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洞窟暮らしの魔族の娘に転生しても、皇子様と結婚したい  作者: 渓夏 酔月


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35.王妃候補

 その日以来、わたしは王宮内の大きな部屋を与えられ、わたし専用の侍女が五人も付くことになった。じっとしているだけでドレスの着付けや化粧もしてくれる。


「へえ~、馬子にも衣裳とはよく言ったものだ。綺麗になったな、未来の王妃様!」


 ハンス先生がわたしをからかってくる。


 国母陛下は目を治療したわたしを気に入ってくださり、孫の皇太子である、アベル様の婚約者にしてしまった。この異世界では、16歳になればもう成人らしい。そして婚約者としてふさわしいようにと、わたしに伯爵の爵位を与えてくれた。エリーゼには幾らか金品を渡してお引き取り頂いたらしい。


 とんだ運命だ。ツルネホルン王国は小国とは言え伯爵だ。とうとう貴族になってしまった。しかも皇太子様の婚約者。そしてここは魔族の差別されない国。


「おほほほ。ハンス先生相変わらずですこと。お酒は少しお控えなさった方がよろしいのでは。おほほほほほ」


 ハンス先生にどんなにからかわれても動じることはない。何故ってわたしはもう貴族だから。伯爵なのですもの。


 とうとう登り詰めてやった。変な女神に魔族の娘に転生させられてからというもの、奴隷にされかけたり、橋の下で死にかけたり、地獄牢に入れられたり、戦場の中を逃げ回ったりさせられて散々な目に遭ったけれど、これで人生逆転だ。王妃様になって幸せになるのだ。


 王宮内を歩いているだけで周りの人達が頭を下げる。気持ち良いことこの上ない。元の世界でわたしを散々こき使い倒してセクハラしていた社長を、この王宮内に連れて来て跪かせたい。


「やあ、グレア。君と婚約出来て嬉しいよ。僕を幸せにしておくれ」


 アベル様が肩まである柔らかな亜麻色の髪を揺らしながら、青い瞳でわたしにそうささやく。ああ、イケメンにこんなことを言われるなんて、生きていて良かった。


 王宮内では、わたしにすり寄ってくる人も大勢出てきた。


「わたしは、もとの婚約者のエリーゼ様は横暴で困っていましたの。グレア様のような聡明な方が来てくださって本当に皆喜んでおります」


「国民の多くはグレア様が婚約者になったことで、アベル様もお幸せになること間違いなしと喜んでおります」


「国民の中でグレア様を描いたポストカードが大人気でございます。もう、王妃様と呼ぶ国民もおります」


 ああ、気持ち良い。元の世界で見たアニメやファンタジーに出てくる登場人物が、何故そういとも簡単にすり寄って来る人達の甘言に惑わされるのだろうと思っていた。しかしこれではしょうがない。とっても耳に甘く響いて気持ち良い。甘言とはよく言ったものだ。


 或る日、いつものように侍女を連れて王宮内を歩いていると、わたしの前に憎しみをその目に燃え滾らせたエリーゼが立ちふさがった。


「ひかえなさいませ、エリーゼ様! グレア様のお通りです!」


 わたしの侍女がそうエリーゼに恫喝する。


「うるさい!」


 エリーゼのその品のない態度に、わたしは扇子で顔を隠して眉を顰める。ここはエリーゼに自分の立場を分からせておいた方がよさそうだ。


「あら、エリーゼ様ごきげんよう。そのような恐ろしいお顔をされていると、殿方は恐がって誰も近寄らなくなりましてよ。おほほほほほ」


 決まった。一度こんな感じで勝ち誇ってみたかった。エリーゼみたいな美人にこんなことを言えるなんて。元の世界で『デブス』と言われていたわたしが言えるなんて信じられない。


「言わしておけば偉そうに! この泥棒猫!」


 はい、泥棒猫頂きました。盗まれるほうが悪いのだ。


「ご用がないようでしたら、わたしはこれで失礼しますわ。ごめんあそばせ」


 わたしはエリーゼの横を通り抜け、そのまま進んだ。負け犬に用はない。何故ならわたしはもう国民的人気の皇太子様の婚約者なのだから。


「待ちなさいよ! ちょっと魔力が強いからって調子に乗って! わたしと魔力勝負しなさい!」


 後ろからエリーゼがそう叫んだ。


 魔力勝負? 忘れていた。この国は魔族が普通にいる国だった。侍女も五人のうち三人は魔族だ。これだけ魔族が多いということは、当然魔法が使える者も多いということではないだろうか。


 しかもエリーゼは正真正銘の伯爵令嬢。洞窟育ちの家事魔法くらいしか使えないわたしとは違う。治療だって、ハンス先生がいなければ何も出来ない。そう言えば最近ハンス先生に会っていないな。元気だろうか。


「おほほほほ。王宮内で魔力勝負? エリーゼ様ったら何を考えているのかしら」


 わたしは背中に冷や汗をびっしょりかきながら空威張(からいば)りをした。魔族の伯爵令嬢が本気になれば、この辺り一帯は火の海になったりしないだろうか。それよりもわたしだけ異空間に飛ばされて、千年くらい閉じ込められたりしないだろうか。


「アベル様の婚約者の地位はわたしのものよ。勝った方が婚約者よ。さあ泥棒猫、おとなしくわたしと勝負しなさい!」


 どうしよう。魔力勝負なんて勝てるわけない。でも、アベル様の婚約者は譲りたくない。


「うふふふふ、怖気づいて声も出ないようね。魔族きっての魔力を持つオーベルト伯爵家の魔力、しかと見るがいい!」


 エリーゼが両手を広げる。


 ああ、もう終わりだ。わたしは両手で頭を抱える。


 衝撃波が来る! ものすごい衝撃波が……と思ったら全然来なかった。


 頭を抱えた両手の隙間からエリーゼを見てみると、ティッシュが一枚ふわふわ揺れながら浮かんでいた。


「これですべてだと思ったら大間違いよ。見なさい! わたしの大魔力を!」


 そう言うと、もう二枚ティッシュがふわふわと浮かんで、三枚のティッシュが変な羽虫のように浮かんでいる。


「ひいい!」


 周りを見ると、わたしの侍女たちが怯えてひれ伏している。魔族の侍女も腰を抜かしてわたしに言う。


「グレア様、エリーゼ様の魔力は強大です。お逃げください」


 わたしは鬱陶しくなったので、家事魔法で指から水を出してティッシュを撃ち落としてやった。




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