28.ウドテル王国の王宮
素性の分からない医者を簡単に王宮に入れてくれるはずはないだろうと思っていたが、受付に趣旨を告げるとすぐに王宮内に案内された。何でももう多くの医者が匙を投げており、誰も来なくなってしまったらしい。藁にもすがりたいと言ったところなのだろうか。
王宮内にある病院のような建物の一室に案内されると、髭の立派な大男がベッドに横たわっていた。
「渚診療所のハンス医師とその助手、グレア殿です」
案内してくれた人が大男に告げる。
「渚診療所と言えばニコル先生のいらっしゃるところですな。して、ハンス先生はニコル先生とどういったご関係でしょうか。あ、いや失礼、私は王国騎士団長バルガルドと申します」
ニコル先生は王宮にも知られているほど有名な先生だったようだ。それでこうもあっさり通されたのか、やっと納得出来た。
「ニコルとは一緒に修行した仲です。いまはいろいろあって、渚診療所を手伝っています」
「ニコル先生のご同僚ですか! それは頼もしい! ぜひ先生にお願いしたいことがあります」
バルガルド様がそう言うと、近くにいたお付きの人が、掛けられていた布団をとって右足を見せてくれた。膝から下が、素人目にも赤黒くなって血色が悪い。
「エルブルグ王国のクソ王妃軍との戦闘で、不覚にも右足が崩れてきた柱の下敷きになってしまいました。助け出されはしましたが、このように足が腫れてしまい、医者に聞いても早く切断しなければ命さえ危ういと言われております」
バルガルド様は本当に無念そうにそう言った。
「しかし足を切断されてはもう私は王国のために働くことは出来ない。それでこの足を切らずに治せる医者を探しているのです」
ハンス先生はバルガルド様の足を見ながら言った。
「診察させてもらってもいいかい」
「どうぞ先生、よろしくお願いします」
ハンス先生は診察を始めた。足の指を触って、バルガルド様に触っているのが分かるかどうか聞いたりしている。そしてカバンの中から血圧計を出してきた。血圧でも測るのかと思ったら、針につないで足に刺した。水銀計が跳ね上がった。足の筋肉の中の圧力が、とてつもなく高くなっているようだ。
「なるほど、あんたの足を診た他の医者は何て言ってた?」
「足の筋肉が腫れて、血の流れと神経が圧迫されている状態だと。早く足を切り落とさないと、足が腐り、腐ったものが体中に回って死ぬことになると言っていました」
「ウドテルの医者もやるねえ、激しく同意だ」
「では、ハンス先生にも足を治療することは無理だと……」
「バルガルドさん、どうだ一発、俺の人体実験に賭けてみねえか」
「分かりました賭けましょう。ハンス先生に全賭けします」
「おい、まだ何も説明しちゃいねえだろう。まあいい、気に入った。グレアこっち来い」
「はい、ハンス先生」
わたしがハンス先生の隣に行くと、先生はバルガルド様にも聞こえるように説明してくれた。
「筋肉って言うのは筋膜って膜に包まれている。いまこの足は、受傷してそれぞれの筋肉が筋膜の中でパンパンに腫れちまっている状態だ。その腫れて膨らんだ筋肉に血管や神経が圧迫されて、血の流れが悪くなったり、神経が死にそうな状態になっているって訳さ」
ハンス先生は続けた。
「血の流れが止まれば、その先の組織は死んじまう。今はその瀬戸際って状態だ」
バルガルド様も頷きながら聞いている。
「そこでだ。皮膚を切開して筋膜を切る。そして腫れた筋肉を開放してやるのさ」
ハンス先生は王宮の人にありったけアルコール度の高いお酒を持ってくるように言った。
そして近くにあった小さな台をバルガルド様の右足の下に置いて清潔なシーツを敷いた。お酒で足を消毒した後、わたしに足に麻酔をかけるように言った。
「はい」
わたしの手のひらの先でぼうっと光る足に、周りから感嘆の声が上がる。
ハンス先生がメスで皮膚を切開し、その先の筋膜をさっくりと切った。するとでろでろと中の筋肉が飛び出てきた。かなりスプラッタな光景だった。ハンス先生はすねの骨を挟んで二か所切開すると、足の脈を触った。
「よしよし、拍動がちゃんと触れるようになった。切開は成功した。これでしばらくこのままだ。バルガルドさんよ、しばらく辛抱だが頑張ってくれよ」
そう言って笑うハンス先生だったが、自分の筋肉がでろでろと皮膚からはみ出している光景を見て、バルガルド様もさすがに絶句していた。




