34.国母陛下
「大儀であった」
王座に腰掛け、そうおっしゃった国母陛下は魔族だった。頭には山羊のような曲がった角がふたつ生えていた。
「孫のアベルが助けてもらったようだな。私からも礼を言う」
そう言って立ち上がった国母陛下は、国王陛下に支えられていた。
国母陛下は目が不自由なようだ。
「じつは、ハンス先生に母の目を見ていただきたいのです」
国王陛下がそう言った。
「何年か前から目が白く濁り始め、いまではほとんど見えなくなってしまっております。山岳国家である我が国は紫外線が強く、年を取るとこのようになってしまう者が多いのです」
「ふ~ん。じゃあちょっと診せて」
ハンス先生、頼みます。頼みますから失礼のないようにしてください。
「この国ではこの目は宿命だ。いくら先生が高名な医師でもどうすることも出来ないだろう」
「母上、そう言わずに診てもらうだけでも良いではないですか。折角ハンス先生が来てくださったのですし」
「……では、ハンス先生。お願い出来るか」
国母陛下がそう言うと、ハンス先生は階段をトントン登り、玉座まで行ってしまった。
不敬、死刑、地獄牢。わたしの頭の中でそれらの言葉がぐるぐる回っている。
お付きの人に明かりを集めてもらって国母陛下の目を診察していたハンス先生が言った。
「こりゃ白内障だな。グレアの魔力があれば簡単に治るかもな。王様の母ちゃん、人体実験やってもいいかい」
ハンス先生のあまりの失礼さに、わたしはもう気絶しそうになった。さっきからもう何年も寿命が縮む思いをしている。
「ああ、その娘の魔力のことは聞き及んでいる。期待はしていないがやってみてくれ」
国母陛下はハンス先生の失礼な言動を気にすることもなくそう言った。ものすごく懐の広い方なのだろうか。逆に怖い。
大きな寝室に移動して、国母陛下を前にしてハンス先生がわたしに言いながら周りにも聞こえるような声で説明する。
「これは白内障だ。加齢や紫外線によって目の中の水晶体っていうレンズの役割をしているところが白く濁ってしまうのが原因だ。元の世界なら、水晶体を外して人工レンズを挿入するところだが、この世界じゃ手術も人工レンズも無理だ」
ハンス先生は紙に目の構造を描いてわたしに言う。
「そこでグレア、この水晶体の濁りを魔法でとって透明にしろ。出来るか」
「やってみます」
わたしは国母陛下の右目に手のひらを向けて魔力を込める。国母陛下の目の周りがぼうっと光る。国王陛下をはじめ周りの人達が感嘆の声を上げる。
「出来たと思います」
「よし、次は左目だ」
わたしは手のひらを左目に向け、魔力を込める。水晶体が綺麗になった気がした。
「出来ました」
「よ~し、よくやったグレア。どうだい母ちゃん。見えるようになったかい」
ハンス先生の言葉に、国母陛下が目をぱちくりさせている。
「おお、おお、おおお。見える。見える。はっきりと見える!」
国母陛下が驚きの声を上げる。
「グレア、良かったな。目や耳といった感覚器っていうのは、患者にも良くなったのがすぐに分かるから喜ばれるんだぜ」
ハンス先生はそう言ってわたしの肩をポンとたたいた。
「礼を言う、礼を言うぞハンス先生、グレアよ」
国母陛下はそう言うと、周りを見たり窓から外の景色を見た後、国王陛下と抱き合って喜んでいた。
なるほど、さっきまで目が見えなくて歩くことさえ自分一人ではままならなかった人が、周りや山の景色を再び見えるようになるということは、どれほどの感動だろうか。
国母陛下が国王陛下の顔をまじまじと見て、抱き合っている姿を見て、わたしも感動してしまった。
その国母陛下がわたしの方を向き直って言った。
「グレアよ。我が孫、アベルの嫁になってはくれぬか」
わたしは、すぐには何を言われているのか理解できなかった。




