07.治癒魔法
この日は珍しく朝から患者が来た。クロエさんというおばあさんで、膝が痛いらしく、杖をついてゆっくりと診療所に入ってきた。
「ハンス先生、診療所が見違えるように綺麗になったねえ」
「俺だってやるときゃやるのよ、フフフ」
「バカ言ってんじゃないよ。そこの娘さんおかげだろ。近所で評判になっているよ。ハンス先生が美人さんの弱みを握ってこき使っているって。あんた大丈夫かい?」
クロエおばあさんはそう言ってわたしを見た。
「グレアと申します、クロエ様。ご心配ありがとうございます。こき使われているのは本当ですが、弱みなんて握られていないから大丈夫です」
「そうかい。何かあったらわたしに言いなよ。みんな心配してるからね」
「ちょっとクロエさん、それじゃ俺がグレアに何か悪さしているみたいじゃないか」
「そう思う方が自然さね」
「……まあ、そりゃそうか……」
クロエさんは膝が痛いのをハンス先生に診てもらいに来たのだが、こういう患者さんにとってハンス先生の湿布は大人気だった。ここの診療所の売り上げの大半はこの湿布によるものだ。ところが、たいして原価がかかっていないという理由で、一枚百ゼニーという安価でハンス先生は売っていた。借金があるというのに気ままなものだ。
「ハンス先生の湿布は本当に助かるよ」
そう笑うクロエおばあさんを見て、ハンス先生は何か考えているようだった。
「クロエさん、ちょっと試してみたいことがあるんだけど、人体実験させてもらってもいいかな」
「人体実験って何か怖いけど、いったい何をするんだい?」
人体実験したいだなんて、ハンス先生はお年寄りに何を言い出すのだろう。
「いや何、グレアの魔法でクロエさんの膝を治せないかなあって。グレア、こっちこい」
相変わらず突拍子のないことを言い出す先生だ。わたしは椅子に座ったクロエさんの前でしゃがんだ。
「グレア、魔法でクロエさんの膝を治してみろ」
そんなことが出来るのだろうか。以前のわたしだったら断るところだが、この前のバーゼルさんに感謝された喜びを思い出し、何とか頑張ってみることにした。
「やってみます」
わたしはクロエさんの膝に手をかざすと、『クロエさんの膝が治りますように』と念じた。前回はガーゼを当てていたせいかよく分からなかったが、わたしの手のひらの先でクロエさんの膝がぼうっと光りだした。
「あ~、何だか温かくなってきたね。痛みが和らいできたよ」
クロエさんが気持ちよさそうにそう言った。しばらくわたしが魔法をかけ続けた後、ハンス先生はいったんやめてみろと言った。
「どうだいクロエさん、痛みはとれたかい」
「すごく楽になったよ。びっくりしたよ、ありがとうねグレアさん」
感謝してくれるクロエおばあさんの言葉に嬉しくなった。
「じゃあクロエさん、立って歩いてみて」
クロエさんはハンス先生に言われるがまま、立ち上がって歩こうとしたが、すぐに痛みで顔をしかめた。
「ふ~ん、痛みはとれるが疾患自体は治っていないか。ありがとうクロエさん、もう一度座ってくれるかな」
ハンス先生はクロエおばあさんを座らせると、わたしに向かって言った。
「グレアの魔法を見て以来、古い治癒魔法について書かれた本を読み漁っていたんだ。それらに書かれていたことを総合すると、魔法というのはイメージが大切で、人体の構造や疾患の理解が高ければ高いほど効果が高まるそうだ」
そう言って机の上にあった膝の関節の模型を手に取ると、ハンス先生はわたしに説明してくれた。
「クロエさんの病気の本質は、加齢による軟骨の摩耗だ。ひざの骨のここにある、骨より柔らかくてツルツルした軟骨が、長年使ううちにすり減ってざらざらになる。そのざらざらがこすれることで痛みになるんだ。この軟骨を再生するイメージで今度は魔法を使ってくれ」
「とりあえず、やってみます」
わたしはそう言って、クロエおばあさんの膝の中にある軟骨をイメージした。すり減ってざらざらになった軟骨が再生する様をイメージして魔法をかける。
しばらく魔法をかけた後、ハンス先生はクロエおばあさんにもう一度、立って歩くように言った。
「嘘みたいに痛みが減ったよ!」
クロエおばあさんの顔が輝く。
「よし、もう一回座ってくれ。仕上げをしよう。グレア、この脇のところに骨棘という、無理に骨が再生しようとあがいて出来てしまったでっぱりがあるから、それを削るイメージで治してくれ」
わたしは骨を滑らかにするイメージで魔法をかけた。
「よし、最後に関節内を満たす水の中に散った、軟骨のかけらをきれいに清浄して」
ハンス先生に言われるがまま、わたしはイメージして魔法をかけ続けた。
「ハンス先生、グレアさん、膝が全く痛くなくなったよ! あの辛い日々が嘘のようだよ。こんな、こんな嬉しいことって言ったらないよ。痛みから解放されるって素晴らしい!」
クロエおばあさんは泣いて喜んで帰って行った。
自分がやったことを泣いて喜んでくれる人がいる。とても嬉しかった。自分が認められたような気がした。自分が生きていてもいいと言ってもらえたような気がした。
「クロエばあさん、杖忘れて行ったな」
ハンス先生がぽつりとそう言った。




