18.地獄温泉
濡れていないって素晴らしい。
温かいって素晴らしい。
羽毛布団って最高だ。
わたしは際限の無い地獄牢の寒さから解放され、羽毛布団の中で泥のように眠った。
自分が地獄牢にいるという現実から逃避し、いつまでもこの温かい羽毛布団の中で安眠をむさぼりたかった。だが、さっきから隣が騒がしい。
「そ~かい、それでここの管理なんてやってるんだ」
「いや~お恥ずかしい。せっかくモーガン先輩にいろいろ鍛えてもらったんですけど、私はあんまり人を斬ったりはったりするのが向いてないって気づいてしまって。それでちょうど地獄牢の獄長ポストが募集されていたので応募したってわけです」
なんか、お酒くさい。羽毛布団の中から外を覗いてみると、ハンス先生が誰かとお酒を飲んでいる。
「獄長って何やるの?」
「あんまり仕事ないんですよ。地獄牢なんて入れられる人めったにいないんで、今回ハンス先生とグレアさんが来るって言うんで、職員みんな張り切っちゃって」
「俺たちゃひさびさの客か!」
「そうなんですよ。職員が牢の掃除をするって張り切って、腰痛めちゃって」
「そうかい、そりゃ悪かったな。いきなり来ちゃって」
ハンス先生、わたし達、別に来たくて来た訳じゃないんですけど。
「ここは人気のない職場なんで、職員もほかで働ける場所のない年寄りが多いんですよ」
「年寄りが働く職場にしちゃ寒いけど、大丈夫なのかい?」
「大丈夫じゃないんですけど、ここには年寄りの喜ぶものがあるんですよ」
「何だよ。孫とかか?」
「温泉です。ここは地下五階でしょ。ほとんど冷たい地下水ばかりが出て来るんですが、一カ所だけ温泉が出てくるところがあって、職員用の風呂になっているんです」
「地下五階で温泉。洞窟風呂みたいでいいな!」
温泉という言葉に反応し、わたしはつい羽毛布団から顔を出してしまった。
「おや、グレアさん、起きられましたかな? 隣で酒盛りしていてすみません」
「おうグレア。こいつは獄長のトーマスだ。モーガンの後輩だってよ」
牢獄の水の上に張ってもらった床の上で、ハンス先生とトーマス様という獄長がお酒を飲んでいた。トーマス様は筋肉隆々な体をしていたが、人懐っこそうな優しい顔をしていた。
「はじめましてトーマス様。グレアと申します」
「ようこそ地獄牢へ。こんな美しい方がいらっしゃったの初めてで、職員一同緊張しています」
そう言ってトーマス様は豪快に笑った。
「グレア、酒飲むか? 温まるぜ」
ハンス先生がお酒を勧めてくる。
地獄牢に入れられて、獄長とお酒飲んだ人って今までいたのだろうか。
「グレアさんにはこちらの方が良いのではないですか」
そう言ってトーマス様は、ポットからホットレモネードをコップに入れて、わたしに渡してくれた。
生き返るとは、このようなことを言うのだろうか。
「ものすごく美味しいです! トーマス様、ありがとうございます!」
この冷え冷えした地獄牢で飲むホットレモネードは、本当に体が温まって美味しかった。トーマス様は良い人だ。
「おいしいでしょ、これ。うちのばあちゃんのところで採れたハチミツを使っているんですよ」
「本当かよ。どれ、俺にもちょっとくれ」
ハンス先生が自分のお酒の入っているコップにホットレモネードを入れる。
「お、確かにうまいなこれ! ハチミツがうまい!」
「酒に入れてみたことはありませんでしたな……おお、確かにこれはいけますな!」
三人でコップにホットレモネードを入れて飲んでいると、わたしまでお酒を割って飲んでいるようだ。
「さっきの話だけどよ、温泉に入りながらこれ飲んだらもっと美味しいんじゃねえか」
「……それが、最近職員が温泉に入るのを嫌がっておりまして……」
「マジ? 温泉嫌いな人なんているの? 前世が猫だったとか?」
トーマス様は、困ったようにハンス先生に言った。
「ハンス先生は、呪いって信じますか?」
「呪い!?……わかんねえけど、女の呪いは怖そうだな」
ハンス先生はそう言って身震いする。ハンス先生、女に呪われるようなことをしたことあるんですか。
「美女の呪いなら私も受けてみたいところなのですが、この地獄牢で死んだ者達の呪いが、この地下水に交じり、温泉となって出ることで職員に禍をなしていると、噂になっているのです」
「禍? 温泉に入っている途中で急に冷水になっちゃうとか?」
「……いえ……温泉に入った者が、死んでしまうのです」
トーマス様の顔は、冗談を言っているような顔ではなかった。




