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02.勇者様

「やだ~、この娘魔族なの? 臭いんですけど」


「勇者様の精気を吸い取りに来たんじゃないの。イヤらしそうな体をしてるわ」


「魔族の持ってきたお料理なんて、臭くて食べられない~」


 勇者様の取り巻きの女の人達がわたしに蔑みの目を向ける。


「お前、何を企んでいるんだ。人に化けて俺に近づいて」


 勇者様は腰の剣をゆっくりと抜いてわたしに尋ねる。わたしは恐怖のあまり声が出ない。早く、早くわたしも転生者だって伝えなくちゃ。同じ世界から来た者同士ですって。わたしは涙を流しながら首を振る。違います、違うんです。


「やだ~、この娘、足がカクカク震えてる! ちょっと面白いんですけど!」


「足をカクカクさせて胸を揺らしているのよ。どれだけ淫乱なの? さすが魔族」


 取り巻きの女の人達が笑っている。


 勇者様の剣が振り下ろされる。


 わたしは恐怖のあまり目をつむって女神様を呪った。ああ、女神様ひどすぎます。せっかく転生したのにこんなことになるなんて。わたしが幸せを願ってはいけないのでしょうか。


 突然お皿が割れる音とイスやテーブルが倒れる音がした。


 わたしが恐る恐る目を開けると、マスターにぶん殴られて吹っ飛んだ勇者様が床に転がっていた。


「この店で剣を抜くのはご法度だ。魔族だか何だか知らんが、うちの従業員に手をあげるってことはこの俺に手をあげるってことだ。貴様にその覚悟があるのかロベール」


 マスターがゆっくりと低いドスの効いた声でそう言った。


 常連のお客さん達がわたしを引っ張ってカウンターの陰に隠してくれる。


「じょ、冗談だよダイゲン。ちょっと脅かしてやろうと思っただけさ」


「おまえの魔獣の密漁、通報してやってもいいんだぞ」


「ダイゲンの旦那、俺は密漁なんてやってないよ。たまたま山で魔獣の死体を拾っているだけさ」


「……まだ反省が足りないようだな」


 マスターがそう言って指の骨をポキポキ鳴らすと、勇者様は床を四つん這いになって這いながら逃げて行った。


 わたしが勇者様だと勘違いしていたのは、ロベールという札付きの魔獣密猟者だった。


 マスターが教えてくれたところによると、この世界では千年程前に魔王が勇者に倒されて以来、魔族は狩られに狩られ、今では人が寄り付かないような急峻な山岳地帯か絶海の孤島にわずかに生息しているだけだそうだ。現在王国では、魔族は魔獣とともに絶滅危惧種に指定され、保護の対象になっているらしい。


「逆にそれだけ貴重だってことで、密猟して儲けようって輩もいるってことだ。グレアちゃんが魔族っていうのは少しびっくりしたけど、俺の店にいれば安心だ。心配することはない」


「マスターの言うとおりだ! 俺達だってグレアちゃんのこと守るぜ!」


「魔族だなんだって気にするなよグレアちゃん。俺たちは今まで通りグレアちゃんのファンさ。それにうちの家にも魔族はいるしな、嫁さんという大魔王様が」


「違いねえ! うちの女房のサタン様に比べたら、グレアちゃんは天使だよ。俺たちの天使、グレアちゃんに乾杯しよう!」


「ようし、みんなに一杯おごるぜ!」


「さすがマスター! 男前!」


 酒場のお客さんやマスターが、杯を酌み交わしながらわたしの頭をなでて慰めてくれた。角をかわいいとほめてくれた。みんなに助けられて味方になってもらえるなんて、こんな経験初めてだ。とても嬉しい。感極まって泣いてしまった。泣きじゃくりながらみんなにありがとうと伝えた。これも美少女に生まれ変わったからだろうか。元のわたしだったらこんなにみんなに助けてもらえただろうか。


 でも、イケメンなだけで勝手に密猟者を勇者様と勘違いして憧れてしまったわたしは、男を見る目が全くないようだ。恋愛経験ゼロなので仕方はないと思うが、以後は気を付けることにしよう。


 その日以降、わたしが住み込みで働く酒場『転がる雌豚亭』は、大繁盛になった。


 ただでさえ珍しい魔族の、しかも美少女がいるということで遠方からもお客さんが来て、この地方の小さな町ではめったにない、予約の取れないお店になってしまった。わたしの姿を描いた絵がプリントされたTシャツまで売り出され、飛ぶように売れた。


 大勢のお客さんが来て、物販まで始めた『転がる雌豚亭』では、もともと経理はマスターであるダイゲンさんが一人で行っていたが限界になり、わたしも手伝うことになった。


「グレアちゃん凄いね。経理なんてどこで覚えたの?」


 マスターはわたしのてきぱきとした処理に驚いていた。元の世界のブラック企業で経理事務を散々やらされていたことがこんなところで生かされるなんて、本当に何が起こるか分からないものだ。


 町に買い物に出れば、行き交う人たちが笑顔で手を振ってくれる。アイスクリーム屋さんでアイスを注文すると、店のおじさんがおまけだと言って山盛りにアイスを何個も乗っけてくれる。ああ、美少女ってこんな感じだったのか。美人に生まれると得だということが良く分かった。


 ときどきわたしの視界の隅で、そんなわたしをジト目で見ている冴えない娘たちが映る。その娘達の気持ちが痛いほど分かる。分かるからこそあまり見ないようにする。見ないようにしていると、チヤホヤされることに慣れてきたわたしは、だんだん昔の自分のようなその娘達の視線も気にならなくなっていった。


 今日は町で人気のクレープ屋さんに出かけた。ここが人気なのは甘いクレープだけではなく、甘いマスクのイケメン店員のお兄さんが、町中の若い女子達の憧れになっていたからだ。


「かわいいグレアちゃんには特別におまけだよ」


 一つしか注文しなかったわたしに、その甘いマスクのお兄さんはもっと高い価格のクレープを二つもつけてくれた。まわりの女子たちの羨望と嫉妬の視線が気持ち良い。


 よく見るとクレープの包み紙に文字が書いてあった。文字は異世界転生のお約束なのか、不思議と読むことが出来た。


『今夜人気のお芝居があるので一緒に見に行きませんか。夜19時にセントポール通りで待っています。君のフローベルより』


 これっていわゆるナンパというものなのだろうか。初めて男性から、しかもわたしのストライクゾーンど真ん中のイケメンから、誰もが憧れるようなイケメンからお手紙をもらってしまった。これは夢にまで見た初デート。天にも昇る気持ちだった。女神様ありがとう。美少女に生まれ変わって本当によかった。


 この日は申し訳なかったが、マスターにお休みをもらってしまった。マスターは商売繁盛とは言え今までお休みなしで働かせて悪かったなと、お小遣いまで持たせてくれた。


 こんな時にどんな格好で行けばよいのだろうか。と言ってもわたしの持っている服は三着しかなかったので、その中でも一番マシな服を選んだ。角は隠したほうが良いのかそのままのほうが良いのか悩んだが、とりあえず隠して出かけることにした。


 わたしはまだあまり町の地理がよく分かっていなかったので、一緒にお店で働いている女性に『セントポール通り』がどこにあるのか簡単な地図を描いてもらった。


 約束より30分も早く着いてしまった『セントポール通り』は、中心街から少し外れた薄暗いさみしい感じのしたところだった。こんなところにお芝居が見られるようなところがあるのか不思議だったが、この世界ではそういうものかもしれない。おまけに暗くてもわたしは平気で物が見えるため、あまり不安にもならなかった。


 そろそろ19時頃ではないだろうか。ひょっとして場所を間違えてはいないだろうかと不安になって、手書きの地図を見ようと手元を見た時だった。後ろから口に布を当てられて揮発性の臭いがすると感じた瞬間、わたしは意識を失った。


 再び意識を取り戻したとき。わたしは薄暗い倉庫の中で、檻に入れられていた。



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