに殺意を抱いていた。
正当防衛の範疇だろう。
「──異世界なのだから、日本の常識とは異なっているでしょうね。……魔物に限っては殺しが正当化される可能性も高いわ」
魔物と言えば、人類とは敵対し、力を持って征服しようとしてくる生命体だ。
そうすれば、魔物と人類は敵対していると見るのが早いだろう。
「──まあ、実際のところは分からないわね。現地の者に聞くのが早いかしら」
リナの中で結論は出た。
どちらにせよ、こんなところに留まり続けるのは得策ではない。
レナにリナのような魔法の適性があるかも分からない以上、魔物が堂々と闊歩するような場所にいるのは危ない。
「──レナ、少し移動したいわ。歩けそう?」
「──う、うん。……お姉ちゃん、大丈夫なの?」
リナは不安げな顔のまま、レナの横を歩く。
おそらく、魔物を殺したことがレナには気がかりなのだろう。
優しい子だ。
だが、
「平気よ。ここは異世界らしいの。きっと、あれは今までもたくさん人を殺してきたわ。そんな魔物を討伐することが、死んでいった人たちへのせめてもの手向けだと、私はそう思うのよ」
嘘だ。
そんなこと、微塵も思っていない。
ただ、レナを害する全てをリナは許さない。
魔物はその典型だ。
リナがいなければ、レナを殺していたに違いない。
──考えただけで、虫唾が走る。
「レナ、私は魔王を倒さなければならないらしいの」
「──誰かに、言われたの……?」
「ええ。私はそれを受けたわ。でも心配しないで、あなたのことは何に変えても守るから」
魔王とやらの強さは未知数だ。
が、神が別世界のリナを命を奪ってまで魔王討伐の任務に当てたかったということは、この世界の人間たちはかなり劣勢にあるのだろう。
もしくは、神にとって魔王は都合の悪い存在ということなのか。
──どちらにせよ、関係ない。
リナは、レナを守る。
そのために、生きているのだから。
「──でも、心配だな」
「え?」
「お姉ちゃんが危ない目に遭うのは……やだ。そんなの、他の人に任せちゃダメなの? お姉ちゃんが死んじゃったら、私、一人になっちゃう……」
レナは、そう震える声で言うと、リナに抱きつく。
それを見て、リナは、
──なんて、可愛いのかしら。
──私が死ぬことに、この子はこんなにも心を痛めている。こんな優しい子、世界のどこを探してもいないわ。
──やはり、この子は私が守らないと。例え、何をどうしたとしても。
と、いつもと変わらない表情のまま、思っていたのだった。
「──平気よ。私は強いもの」
「そうだけど……無茶はしないでね?」
「分かっているわ。それに、この世界には騎士がいるはず……戦いは主にその人たちがすると思うわ」
異世界には騎士などがいるものだ。
騎士たちだって、リナのような一介の小娘に自分たちの仕事を奪われてはいい気はしないだろう。
つまり、リナはレナを守ることだけを考えていればいい。
「──魔王は……まぁ、出会したら倒そうとはするけど、そう簡単に会えたら苦労はないもの」
「お姉ちゃん、街が見えた!」
「あら、本当ね。お手柄よ、レナ」
頭を撫でれば、「えへへ」とレナが照れるように笑う。
可愛い。
「──やはり、さっきの場所は既に魔物に滅ぼされた村だったのね。人がいない割に家は多かったから、気付いていたけれど」
今たどり着いた村には、生きた人間がいる。
警備が手薄なあたり、人材不足は否めないが。
「あなた、少しいいかしら?」
「──! ……人間か。お嬢ちゃん、どうしてここに?」
「──誘拐されてここに置いていかれたの。ここはどんな村か聞いてもいいかしら」
嘘だが、完全に違うというわけでもない。
幸運なことに衣服は汚れているし、違和感のない言い訳だろう。
「こんな場所に……酷いやつらだ」
「──ここは、危ないの?」
「嗚呼。魔物に滅ぼされた村がすぐそこにあってな。ここも、時間の問題かもしれない」
「──騎士がいるんでしょう? 戦えばどうにかならない?」
「無茶だ。魔物に……しかも龍に対抗できる騎士なんざ、王都に集まってんだからな」
──なるほど。
要するに、この村は僻地にあるから、強い戦力が集まらないのだ。
人口が少ない場所など切り捨てた方が早いから、そうなる理由は納得がいくが。
「────」
「お嬢ちゃんも、歩けそうなら王都に向かった方がいいぞ。……酷な話だが」
リナは別に歩けるが、レナの体力では厳しいだろう。
何より、逃げたところで、原因を取り除かなければ意味がない。
それに、ここらで恩を売っておけば、衣食住の確保に役立つかもしれない。
「──お兄さん」
「ん?」
「──龍の魔物を私が倒したら、この子の衣食住を確保すると確約してはくれませんか?」
リナの言葉に、男は言葉を失っていた。
「──っ本気か!? あんなのに……自殺行為だ!」
「どちらにせよ、身寄りのない子供がふたりなど、行き倒れるのがオチです。それなら、望みのあるほうに賭けるのが得策では?」
「──それは……」
詭弁だ。
今この場で正しいのは、無謀を止めようとするこの男の方。
だが、
──そんなものは、関係がない。
──私にとって大切なのは、レナが笑って生きられる世界。
──その、ためなら。
「──良いだろう」
「──ありがとうございます」
「お姉ちゃ……」
レナの言葉を遮るように振り返り、微笑む。
「平気よ、レナ」
「──あ……」
「──私、あなたのためならなんでも出来る気がするの」
そう、狂気を孕んだ瞳で、笑った。




