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洞窟暮らしの魔族の娘に転生しても、皇子様と結婚したい  作者: 渓夏 酔月


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41.渚にて【最終話】

 最近は衣装合わせやら様々な儀式を覚えたりと、目まぐるしく忙しい。王家の結婚式と言うと華やかさばかりが目立つが、いわば国家行事であり、外交であり、政治の舞台であり、わたしの意向が入り込む余地など全くない。


 わたしの着る服はツルネホルンの民族衣装でなければならず、色も王家の色でなくてはならなかった。


 めまぐるしく多くの人が結婚式の準備のために働いている。国母陛下や国王陛下も、招待する各国要人の選定や式での座席の調整、いかに式典で国威を高揚させるかなど、政府高官との打ち合わせで本当に忙しそうだ。


 忙しいということは良いことだ。何も考えずに済む。何も考えずにいれば、みんなが幸せになれる。


「わたしが言うのも何だけど、グレア、あなた本当にこのままでいいの?」


 エリーゼがわたしの髪型を変えてあげると言って、鏡に向かっていた時、不意にそう言われた。


 聞きたくなかったそんなこと。


 閉めていた心の鍵が、ガチャリと開くのを感じた。


 わたしはその夜、ベッドの中で考えてみた。


 ハンス先生がいなくなって、どれほど自分の中でハンス先生の存在が大きかったかを。あの夜に不意に口走ってしまったことを。


 あの時の気持ちが真実だったと今でははっきりとわかる。何でもう少し早く気づかなかったのだろう。悔やんでも悔やみきれない。こんなことならもっと早く、出来ることがたくさんあったはずだ。


 ずっと皇子様や貴族に求婚されて、お姫様として幸せになることを夢見ていた。そしてその夢はかなう寸前だ。前世で『デブス』と蔑まれ、ブラック企業で死んだように生き、女子高生の自殺に巻き込まれて死んだ自分がもうすぐ報われる。


 ずっとそうしたかった。ずっと憧れてきた。でも、それが自分の本当にしたかったことなのだろうか。ハンス先生は自分がやりたいことは、案外わかりにくいことだと言っていた。


 ハンス先生を手伝って、患者さんを治療した時に言われる感謝の言葉。あんな震えるような感激、知らなかった。自分は生きているんだって、生きていていいんだって思えた。


 患者さんを治療して救っていたのではない。自分自身を救っていたのだ。


 わたしは元の日本にいたときから、特に自分のしたいことなどなかった。常に周りからどう見られているか、目立たないようにするにはどうしたらよいか怯えていた気がする。その裏返しが、皇子様や貴族と結婚したい。誰からも良く見られたいという欲求になっていたと、今ならよく分かる。


 でも、ハンス先生と一緒に過ごすうちに、自分の心が震えるほど感激できるものを知ってしまった。そこには他人にどう見られているかなんて関係ない。自分の心がどう感じたかで価値が決まる世界を知ってしまった。


 でも遅すぎた。これがわたしなんだ。いつだってすべてが手遅れになった後で後悔するのがわたしなのだ。いまさら自分の大切なこと、やりたいことが分かったからと言って、エゴイストになんて、どうやったらなれるのか分からない。国母陛下、国王陛下や皇太子様にはお世話になりすぎた。今さらがっかりさせることなんて出来ない。


 パタパタパタと、聞き慣れた音が窓から聞こえてくる。蝙蝠(こうもり)が窓ガラスに羽を叩きつける音だ。


 わたしはゆっくりとベッドから出て、窓辺へと向かった。


 月明かりが窓から差し込んでいた。




☆ ☆ ☆




 花曇りの春の空が海の向こうに広がっている。


 穏やかな波の音を聞きながら、渚診療所のテラスでは二人のおじさんが真昼間からお酒を飲んでいた。


「それにしても、良く助かったものですね、ハンス先生」


「自分でもびっくりしたよ。雪崩に流された先に洞窟があって、温泉が湧き出ていたんだよ。いやあ、気持ち良かったね、温泉。しかも定期的に鹿とかが雪崩に流されてきて食糧にも困らなかったし、地熱で山菜も生えていたから意外と健康的な生活だったよ」


「グレアさん、心配しているんじゃないですか。ちゃんと知らせたんですか」


「まあな。最近俺の周りをやたら蝙蝠が飛んでいるから、もうグレアは俺が無事なこと、知っているんじゃないかと思うけどな」


「何ですかそれ?」


「魔族は蝙蝠を使い魔として使えるらしいんだ。魔族と言うよりグレアの能力かもしれないけどな。それでよく親御さんと連絡とってたよ」


「へ~、便利なものですねえ」


 春の平和な陽射しに乗って、トンビの間延びした鳴声が聞こえている。


「でも、ハンス先生、本当に良かったんですか? グレアさん、皇太子様に取られちゃって」


「な、何言ってるんだよニコル。そ、それはグレアが決めることだ」


「ハンス先生はグレアさんのこと好きだったのではないですか」


「どう考えてもこんなおっさんより皇太子様の方が良いに決まっているだろ」


「まあ、それもそうですね。乾杯しましょう。グレアさんの幸せを祈って」


「「乾杯!」」


 今日、二人の間で既に幾度となく交わされた乾杯だ。その乾杯したコップを机に置こうとして視線を移したその先に、ハンスは砂浜を歩いて来る少女を見つけた。


 その少女は大きなカバンを下げて、にこにこ笑いながら歩いてきた。


「ハンス先生! また昼間からお酒飲んでいるんですか! 患者さん来たらどうするんですか!」


「グレア……さん」


「ニコル先生、お久しぶりです。ダメじゃないですか、二人して真昼間から」


 呆然とするハンスに、その少女は言った。


「わたし、ハンス先生の言われた通りにエゴイストに生きることに決めました。結婚式をすっぽかしてハンス先生のところに来ちゃいました。先生は悪い人です」


「グ、グレア……お前」


「ハンス先生、責任取ってもらいますからね」


 そう言って、その少女は楽しそうに笑った。後ろには、昼間だと言うのに蝙蝠が何匹も飛び回っていた。




これでこの物語はおしまいです。いかがでしたか? 感想を聞かせていただけると嬉しいです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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