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洞窟暮らしの魔族の娘に転生しても、皇子様と結婚したい  作者: 渓夏 酔月


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30.岩壁

 もうすぐ夜が明ける。目の前には、早朝の曙光(しょこう)にうっすらと照らされた岩壁が立ちはだかっていた。


 わたし達は大混乱の中、人のいない方へいない方へと逃げ回った挙句、この岩壁へと追い詰められていた。もう逃げ場はない。絶体絶命だ。


「ハンス先生どうしよう。ごめんなさい先生、わたしがもっと気を付けて逃げていればこんなことにはならなかったのに。折角暗い中でも周りは見えていたのに、こんなところに追い詰められてしまうなんて」


 ああ、結局わたしは大事なところで失敗してしまう。こんなところで死にたくない。


「お、いいね、いいねえ。ばっちりだ」


 岩壁の近くで死んでいた兵士のリュックから、ハンス先生が何かを物色していた。ロープや輪っかのような金具が出てきた。


「よし、グレア。この岩壁を登るぞ」


 相変わらず何を言っているのだろう。こんな岩壁登れるわけがない。


「ハンス先生、こんな垂直の岩壁を人が登れるわけないじゃないですか。そんなことより降伏して、命ばかりは助けてもらえるように頼んでみませんか」


「こんな岩壁垂直じゃねえよ。俺に言わせりゃ寝ている壁だ。グレードで言えば三級プラスか、あって四級マイナス位かな。楽勝だ」


「グレードなんて分かりません。こんな岩壁登っていて、堕ちたらどうするんですか。死んじゃいますよ」


「どうせここにいても王妃軍に捕まって殺されるぜ。俺が上からロープで確保してやるからグレアは落ちても死なないぜ。ぶら下がるだけだ」


 こう言っている間にも、遠くから剣戟(けんげき)の音が聞こえてくる。


 ハンス先生は自分とわたしの腰にロープを結び付けた。


「俺はこんな程度のグレードの岩場じゃ落ちる気がしないから、ロープは絡まないように出してくれるだけでいい。俺が上から登っていいぞと言ったら登ってくれ。あと、俺が途中で残してきた紐や金具は回収しながら登ってくれ」


 そう言うとハンス先生はするすると岩壁を登りだした。びっくりした。切り立った岩壁を恐れることなく登っていく様はとてもかっこ良かった。ハンス先生を医学のこと以外ですごいと思ったのは初めてかもしれない。


「登っていいぞ~」


 ハンス先生の声を聞いて、わたしも登りだす。最初はこんなこと出来るわけないと思っていたが、険しい山の中で暮らしていた魔族の血がそうさせるのか、意外と登ることが出来た。


「やるねえ、グレア。さすが魔族。いい調子だ」


 ハンス先生はどんどん登っていく。わたしはその後をロープで確保してもらいながら続く。しばらく登った後、岩壁の下に王妃軍が到達したのが見えた。さかんに降りて来いと叫んでいたが、無視してわたし達は登り続けた。すると下から弓矢を射かけてきたが、全くこっちには到達しない。下から真上に弓を放っても、なかなか当たらないものだというのがよく分かった。


「ばーか、ばーか、ざまあみろ! ヒスババアに伝えろ。おととい来やがれってな!」


 そう言ってハンス先生は下に向かっておしっこをしていた。


 下では王妃軍の兵士たちが怒り狂っていたが、さすがに登ってこようとはしなかった。わたし達はさらに登り続け、岩壁の上に出た。


 命からがら逃げてきたというのに、そこから見る絶景に心を奪われた。岩壁の反対側には切り立った岩山がそびえていた。針のような鋭い山だ。その山に向かって左右が切れ落ちた細い岩稜が続いていた。その周りには様々な形をした山々が雲を纏って聳えており、美しい絵画のようだった。


「あれは天下の名峰エルフレッド山じゃねえか、よし、このまま登ろう」


「何を言っているんですか。折角敵から逃げられたというのに、あんな山登ったら死んでしまいます」


 わたしは怒りを通り越して呆れながらそう言った。


「この岩壁登れるんだから大丈夫だよ。しかもあの山の向こうはツルネホルン王国だ。どこの国にも属さない、中立の国だ。あの国に逃げ込んでしまえばヒスババアも手は出せないだろう。まあ、いいや。とりあえずここで休憩するか」


 ハンス先生は、自分の背負っていたリュックから水とパンとミカンを出してわたしにくれた。昨日の夜、逃げ回っている間に手に入れたらしい。器用な人だ。


「岩登りをして食べるミカンは最高に旨いだろ。俺も昔、山の先輩からもらって食ったものだ」


 本当にミカンは美味しかった。岩登りは恐くて喉がカラカラになる。そこにミカンの甘さと水分が絶妙に染み渡る。生き返る気分だ。


「さあ、岩登り再開と行こうぜ!」


 何でハンス先生はこんなにも前向きなんだろう。ハンス先生といると、結構深刻なこともどうにかなるんじゃないかと思えてくる。


 ハンス先生の言う通り、エルフレッド山に続く岩稜は、見た感じは切り立っていて恐そうだったが、今まで登った岩壁と違って傾斜もなく、登りやすかった。夕方にはエルフレッド山の頂上に登頂することが出来た。


「いや~ひょんなことでエルフレッド山に登れて俺は嬉しいよ。グレアもやったなあ」


「魔族の血のおかげだと思います。自分でもびっくりです。でも、結構疲れました」


「ああ、エルフレッド山の反対側、つまりツルネホルン王国側はロープが無くても歩いて下山できるはずだ。少し降りたら適当な場所を見つけてもう寝てしまおう。今日は夜中からずっと動きっぱなしだからな」


 確かに山頂からツルネホルン王国に向かう方面には、歩けそうな踏み跡が続いていた。ハンス先生がロープをたたんでリュックに入れて背負うと、その踏み跡を歩きだした。わたしもその後に続く。ああ、岩登りをしないで歩けるってこんなに楽なことだったのかと思う。


 するとわたし達が下山し始めてすぐ、少し広場のようになっているところに、二人の若い男女が身を寄せ合ってうずくまっていた。


「助けてください。彼が足を怪我してしまって動けないのです」


 黒髪に深紅の瞳をした綺麗な女性がそう言った。


 この人は魔族だ。


 角が生えているわけでもないのに、何故だかわたしはすぐにそう思った。




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