36.魔力勝負
「はあ、はあ、はあ。これでわたしが屈服したと思わないで! オーベルト伯爵家の魔力の底力、しかと見るがいい!」
エリーゼは息も絶え絶えにそう言うと、五枚のティッシュを同時にふわふわと浮かべた。
わたしはつかつかとそのティッシュに近づいて、指からライターのような炎を出してすべて燃やしてしまった。
「火と水を操る魔族……そのような強大な魔力であなた、何を企んでいるの!」
そう言うと、エリーゼはその場で気絶してしまった。
周りを見ると、侍女達がわたしを見て怯えている。
「これまで以上にグレア様に忠誠を誓います。どうか、どうかご慈悲を」
侍女達が頭を床にこすりつけてわたしに懇願していた。
「何を言っているのかしら。あなた達はわたくしの大切な侍女なのですよ。感謝していますよ。顔をあげなさい」
「グレア様!!!」
侍女達にパッと笑顔が戻る。わたしに心酔している顔だ。
エリーゼのティッシュ芸みたいのが、『魔族きっての魔力を持つオーベルト伯爵家の魔力』なのだろうか。そこまでこの世界の魔族の魔力は弱まっているのだろうか。だとすると、わたしの家事魔法もまんざら捨てたものではないのかもしれない。
その日以来、わたしのことは『火と水を操る大魔法使い』と恐れられるようになった。
本当は、指先から洗剤も出せるけど、『火と水と洗剤を操る大魔法使い』だといっぺんにカッコ悪くなるから内緒にしておこう。
わたしに魔力勝負を挑んだことが国母陛下の逆鱗に触れたようで、エリーゼはメイド服を着させられ、わたしの六人目の侍女となった。こんな伯爵令嬢の美人がわたしに仕える侍女なんて、何だかぞくぞくしてしまう。
窓の外はもう雪景色になっていた。
ツルネホルン王国は山岳国家だ。王宮から見る雪山の景色は息をのむほど美しい。しかも朝日に照らされて、雪山が紫色からピンク色、さらに黄金色に染まっていく様子は息をのむほど美しい。
「グレア、君のほうがよっぽど美しいよ」
アベル様に腰を抱かれながらそう言われ、甘くとろけそうだ。
「エリーゼ、お茶を持ってきてちょうだい」
「か、かしこまりましたグレア様」
くくっ。かつての自分の婚約者である皇太子様をわたしに盗られ、目の前でイチャイチャされ、その挙句にわたしのメイドとして給仕しなければならない屈辱はいかばかりのものだろう。ああ楽しい。しかもエリーゼはお嬢様育ちで家事が全然出来ない。六番目の侍女として、侍女の中の序列も一番下でいじめられているようだ。
皆が頭を下げるのが病みつきになって、今日も意味もなく侍女を連れて王宮内を歩き回っていると、ハンス先生がメアリーと何かやっていた。
「お久しぶりですハンス先生。何をやっているのですか」
「お~グレア、見て分かんねえのかよ、スノーボード作ってんだよ」
「スノーボード?」
よく見るとスノーボードの形に木の板を切り出し、周囲には金具がはめられていた。
「ここは山でいい雪が降っているからな。パウダーを食おうと思ってな! おっとメアリー、そこのとこ押さえていてくれるか」
「はい、ハンス先生!」
何をやっているのだメアリーは。侍女のくせにハンス先生と親しそうにして!
「よ~し、次はメアリーの板だ。そっち押さえておいてくれ」
「はい先生!」
ハンス先生はメアリーの板も作っていた。わたしにはこんなことしてくれなかった。
「ハンス先生、わたしの分の板はないのですか」
「はあ? グレア、お前がこんなことやるわけないだろ。どうしたんだ」
そう言われればその通りなのだが、やるかどうか位聞いてくれても良さそうなものだ。
「あれ、お前エリーゼじゃねえか。何やってるんだよ」
「ハ、ハンス先生ご無沙汰しています。い、今はグレア様の侍女をさせていただいています」
エリーゼがうつむきながら答えた。
「だってお前、伯爵令嬢だったって聞いたぞ。何でそんなんがグレアの侍女なんてやってるんだよ。逆ならまだしも」
「こ、国母陛下のご命令です……」
「はあ? 何だそれ。王様のかあちゃんってそんな奴だったっけ」
「エリーゼ、主人の許可もないのに話をすることは許さないって、何度言えばわかるのかしら」
「も、申し訳ありません、グレア様……」
エリーゼがわたしに頭を下げる。この女、まだ自分の立場が分かっていないようだ。
「おい、グレア。お前何やってんだよ。気でも狂ったか」
エリーゼはわたしの侍女だ。わたしの好きなようにして構わないはずだ。
「もういい、おいエリーゼ。俺のところに来い。これ作るの手伝え」
「え……でも……」
エリーゼがおろおろとハンス先生とわたしの方を見る。
「好きにしなさい!」
わたしはそう怒鳴ると、自分の部屋へと引き返した。




