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洞窟暮らしの魔族の娘に転生しても、皇子様と結婚したい  作者: 渓夏 酔月


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20.地獄温泉の呪い

 念入りにマスクをして、ハンス先生がお湯を沸かす機械室に入って行く。


「この温泉は、かけ流しじゃないな?」


 トーマス様が答える。


「はい。温泉の湧き出し量が少ないので、ある程度ためて、ここでもう一回ろ過したお湯を温めた後、浴槽を循環させる仕組みです」


 ハンス先生がお湯をろ過する金網のところを触ると、もの凄く髪の毛が詰まっていてぬるぬるしていた。何かドロドロしたものもこびりついている。気持ち悪い光景だった。


「あんたはトーマスが来る前からいたんだよな。どのくらいの頻度でここを掃除していた?」


 古参の職員が答える。


「毎日です」


「毎日?」


 ハンス先生が聞き返す。


「はい、前の獄長は自分は何もしないクセに、温泉が大好きだったので、毎日ピカピカに職員に掃除させていたのです。こういうところもチェックして、髪の毛一本でもあると無茶苦茶怒られました」


「今は?」


 職員がトーマス様を見ながら、ばつが悪そうに答える。


「トーマス様に獄長が代わってから、ここは一度も掃除したことはありません」


「じゃあお湯の入れ替えは?」


「前の獄長の時は怒られるので、毎日入れ替えていましたが、最近は……ずっと同じお湯を使っていました」


「……ちょっと、毎日掃除して、毎日お湯入れ替えているって言ってなかったっけ?」


 トーマス様が職員に聞く。


「すんません。獄長はお風呂に入っても全然気づいていないようだったので、そのままにしてしまいました……」


 そう言って、職員がトーマス様に頭を下げた。


「……知らなかった。前の獄長はこんなところまで毎日チェックしていたのか?」


「それはもう……ものすごく神経質な人でしたから」


「……あんな……俺以上にムキムキの大男だったあいつが、そんなに神経質だったなんて知らなかった……」


 トーマス様は呆然としていた。


「ところで、この湯沸かし機能、どのくらいまでお湯の温度上げられるの?」


 ハンス先生が職員に聞く。


「その気になれば沸騰させられます」


「OK! よく分かったよ。ありがとう」


 ハンス先生は、そう言うと浴室から出て、事務室に行った。


 事務室に腰かけながら、ハンス先生がトーマス様に言った。


「呪いの原因、わかったかい?」


「……清掃不足……管理不足……でしょうか?」


「わかってるじゃん」


「自分の管理監督責任は言い逃れする気はありませんが……掃除不足は認めます。認めますが……掃除不足で人が死ぬようなこと、あるのでしょうか? 私は騎士団で戦争に行った時は、相当汚いところで何か月も過ごしたりしたものです。それでも誰も死にませんでした」


「お前以外、ここの職員、すべて高齢男性だろ」


「……体の抵抗力が違うと?」


「まあ、そういうことだな」


 掃除不足で人が死ぬなんて初耳だ。そんなことを言ったら、便所坂診療所を受診したお年寄りなんて、即死するはずだ。


「これは『レジオネラ菌』っていう、目に見えないほど小さい細菌が悪さをする病気だよ。呪いじゃない」


 ハンス先生はそう言って、紙に浴槽と配管のお湯の流れの図を描き始めた。


「このレジオネラ菌は、温泉みたいな温かいのが大好きな菌で、特にさっきみたいなねばねばした汚れのあるところで増えるんだ」


 確かにあのねばねばした髪の毛のたまったところは、良からぬものが繁殖しそうだった。


「そしてそこで増えたレジオネラ菌は、浴槽の水なんかが跳ねたり、飛沫になった拍子に人の肺の中に入り、肺炎を引き起こす。それで高齢者が発熱したり、肺炎で死んだりするんだよ。たぶん死体を解剖してみれば、肺炎が見つかったはずだよ」


「……にわかには信じがたい話ですが、私が来る前の、きちんと掃除していた時は誰も何ともなく、最近になって病気になったり死者が出たりしていることを考えると、辻褄は合います」


 トーマス様は、机の上に置いた拳を握りしめながら言った。


「では、職員が死んだのは呪いではなく、私がきちんと管理監督していなかったからということですね。それで職員の唯一の憩いであった温泉風呂すら失ってしまった」


 がっくりと首を垂れるトーマス様の肩を叩きながらハンス先生は言った。


「まあ、あまり自分を責めない方がいいぜ。レジオネラによる死亡の因果関係って、もともと立証しづらいものなんだ。ただ、予防方法ならあるから、それをやればまた温泉が楽しめるぜ。そのことを考えろよ」


「予防方法……ですか?」


「そう。まずはきちんと掃除だ。そして高温のお湯で配管などを熱湯消毒。そして定期的にお湯を抜いて乾燥させた後で、お湯を入れ替えることだな」


「それで温泉がまた使えると?」


「ああ。そういうことだ」


 トーマス様は、それを聞くと、早速マスクをして、ひとりで温泉の掃除を始めた。


 わたしは牢屋の羽毛布団にくるまりながら、ハンス先生に聞いた。


「日本でも温泉でレジオネラ菌に感染して、死ぬ人っているんですか?」


「ああ」


「わたし初めて知りました。ニュースとかでやっていたりしましたっけ?」


「たまにやってたよ」


「知りませんでした……」


「日本でも、レジオネラ菌による肺炎と、温泉との因果関係を特定するってなかなか難しいんだよ。状況証拠しかないじゃないかと言って、しらばっくれる温泉の管理者もいる。ましてや細菌検査の出来ないこっちの世界では、レジオネラ菌が実際にいるかどうかも信じてもらえないのが普通だよ。トーマスがいい奴で、真面目な奴だから無条件に信じてくれただけだよ」


 そう言って、ハンス先生はわたしに背中を向けて寝てしまった。


 日本では当たり前の常識の、細菌が病気を引き起こすことが知られておらず、細菌検査も出来ない世界。


 その世界で、細菌のことを信じてもらえず、ハンス先生はたくさん悔しい思いをしてきたのだろう。


 『知識がある』ということが、自分のことを必ずしも幸せにしてくれるとは限らないのだなと、わたしは思った。




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